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    <title>市民健診（下）</title>
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    <published>2006-07-04T23:30:00Z</published>
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    <summary>　昨年まで無料で実施されていた市民健康診断が、ことしから有料になった。七十歳以上...</summary>
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        　昨年まで無料で実施されていた市民健康診断が、ことしから有料になった。七十歳以上の人、非課税世帯の家族などへの費用免除はあるが、四十歳から六十五歳までの多くは、ひとり千三百円の負担を強いられる。行政サービスとしてはあきらかに後退した。

医療費削減のために「予防」を呼びかける市が、そのおおもととなる健診の敷居を高くするのはなぜか。

平成十六年度の受診者数は、七千四百人余り。この数を参考にして計算してみると、三割が費用免除されると仮定した場合、およそ六百七十三万円の収益になる。さて、そのお金はどう使われるのだろう。

一般会計予算案では、本年度から新たに「健康づくり推進事業」として七百七十万円近くを計上している。健診の収益見込みの数字にどこか似ている。この事業は日常でできる手軽な運動の推進、疾病予防のための健康指導、栄養・食生活の正しい知識の普及などを目標としているが、その前提には健康診断がある。各地区を訪問する健康指導では、市民の疾病状況・健診の受診状況について説明し、健康相談を行うという。健診の事後指導ということばも出てくる。

栄養や食生活の懇談会に参加するのなら、中性脂肪率や血糖値、コレステロール値を把握しておく必要があるだろう。自分の健康状態を知ったからこそ、相談や指導を受けてみようという気持ちになるはずだが、推進事業の前提でもあり、健康づくりの入り口になる健診が有料なのでは、本末転倒のように思えてならない。

同じように本年度の予算に加えられた新規事業として、市の本庁舎別館の建設事業がある。防災拠点として計画されている別館は、わずか地上二階建てという規模で五億九千万円の建設費だ。その百分の一を健診に回してもらえたなら、これまでどおりに無料サービスが行えそうである。まさか、健診の収益が別館建設の費用になるわけではないだろうが、かたや五億九千万円の建設費が予算として計上され、市民の健康診断は有料化されていくことに、どうしても私は納得できずにいる。


（東京新聞埼玉版・2006年7月5日掲載）
        
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    <title>市民健診（上）</title>
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    <published>2006-06-28T02:01:22Z</published>
    <updated>2006-08-02T02:07:33Z</updated>
    
    <summary>～市の取り組みに矛盾する有料化 酒好きの友人が「しばらくは酒を控える」と宣言する...</summary>
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        ～市の取り組みに矛盾する有料化

酒好きの友人が「しばらくは酒を控える」と宣言する。会社の健康診断で、肝機能の数値に異常を見つけたからだ。中性脂肪率がハネ上がった友人は、休日にウォーキングを始めたりする。健診の結果を受け、ささやかながらも、自分でできるところから食生活や生活習慣を改善しようと試みる。健康はなによりの財産だからだ。

自営業である夫と私は、市民健診を受けている。職場や学校で定期的な健診を受ける機会のない人のために、市はそれぞれの地区の公民館を回り、無料で健康診断を行っている。身体測定、血圧測定、血液検査、尿検査、心電図、胸部レントゲン撮影、問診など検査の内容も充実しており、年に一度の健診日には公民館は人であふれる。昨年からは事前に電話で時間を予約する方法がとられ、待ち時間も少なくなって快適になった。

しかし、この春に配布された市の広報誌を見て、驚いた。ことしから健診は有料とする、とある。七十歳以上の人、非課税世帯の家族など、費用を免除される人たちもいるが、四十歳から六十五歳までの多くは、ひとり千三百円を支払わなくてはならない。無料から、千三百円への移行はあまりにも突然で、負担も大きいのではないだろうか。

資料によれば、対象者から割り出した健診の受診率は平成十年度で30％、以後の六年間で着々と増え続け、十六年度は44％をこえた。ひとりひとりの健康づくりへの意欲が高まり、健診を受けることが健康への第一歩としていかに重要であるかという認識が浸透しつつある。

医療・介護関係の費用が急増している今、財政の危機的な状況を迎える前に、市は「予防」に真剣に取り組みたいという。自分の健康状態を把握し、生活習慣病の予防や病気の早期発見を心がけましょうと呼びかけながら、予防のおおもととなる健診を有料化し、敷居を高くするのは矛盾している。目先の小さなお金を惜しめば、いずれ高額な医療費として出費を迫られる結果になるのではないか。

そんな中、本年度の予算には五億九千万円の市庁舎別館の建設費が計上されている。
（下につづく）。

（東京新聞埼玉版・2006年6月28日掲載）

        
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    <title>春祭りの神社</title>
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    <published>2006-05-10T01:54:40Z</published>
    <updated>2006-08-02T02:00:49Z</updated>
    
    <summary>～老いも若きもみんなが笑顔 空高く、そびえる旗のてっぺんに祀られたサカキが天を目...</summary>
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        ～老いも若きもみんなが笑顔

空高く、そびえる旗のてっぺんに祀られたサカキが天を目指して春風に揺れている。朝六時半、氏子になっている家の男衆の手によって、参道の入り口に二本の大きな旗が立てられる。春祭りは、早朝の旗立てとともに始まった。

昼すぎに、夫や友人たちと連れだって神社に向かう。風になびく旗に迎えられ、小さな鳥居をくぐって石段をのぼると、古びた物置小屋を思わせるような社がひっそりと佇んでいる。手を合わせると、太鼓の音が流れてきた。下の広場では、当番の人たちが前日にとんてんかんてんとこしらえた手作りの舞台の上で和太鼓が鳴り響き、カラオケののど自慢があり、愛好会による踊りなどが披露される。

夫はずいぶん前から近所の友人と一緒にカラオケ大会に参加し、アイドル歌手のまねをするときもあれば、マツケンサンバを踊って見物客を笑わせたりしている。

私はといえば、お祭りに行くようになったのはここ数年のことだ。ひなびた神社、出店はたったの一軒、まばらな見物客のほとんどが年配の人とあっては、足が遠のいてしまう。ある時、お世話になっている自治会のおじさまに、「祭りの時ぐらいは神社に出向いてお参りし、きちんとお神酒を飲め。この土地を守ってくれている神さまだぞ」と教えられてから、顔を出すようになった。

紅白の垂れ幕を張った手作りの舞台の上には、「奉納」と書かれた額が飾られている。神仏を楽しませ鎮めるために、供物を供えたり、その前で芸能・競技などを演じることだそうだ。空の高みに吸い込まれていく力強い太鼓の音に、神さまが耳を澄ませているような気がする。お世辞にもうまいとはいえない夫の歌はさてどうだろうと苦笑いがこぼれた。見知ったおじさまが、湯飲みをぐいと押しつけてきては「ほら、もっと飲め、飲め」と愉快そうに酒をつぐ。

あちらのおじさまも私を見つけて手をふってくる。老いも若きもみんなが笑顔で元気な姿を見せに来る、それが神さまをよろこばせることにちがいないなと思えて、私も笑顔になる。そして、今年もこうして元気で健やかに祭りを迎えられたことに感謝をする。


（東京新聞埼玉版・2006年5月10日掲載）
        
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    <title>捨て猫の「飼い主」</title>
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    <published>2006-03-22T08:21:30Z</published>
    <updated>2006-04-18T08:24:24Z</updated>
    
    <summary>～迎えに来た事実にこころは救われる 　以前も書いたのだけれど、年が明けて間もない...</summary>
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        ～迎えに来た事実にこころは救われる

　以前も書いたのだけれど、年が明けて間もないころ、散歩の途中で子猫を拾った。

　墓地につながる坂道からころげ落ちるように追いすがって来た子猫の顔は、目ヤニと鼻水でぐしょぐしょだった。必死に身をすり寄せて甘えるしぐさから、捨て猫だというのはすぐにわかった。病院からもらった薬を根気よく飲ませても白濁の消えない小さな瞳をみつめて、「呪っておやり」と私はささやいた。病気のお前を放り出した飼い主を、呪っておやりなさいね、と。

　子猫を拾って十日ほどたったころ、妙な噂を耳にした。墓園の管理事務所に「飼い主」だと名乗る人があらわれたのだという。一度は捨てたものの、なんとか見つけ出して引き取りたい、と連絡先を置いていったそうだ。

　やはり、この子は捨てられたのだった。こっそりと猫を置き去りにした場所に舞い戻るのは、どんな気持ちがするのだろう。恥をしのんで、罵声を浴びるのも承知のうえで探しに来たのではないか。

　捨てたんだぞ、と夫は語気を強める。凍えるような冬の日に、子猫を捨てたんだぞ。病気の子猫だぞ。今さらなにを、と言いたいのだろう。その怒りは私にもわかる。病気の子猫を真冬の寒空に放り出すのは、その首をひねって殺すのとなんら変わりがない。自分で手をかける度胸はないから、見えないところに捨てて葬り去る。

　「夜ごと、うなされたのかもしれないよ」と夫が言う。「うなされる？」「そうさ、呪っておやりっていったから、この子は本当に呪ったんだよ。夜な夜な、目ヤニ鼻タレの子猫が夢にでてきて、目覚めが悪くてしかたがないからしぶしぶと探しに来たんだよ、きっと」

　けれど、こころのどこかで救われる。迎えに来た、という事実に、私は救われるのだ。たとえ一瞬でも捨てたことを後悔し、生きるものの命の尊さに思いをはせてくれたのだとしたら、人として救われたような思いがある。

　ただ、どういういきさつがあって捨てたのか、なぜ探しに来たのか、聞いてあげるつもりはない。捨てた瞬間に、「あなた」の子猫は死んだのだから。


（東京新聞埼玉版・2006年3月22日掲載）

        
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    <title>動物を飼う</title>
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    <published>2006-02-01T04:24:03Z</published>
    <updated>2006-02-02T04:25:57Z</updated>
    
    <summary>～どんな理由でも最後まで責任を 　散歩の途中で子猫に出合った。墓地につながる坂道...</summary>
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        ～どんな理由でも最後まで責任を

　散歩の途中で子猫に出合った。墓地につながる坂道の真ん中で、みーみーと鳴いている。妙なこともあるものだ。野良猫の「総元締め」と思われていたメス猫は、近所の女性たちがお金を出しあって避妊手術を受けさせた。子猫たちも里親に引き取られていった。野良猫は一掃されたはずなのだ。
 
　か細い声で鳴きながら、子猫は小さな体をすり寄せては甘えてくる。あきらかに、飼い主に捨てられた猫だった。両目から目ヤニがあふれ、左の目はつぶれている。ごぼごぼっと音を立てては鼻水を噴き出す。鼻がきかなくなり、餌を見分ける能力を失った猫は死ぬしかない。長くはないだろうなと思いながら、子猫を置き去りにして家に帰った。この寒空で死ぬのは運命だ。

　うちには野良出身の猫がいる。寒い冬を前に鼻水をたらし、餌をとる術（すべ）を持たないその猫は死ぬはずだった。野良として生まれた以上、それが自然の摂理だ。強い者だけが生き残る、そうして野生は生き抜ける血だけをつないでいく。死ぬべき命をひろいあげてしまった安易さに、神の掟に背いたような、何かを乱してしまったような罪悪感が残った。

　けれど、目ヤニ猫を見かけた夜遅く、懐中電灯を片手に探しに出た。飼い主が腹立たしくてならなかった。動物を飼ったら、命をまっとうさせてやる責任がある。そして、最期まで見届ける覚悟もいる。どんな理由かは知らないが、真冬の寒空に病気の子猫を放り出すのは、その首をひねって殺すのと同じくらい、残酷なことだ。人間の傲慢で捨てられ、いま死に行くかもしれない命は、やはり人間の手で救ってやらなくてはならないような気がした。 

　病院からもらった薬を飲ませてやると、つぶれていた目は開くようになった。白濁は完治しないかもしれないと医者は言う。鼻タレ目ヤニの子猫は、みーみーと鳴き、無邪気にまとわりついてくる。その白濁した小さな瞳を見つめ、「呪っておやり」と私は囁く。真冬の寒空に、病気のお前を捨てた飼い主を、呪っておやりなさいね、とささやいてみるのだ。 


（東京新聞埼玉版・2006年2月1日掲載）
        
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    <title>永らくのご愛顧に感謝</title>
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    <published>2006-01-29T08:31:07Z</published>
    <updated>2006-04-18T08:43:10Z</updated>
    
    <summary>　●最終回です 　2000年から始めたエッセイマガジンは、今号で最終回といたしま...</summary>
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        　●最終回です
　2000年から始めたエッセイマガジンは、今号で最終回といたします。
　最近ブログで書いたもののなかから、いちばん気に入ってる文章を、最終回として掲載いたします。


「宇宙で、満ちる」 バージョン2

　月が地球を回る周期はおよそ27日、月の満ち欠けは29.5日で起こる。

　新月のときに排卵し、満月で生理を迎える。それが自然の摂理にかなっているのだというのをどこかで読んだことがある。

　太陽、月、地球、という順で一直線に並んだとき、地球からは月の姿を見ることができない。月は太陽からの光を煌々と浴びているけれど、地球から見えるのはその裏側、真っ暗な月だ。朔（さく）の月、つまり新月。月の引力に太陽の引力が加わり、海の水が盛り上がって大潮になる。潮が満ちるころ、腹のなかで卵がひとつ、ころりと落ちる。

　夕暮れの西の空に、弓のように尖った月が見え始める。細く切れ上がる三日月は、横からこっそりのぞき見ているような楽しさがある。ラグビーボールに似た、八日目あたりの上弦の月もよい。黒い影を持った月は、立体感を際だたせ、それが球体であることを訴えてくる。ああ、あれは宙にぽっかりと浮かんでいるんだなぁ、と実感させられる。

　月を眺めていると、宇宙が身近に迫ってくる。見たこともない光景が、はっきりと頭のなかに描かれるとき、私は宇宙をつかんだような気持ちになる。漆黒の世界でただひとつ燦々と輝きながら浮かんでいる太陽、その光を受けている側だけ明るい地球、少し離れて月がいる。いつの間にか私は宇宙を外から眺めている。地球は自転しながら静かに太陽の周りを回り、月は地球を回りながら螺旋（らせん）を描いて太陽を回る。
　
　地球の、日本の、埼玉の地には、じっと夜空を見上げる私がいる。たしかにいる。宇宙は恐ろしく静かで、凍えるほどに冷えているけれど、太陽が発する赤色は暖かい。暖かいんだよね、とぐっと手のひらを握ってみるとき、私はこの地に戻っている。

　山際からのぼる月はふくふくと肥り、十五日目には満ち足りた月、望月。太陽、地球、そして月がまっすぐに並ぶ。ふたたび大潮を迎えたそのとき、体の深い所から赤い血が滴り落ちる。

　地球と月と、太陽と。宇宙のなかで私の体も満ちてゆく。



─────────────
●永らくのご愛顧に感謝
　これまでお読みなってくださった方々、ありがとうございました。

　古くはパソコン通信の掲示板、インターネットのホームページ、そしてメーリングリスト。時の流れとともに、アウトプットする場所も変わってきました。そして、いまはブログです。2004年からSNS（ソーシャルネットワークサービス）のmixiに入会し、そちらで日記を書くようになってから、書きたい欲望、表現をしたい欲望は満たされ、エッセイマガジンをないがしろにしていました。アウトプットの場所が変わってしまった以上、こちらは廃止しようと思います。

　ブログは、わたしのサイトでもご覧になることができます。いつでも、会いにいらしてください。お待ちしております。

　それでは、また。

        
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    <title>地域の活性化</title>
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    <published>2005-11-30T06:44:39Z</published>
    <updated>2005-12-17T05:30:44Z</updated>
    
    <summary>～汗とほこりで働く姿に輝き 　洗濯物を干していると、河原のほうからおいしそうな匂...</summary>
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        ～汗とほこりで働く姿に輝き
　洗濯物を干していると、河原のほうからおいしそうな匂いが漂ってくる。栗林を抜けた向こう、川沿いに建つバーベキューハウスからだ。数年前、立派な背広を着た男性があいさつに来た。「楽しみにしていてくださいね」と満面の笑みを浮かべ、助成金をもとに新しいバーベキューハウスが建てられると話した。

　県の職員だというその人に、少なからず怒りを覚えた。楽しみにする？　私たちが？　へんぴな場所にもかかわらず、バーベキューハウスはたくさんの観光客でにぎわっている。河原で遊ぶ子どもたちの歓声にまじって酔っぱらいの大合唱が響く。民家の脇をかすめる細い道を、大きなアウトドア用の車が砂利を蹴散らしながら駆け抜けていく。山あいでの静かな暮らしに安らいでいた住民にとっては、やはり「楽しい」ことではない。それは、観光施設が建設されると決まった時からわかっていたのだ。

　しかし、月日を重ね、この土地に親しむにつれ、私は別の考え方もできることを知った。失ったものはあるけれど、すべてを憎む気持ちにもなれないのだ。

　バーベキューハウスは栗園で管理されており、栗園では地元の人たちがたくさん働いている。せっせと肉や野菜を運び、火をおこし、汚れた鉄板を洗う。広大な栗園の木々を手入れし、秋には枯れ葉を集め、残ったイガを焼く。めまぐるしく走り回っているのは、この間まで郵便局の窓口に座っていたおじさんやら、定年を終えて退職した年配者、近所のおばさん、誰もが見知った顔である。地域が活性化する、というのはこういうことなのだと思った。

　真夏の暑い日、早朝から草刈りに励む姿が目に入った。夕方に事務所のそばを通りかかると、ひと仕事を終えたみなさんが車座になってビールを飲んでいる。「どうだ一杯、酌をしてくれたらタダで飲ましてやるぞ」と声をかけられ、くすくす笑う。失ったものは形を変えて人を潤し、人に輝きを与えている。汗とほこりで生き生きと光るおじさんたちの顔を見るたびに、この土地をどんどん好きになる。

（東京新聞埼玉版・2005年11月30日掲載）
        
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    <title>地区対抗大運動会</title>
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    <published>2005-10-05T06:44:04Z</published>
    <updated>2005-12-17T05:30:44Z</updated>
    
    <summary>～参加してわかった付き合いの大切さ 　十月は、年に一度の「地区対抗大運動会」があ...</summary>
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        ～参加してわかった付き合いの大切さ

　十月は、年に一度の「地区対抗大運動会」がある。近隣住民とのつながりを重んじるこの地域では、五つの地区が集う大規模な運動会は、お祭りや掃除当番と同様に参加必須の行事である。

　都会の生活では自治会の活動にも縁がなかったから、十年前、ここに引っ越して来た時に、隣近所との付き合いの濃さに少なからず驚いた。地域の最小単位である「となり組」という集まりも初めて耳にするものだった。何がなにやらわからぬまま、神社の草むしりに出かけ、自治会の集会に顔を出し、下Ａ組と書かれた回覧板を次の家に持って行った。

　私の知らない世界は、秋の運動会で一気に明らかになった。忘れもしない、初めての運動会で、地域の階層構造を理解したのだ。対抗する五つの地区はハチマキで色分けされ、地区名の書かれた白いテントを作戦本部として闘う。テントで渡されたゼッケンを手に、私は混乱した。たったひと文字「東」とある。アズマ、とは何だろう。よく見ると、自治会で見知ったおじさんたちはみんなアズマのゼッケンだ。しかし、わが「井上」地区のテントには「西」や「中峰」の人もいる。そうか、わかってきたぞ。私が所属している自治会は、東（ヒガシ）組だったのだ。つまり、埼玉県＞○○市＞△△地域＞井上＞東組＞下Ａ組＞私、という階層なのだ。そしてこれは、△△地域にある五つの地区が集う大運動会。

　グラウンドに立ってぐるりと見回す。ハチマキの色でどこの地区の人かがわかる。背中には自治会の名前が入ったゼッケン。読み方に迷うような難しい漢字もある。みんな、それぞれどこかしらに属し、ゼッケンのそのまた下には「となり組」がある。あの人も、あの人も、忙しくお当番に精を出し、となり組で助け合っている。栄えあるこの大イベントに、私は「引っ越しリレー」の選手として登録されている。秩父きゅうり、などと書かれたままの段ボール箱を手に走る。次の走者に荷物を託し、「いけーっ、がんばれーっ」と遠ざかる「東」のゼッケンに向けて声を張り上げる。


（東京新聞埼玉版・2005年10月5日掲載）
        
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    <title>プライベートビーチが消えても</title>
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    <published>2005-08-01T06:21:13Z</published>
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    <summary>河原のほうからおいしそうな匂いが漂ってくる。栗林を抜けた向こう、川沿いに建つバー...</summary>
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        河原のほうからおいしそうな匂いが漂ってくる。栗林を抜けた向こう、川沿いに建つバーベキューハウスは連日、大にぎわいである。

１０年前に越してきたときには、バーベキューハウスなどというものはなかった。正確にいうならば、いまにも崩れ落ちそうな古めかしい屋根の下に、座るのはためらわれるようなオンボロの椅子がころがっている、それらしき施設はあるにはあったけれど、ここに訪ねてくる物好きな客は一年のうちでも数えるぐらいしかいなかったと思う。

あるとき、立派な背広を着た男が挨拶に来た。「楽しみにしていてくださいね」と満面の笑みを浮かべた男は、バーベキューハウスが新しく建て直されるのだと話した。背広の男は県の職員で、その後ろで、施工業者の責任者という作業服の男がぺこりと頭を下げた。

バーベキューハウスは、埼玉県並びに農林水産省の助成を受けて建設された。護岸工事を施し、アスファルトを敷き、焼き場をこさえ、こじゃれた木造りの屋根をのせる。こんな辺鄙な場所に立派な器だけ用意したって宝の持ち腐れさ、税金の無駄使いさ、と鼻で笑っていたのだけれども、生まれ変わったバーベキューハウスにはたくさんの観光客がやって来た。特別な宣伝をしているわけでもないのに、年を追うごとに確実に客は増え続けている。

いまの時期には、毎日毎日、何台もの車がやってくる。河原への一本道は、細い砂利道。砂利を蹴散らし、ほこりをまきあげて、大きなアウトドアの車が駆け抜けていく。民家の脇をかすめる道なのだから、もう少しゆっくり走る気遣いがないものかと思う。河原からは子どもたちの歓声が聞こえてくる。一気飲みをあおる酔っぱらいの大合唱もある。

バーベキューハウスができるまで、この河原を「プライベートビーチ」と呼んでいた。ときおり地元の子どもたちが泳いでいるだけの、静かな河原だった。夏になると夫とふたり、ビーチチェアをかついで川に入り、足を水につけながらビールを飲んだ。そのままぐーぐー寝てしまうのもよし、気が向けば釣り糸を垂らしてウグイを狙った。夕方になると、カワセミがふっと目の前をかすめていった。いまはもう、わたしたちの夏を癒してくれるプライベートビーチは消えてしまった。

４年前、新聞のコラムでこのバーベキューハウスを取り上げた。立派な背広の男に向かって、「私たちが楽しみにしていると、本気で思っているの？」と聞きたかったと書いた。「静かな山あいの林の中で暮らす住民が、観光施設の建設を楽しみにしていると本気で思っているのか」と聞いてみたかった。しかし、わたしは聞かなかった。男の笑顔は愛想笑いなどではないことに気がついたからだ。ひとかけらの疑いも持たずに自信満々に語っている男を見て、呆然としたのだ。

月日を重ね、この土地に親しむにつれ、わたしは別のことを考えるようになった。プライベートビーチを失って、さびしくはあるけれど、憎む気持ちにもなれないのだ。

バーベキューハウスは栗園の経営下にあり、経営者は「マロンリジチョウ」というあだ名を持つ、同じ自治会のおじさんである。マロンリジは、自治会ゴルフ同好会にて、わたしが師と仰いでいる人でもある。また、栗園は、地元における第二の人生の受け入れ先にもなっているようで、マロンリジ本人も大手企業を退職した後、ここの経営を担っている。せっせと肉を運び、鉄板を洗い、秋には栗の実を集め、残ったイガを焼き、などと働いているのは、ついこの間まで郵便局の窓口に座っていたおじさんやら、定年退職になった近所のおじさん、みんな見知った顔なのだ。

生き生きと接客に走り回っている姿は、見ていても楽しいものだ。暑い盛りの日に、朝から草刈りに励み、ようよう終わった夕方には車座になってつまみを片手にビールなどを飲んでいる。そばを通り過ぎようものなら、いちこちゃんも飲んでいけ、酌をすればなんぼでもタダで飲ましてやっからよ、などと声をかけられる。

プライベートビーチは失ったけれど、形を変えて人を潤し、人に輝きを与えている。汗とほこりにまみれて笑っているおじさんたちの顔を見るたびに、それはそれですばらしいことなんだな、と思えるのだった。


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■最近のイノウエ
●地獄の釜のふた
この文章を書き終えたあと、でれっと昼寝をしていたら、サイレンの音に起こされた。国道は観光客の車で大渋滞、またどこかで事故でもあったのだろう。通りすぎるはずのサイレンがぴたりとやむ。ということは、うちの近くだ。

バーベキューハウスに、消防車１、救急車１、パトカー２台が到着。なにごとぞなにごとぞ。 そうこうしている間に、ワゴン車のパトカーも来る。ついで白バイも１台。どうなってるんだ、まいびーち。

と、裏の情報屋おばさんが、道路で叫んでいるのが聞こえてくる。小学生が川で流されたもよう。ぶじに、助けられたそうだ。

子どものころ、お盆に友だちとプールに行く約束をしていて、母に叱られた。「お盆には、地獄の釜のふたが開くんだよ。だから、海にも川にもプールにも行ってはいけません」。子ども心におそろしゅうて、あわててプールをとりやめた。マイビーチでも、ひそかに釜のふたが開いたか。


●４年前のコラムは
バーベキューハウスについて書いたコラムは、わたしのホームページの「エッセイ」コーナーでも読むことができます。

http://www.5515.jp

2002/02/15　「埼玉について考える｣　のなかにあります。


●うまい酒
7月、ニッカウヰスキー余市蒸留所にて「シングルカスク余市10年」を飲む。余市蒸留所限定の樽出し原酒だ。アルコール度数は63％。顔を近づける前から、小さなグラスのまわりには強烈な香りがこぼれている。甘くて、華やかで、豪華な匂いに、飲みくだす前からほろ酔いになる。ひとくち舐めて、舌がびりびりと熱くなりかけたところでもうひとつのグラスから水を飲む。強烈なアルコールは水を含むとあっという間にとろけるような甘みに変わる。小瓶を売っていたので、おみやげに買う。さあ、いつ空けようか。

●アイ・ラブ・ゴルフ
去年は、気温３６度の暑さでもコースをまわるだけの根性、ゴルフへの愛とでもいうべきものがあった。今年はすでに７月の時点から暑さがこたえ、首に冷えピタシートを貼ってコースにのぞむ。愛は変わらぬつもりだが、さすがにカラダにこたえてきたので、レッスンのみに通っていたが、先週はレッスンの帰り道で熱中症のような症状を起こし、倒れこんだ。イカンね。来週はお泊まりで軽井沢。涼しいところで、思う存分にプレーいたしませう。

        
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    <title>砂地に動物の足跡</title>
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    <published>2005-07-27T06:43:09Z</published>
    <updated>2005-12-17T05:30:44Z</updated>
    
    <summary>～姿想像し胸高鳴る 　朝早く、近くの河原へ散歩に出ると、砂地にぼこぼこと小さな穴...</summary>
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        ～姿想像し胸高鳴る
　朝早く、近くの河原へ散歩に出ると、砂地にぼこぼこと小さな穴が続いている。よく見るとそれは動物の足跡らしく、前日の雨で降り固まった砂の上に、グーチョキパーのチョキの形がくっきりと残っていた。土手を降りて砂地を真っ直ぐに川へと向かい、水辺の際でぐっと踏み込んだように深くなる。川に水を飲みに来たのだろう。足跡は砂地を横切り、その先にある藪の中へ消える。

　このあたりでチョキの足を持つ偶蹄目といえばイノシシだろう。夜行性なので滅多にその姿を見る機会はないが、人々が寝静まった暗闇の中で堂々と畑を食い荒らしてはその存在を知らしめている。うまいもの、食べごろも心得ているようで、「明日には掘り出そうと心積もりをしていた芋を、ひとつ残らず食われた」という話も耳にする。見事なほど鮮やかに土を掘り返し、きれいさっぱり食い尽くしていくそうである。丹精込めた作物を根こそぎ横取りするのも憎々しいが、狩猟の時期に手追いになり、裏山で人に襲いかかるという凶暴さも持っている。

　夜の静けさの中に、裏手の山から枯れ枝を踏む音が響き渡る。ぱきぱきっ、ぱきっ。こっそり窓を開けて目を凝らしてみるが、人がいる様子はない。いよいよ出たのか。「夜中に物音がして勝手口を開けたら、くるっとうり坊が振り返ったのよ」と話してくれた近所のおばさんがいた。懐中電灯に照らされて四頭のうり坊がいっせいに振り返り、八つの目がぎらりと光った時には腰を抜かすほど驚いたという。

　被害に遭われている方には大変申し訳ないと思うけれど、イノシシの話には胸が高鳴る。四頭のうり坊などと聞くとわくわくしてしまう。ここには、たしかに人間以外の動物が生きていることに嬉しくなってしまうのだ。

　ぱきぱきと枯れ枝を踏む音が、いっそう強くなってきた。背中に細長い縞模様をつけたうり坊たちが一列に連なり、夜の闇を急いでいく姿を想像しながら私は眠りに落ちていく。

（東京新聞埼玉版・2005年7月27日掲載）
        
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    <title>認知症の義母</title>
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    <published>2005-06-08T06:42:29Z</published>
    <updated>2005-12-17T05:30:44Z</updated>
    
    <summary>～きれいな新緑に昔の輝き見せる 　新聞や雑誌に「認知症（痴呆症）」「ボケ防止」と...</summary>
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        ～きれいな新緑に昔の輝き見せる
　新聞や雑誌に「認知症（痴呆症）」「ボケ防止」という文字を見つけると、食らいつくように記事を読む。その言葉だけが赤い太文字で書かれているように目に飛び込んでくる。一気に読み終えた後には、決まって虚しい気持ちに襲われた。

　パソコン教室、小旅行、折り紙、パズル、リズム体操･･･。脳を活性化し、人との触れあいを増やすことで痴呆症は防げます。「嘘だよ」。だれにともなく、つぶやいてしまう。

　隣の家には義母、つまり夫の母親が住んでいる。市の職員を退職した後は、近くの病院で介護助手として働いていた。日本百名山を制覇するのだといって、休日には大きなリュックを背負って山登りに出かけた。水彩画やスキー、興味のあるものは何でも挑戦し、太極拳と折り紙は人に教えるほどにまで極めていた。元気で明るく、思う存分に毎日を楽しんでいる義母は憧れの存在になった。老いてもなおこんなに素晴らしい人生が待っているのなら、歳を取るのも悪くないなと素直に思えた。

　そんな義母でさえ、認知症からは逃れられなかった。ほんの数分前に話したことも忘れてしまう。唐突に怒りだして泣いたかと思えば、焦点の定まらないぼんやりとした目で遠くを眺めている。認知症という病気は残酷だ。あれほどまでに元気で、生き生きと輝いていた人間をゆっくりと、そして確実に別人へと変えていく。

「新緑の時季が一番すばらしいのよ」。元気だったころ、初夏の森を歩きながら、義母はそう言った。まぶしいほどに萌える木々を顔に映して、目を輝かせながらそう言った。


　いま、山は新しい芽吹きに包まれている。迫り来るように鮮やかな緑、緑、緑。「お母さん、新緑がきれいだね」と声をかける。

　「え？」と振り仰いだ義母の顔に火が灯る。表情の消えた、うつろな目に、小さな輝きが戻る。「ほんとうに、なんてみごとなんだろうねえ」。それは、ほんのひととき、すぐにも消えてしまうものなのだけれど。


（東京新聞埼玉版・2005年6月8日掲載）
        
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    <title>待ち望んだ舗装路</title>
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    <published>2005-04-27T06:41:42Z</published>
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    <summary>～快適生活には必要な工事も 　靴のかかとに泥を付けていたのを、笑われたことがある...</summary>
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        ～快適生活には必要な工事も
　靴のかかとに泥を付けていたのを、笑われたことがある。アスファルトの道路が整備された東京に住む友人には、靴に泥の付く環境がいかにも田舎くさく感じたのだろう。

　家の前の道路は砂利道だ。国道から折れた道は何軒かの民家の前を通り、栗園を抜け、河原にあるバーベキュー施設に出る。車が通るたびに砂塵が舞い上がり、砂利が蹴散らされる。雨が降れば泥まみれのぬかるんだ道になる。この国のどこかでは、莫大な予算を投じていくつもの立派な道路が作られているそうだ。もう道路など作るなというけれど、あちこちにできたくぼみを、市から配給される砂利を使って自分たちの手で補修しながら、生活道路として使っている地域があることも知ってほしいと思う。ずいぶん時間がかかったけれど、いよいよこの道も舗装されることになった。

　予算の関係で工事は二期に分けられ、まずは栗園から河原に抜ける道から始まった。朝からチェーンソーの音が響き渡り、パワーシャベルがうなり声を上げる。道路にかかる木を切り倒し、よけいな枝をすぱすぱと切る。土を掘り起こしているのは、浄化槽の排水を流す側溝を造るからだ。山のように積まれた真っ黒な土を見て、胸がどきりとした。

　あっという間に第一期の工事が終わった。すぐに次の作業も始まるのだろう。舗装された道、排水を流せる側溝、あれほど待ち望んでいたはずなのに、栗林の道に立つとなんだか妙に切なくなった。

　自然破壊などと言うつもりはない。私の家だって、緑に覆われた土を堀り、先住の虫や生き物を追い出して建てたのだ。少し見通しの良くなった林を歩きながら、人の生活が快適になるというのは、木を切り、土を掘り起こすことなのだと実感する。より快適に、便利に暮らすためにはチェーンソーで木を倒し、パワーショベルを震わせて地面を削らなくてはならない。そして、道ができた後には切ない思いも忘れ、快適さに満足しながら生きていくのだろう。たくさんの実を落としてくれた木があったことなど、あっけなく忘れ去ってしまって。


（東京新聞埼玉版・2005年4月27日掲載）
        
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    <title>住民の7割が同姓</title>
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    <published>2005-03-02T06:39:08Z</published>
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    <summary>～名前で呼び合い、全員「ちゃん」付け 　私はイノウエに住むイノウエです。初めて会...</summary>
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        ～名前で呼び合い、全員「ちゃん」付け
　私はイノウエに住むイノウエです。初めて会った人は、何かの冗談だと思うのか、だれもが面白そうに笑う。名前も井上なら住所も井上。ここに住んでいる人の七割は、井上という姓である。同じ姓でありながら、血縁関係でつながっている人はそれほど多くはないようだ。うちは五軒の井上家に囲まれているけれど、親族は隣にある夫の実家だけである。どこもかしこも表札は井上、そしてここは井上地区。何年か前に引っ越して来た時には、やっぱり私も笑った。

　当然のことながら、お互いを呼び合うのは下の名前の方になる。ずいぶん歳のいったおじさまたちが「かいっちゃん」とか「のぶちゃん」と名前で呼び合っている。お偉い社長さんであっても「しょうちゃん」だ。ほとんどの人がここで生まれ育ち、何十年も前からお互いを知り尽くしている間柄なのだろう。少し腰が曲がってきたおばさまも「おたかちゃん」などと呼ばれていると、なんだか若々しくてかわいらしい。

　もちろん、私も名前で呼ばれる。この土地の人間ではなく、よそからやって来た嫁という立場だ。だれもが知り合いの、古くからのつながりで結ばれている地域に移り住むのは不安だらけだった。右も左もわからぬころに、近所のおじさんやおばさんに名前を呼んでもらって、どんなに救われたことだろう。○○さんの奥さんでもなく、○○さんの嫁でもない。「いちこさん」と名前を呼ばれるたびに、張り詰めてていた心が解けた。ここにいてもいいのだ、私も認めてもらえたのだと安心感に満たされた。たかが名前。けれど、名前には人と人を結ぶ力が宿っているように思う。呼ばれるごとに、見知らぬ人が近くなり、私の心もそっと一歩前に出る。

　最近は、私もちゃっかりと自分の親ほどの年回りのみなさまを名前で呼んでいる。親しみを込めて、そう呼ばせていただくのだ。おじさまたちとのゴルフコンペで、「しんちゃーん、それ、ＯＢだからねー」などと大声で叫んでいたりして。

（東京新聞埼玉版・2005年3月2日掲載）
        
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    <title>節分のねがい</title>
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    <published>2005-02-04T06:20:21Z</published>
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    <summary>街への通り道にある不動尊で、「福豆進呈」という旗が揺れていた。豆まきなんてしない...</summary>
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        街への通り道にある不動尊で、「福豆進呈」という旗が揺れていた。豆まきなんてしないけれど、御利益がありそうな気がして車を止める。福豆と書かれた小さな袋には、２０粒も入っていない。ほんの気持ちの浄財をおいて、わたしの分と夫の分、２袋をいただく。ポケットにしまいつつ、ちょっと考えてから、もうひと袋を手にとる。お札や絵馬といっしょに並んでいた、ひと束１００円の線香も買った。家に戻ってから、面倒くさがる夫を連れ出して、裏の丘をのぼる。てっぺんに立つと風がびゅうびゅうと吹き抜ける。こんな小さな丘なのに、世界を見下ろしているような気持ちになる。丘ひとつへだてた向こうに、１５年前に亡くなった義父がいる。墓地に入ると、どこからかみーみーとネコの鳴き声が聞こえてきた。グレ子である。このあたり一帯の野良猫の総本山、すべてはこの一匹のメス・グレ子（とわたしが名付けた）と、どこかのオスから始まった。いわば、井上地区のノラネコのルーツだ。人恋しいグレ子はにゃごにゃごとそばにひっつくばかりで、お墓に水をかけるにもうっかりするとグレ子が水びたしだ。線香に火をつけようとかがんだ夫の股の間からぬうぅと顔を出して、危うく毛を焼かれそうになっている。線香の煙もいっしゅんにして舞い上がる強い風。墓の前に座り、しずかに手をあわせる。

おとうさん、すっかりごぶさたしておりまして、誠に申し訳ありません。なにぶん、こちら側の世界では日々を生きていくことだけで精一杯で、そちら側を思いやる余裕というものがござんせん。そんなだから、おとうさんもきっと怒っていらっしゃるんでござんすね、わかっていますとも。これからは心を改めまして、たびたびお伺いしようと、まずはそのご挨拶ってんで参りましたしだいであんす。

きょうはこちらは節分でございます、不動尊でいただいた福豆をお持ちいたしました。豆でもつまみながら、まあ、ゆっくり、はい、どうぞ。２０粒にも満たない豆で、お願いごとってのもナンですが、まあ、あなた様にも関係のあることですから、ひとつお聞きくださいまし。

年老いたお母さま、最近とげとげしくなるばかりのお姉さま、働けど働けど楽にならない夫、つまりあんたさんの息子でんがな、などなど、どうかお力ぞえをお願いしやんす。贅沢は申しませぬ、みなが心穏やかに、やさしく、平和に日々を送れるようお頼みもうしまんす。どうもさいきん煮詰まってきていていけません。あっちもこっちもぐつぐつじゃあ仕方ねぇ。あ、いえ、微力ながらわたくしもみなさまと幸せになるべく努力を続けてまいりますので、なにとぞそちらからもお力をお貸しくださいますよう、なにとぞ、なにとぞ。お聞き届けくださいませ。なむなむなむ。にゃごにゃごにゃご。

ご先祖さまに手をあわせると、気持ちの通りがよくなる。かたまりとなって滞っていたものが、それぞれの場所を見極めてするっと落ちていくような気がする。

墓参りを終え、グレ子を踏みつぶしそうになりながら家に戻る。とある場所で、グレ子はぴたりと止まって動かない。縄張りの境界線なんだろう。むかしはうちのそばでよく遊んでいたのに、いまでは自分の子孫であるキムタク（という名を付けてもらった野良美猫）に乗っ取られ、追い出された。ごまつぶのようになったグレ子を振り返りながら丘をのぼる。風に乗って、いつまでもにゃあにゃあという鳴き声が届いてきた。

「グレ子、ひとりぼっちだね、なんだかさびしそうだね」と夫がいう。「いや～、それはちがうんじゃないかな」

さびしかったら、わざわざあの場所を選ばないのではないか。わたしたちには見えなくても、グレ子には見えているのかもしれない。実はグレ子は毎晩楽しくにぎやかに遊んでもらっているのかも。

「こ、こわいこと、いうなよ～」心なしか夫は急ぎ足になった。

夜になり、小さな袋をあけてぽりぽりと豆をかじる。子どものころは、家族で豆まきをした。北海道では落花生を殻つきのままで投げる。拾い集めたあとは、「年の分だけ食べるんだよ」と父がいい、わたしは間違えないように慎重に数えながら落花生の殻をむいた。

翌日、外で雪遊びをしていると、真っ白な雪の上にちっちゃなひょうたん型の穴がぷつぷつとあいていたりする。「おにはそとーっ」と外に向かって投げた落花生だ。雪に埋まる落花生を拾い上げ、ずいぶんトクをしたような気持ちで冷たく凍った豆をぽりぽりとかじった。

今晩も夫の仕事部屋には客人が来ている。明け方までかかって編集作業をするのだろう。豆まきどころか、夫は豆をもらってきたことさえ忘れている。しかたないので、居間に降りてきたときをみはからい、夫の口にひとつ、ふたつと豆をほうりこむ。ほれっ。ほれっ。

ちっちゃな袋の裏には、マメは「魔滅」に通じると書いてある。いい運が来ますように。ことしも元気で幸せであるように。


────────────────
■最近のイノウエ
●うまい酒

日本酒を飲まなくなると、この時季の楽しみがひとつ減る。いつもの店に行くと、黒龍・純米大吟醸「石田屋」、黒龍・純米大吟醸「二左衛門」が誇らしげにメニューを飾っていた。

・最近飲んだうまい酒
千亀女（芋焼酎）銀滴（芋焼酎）九段の人（芋焼酎）喜界島（黒糖焼酎）久耀（くよう・芋・７年古酒）一刻者（芋焼酎）気（黒糖焼酎）たちばな（芋焼酎）一番橋（黒糖焼酎）はなとり（黒糖焼酎）極上・蔵の師魂（甕壺貯蔵芋焼酎）

ザ　マッカラン12年ボウモア・シングルモルトシングルモルト宮城峡12年

・お友だちのを味見
砂のかけはし（芋焼酎）晴耕雨読（芋焼酎）十四代 秘伝玉返し 槽垂れ東洋美人　吟醸　山田錦黒龍燗酒大吟醸・九頭龍

タンカレイ（ジン）

ひそかに、日本酒→焼酎のつぎは、ウィスキーへの道を切りひらいていこうかと企んでいる。

        
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    <title>行天宮で置き去り（２）：台湾の旅</title>
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    <published>2005-01-21T06:19:40Z</published>
    <updated>2005-12-17T05:30:44Z</updated>
    
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        （1）からのつづき

通りを見渡してみても、見知った顔はひとつとしてない。ガイドと他のメンバーはまるで消えてしまったかのようである。

どうやら、わたしたちは行天宮に置き去りにされたらしい。

夫とふたり、しばし呆然とする。「やられちゃったね」「どうなっているんだろうね」

それにしてもおかしい。バスに乗ると、ガイドは毎回必ずメンバーの人数を数える。確認してから発車する。わたしたちを置き去りにして、バスを走らせているとは思えない。みんなはどこに行ったのか。


●占い横丁

日程表を見る。行天宮のつぎは占い横丁。あっ。ここでわたしは思い出した。来る前に読みあさったガイドブックの１ページ。占い横丁は、行天宮から歩いてすぐの場所にあるはずだ。

ガイドはすでにそちらに移動してしまったのだ。わたしたちを置いて。

線香を配っている青い法衣のおばさんをつかまえ、占い横丁はどこにあるんでしょうか、占いヨコチョーですと日本語で聞いてみる。おばさんは「わかりました」というようににっこり笑ってあたりをぐるりと見回し、ひとりのおばさんのところにわたしたちを連れて行った。

「どうなさいました？」上品な顔立ちのおばさんは、そういって微笑みかける。年輩の方のなかには、流ちょうな日本語を話せる人がたくさんいるのだ。

「占い横丁にはどう行けばいいんでしょうか」と夫。「占い横丁ですか。占いなら、ここでやってみてはどうでしょう」そう言ったかと思うと、おばさんはすすすと前のほうに歩いていき、三日月の形の木片を手にとった。

「この赤い木片をふたつ床に投げます。こうして表と裏がでれば、神様から意見を聞くお許しが出たという意味です。表と表がそろったときには」ていねいな日本語で、おばさんは説明を始めた。

人のいい夫は、ふんふん、と愛想よく相づちを打っている。遮ることができないのだ。できればわたしも木片占いの説明を詳しく聞きたいが、いまはそんな時間はない。とにかく占い横丁に行かねばならぬのだ。

「時間とーりにキナサイ！はやくキナサイ！」というガイドの声が耳に残っている。わたしは気が小さいところがあるので、取るに足らない些細なことでも、見も知らぬ人から怒られると傷つく。怒られる、ということにビクついている。早く合流しなければ。

「すみません、わたしたちは占い横丁に行きたいんです！」わたしは夫とおばさんの間に割って入った。焦る気持ちで、語尾がすこしきつい。夫もちょっと驚いている。

「そうですか、どうしても占い横丁がよろしいんですね。わかりました。それではこちらへどうぞ」おばさんは気を悪くしたふうでもなく、すこし残念そうに笑ってから、廟の外へと向かった。

「占い横丁は地下道にあります。そこを降りて行くとすぐです」手で指した先は地下への階段。交差点を見渡すと、通りの四つ角に地下への入り口があった。交差点の下で、地下道はつながっているのだろう。

入り口には、物売りの女が立っていた。花やお餅、お供えものが入った籠を持ち、行天宮に来る人たちに声をかける。階段を下りると、ひとり、ふたりと通路に座る女が見えてくる。ここがマニラやインドネシアのどこかだったら、地下道には足を踏み入れないだろうな、と思った。

通路の片側は占い屋だ。二畳ほどの仕切られたスペースに、四柱推命、手相、風水とそれぞれの占い法を書いた派手な看板を掲げた店がずらずらと並んでいる。しばらく歩いていくと階段があり、数段のぼった先で別の通路に突き当たった。見知った顔に出会い、「あっ！」と声が出た。

ここにも占い屋が軒を連ね、人が大勢いるせいか、さっきの所よりも活気に満ちているように見えた。ツアーの何人かは占いをしてもらっているようである。ガイドはわたしたちがいなかったことなど気にもせず、「あ、お茶があるのでひとつずつ持っていって」とのんきに笑う。

「占い、しませんか。待っているから、ヤッテミタラ？」とガイド。いいえ、興味ありませんから。「台湾のウラナイ、とっても当たる。よく当たることでユウメイよ」よく当たるのならなおさらお断りだ。占い師と向かい合っている人たちを見ると、よくも平然と自分の未来について聞けるものだなぁと感心する。

何年か前に、一度だけお金を払って占いというものをしてもらったことがある。この先４年間は何もいいことがないと言われ、夫はわたしのことを愛してないでしょうと言われ、大切な愛情やお金を失い続ける人生ですねと言われて、高額な占い料を支払った。

あれ以来、その言葉が呪いのようにわたしの生活にまとわりついている。４年間という期限付きの呪いからは解放されたが、大切な愛情やお金を失い続けるという言葉が頭から離れない。ひとつに、その直後、予言どおりに大切な友人が去って行った。理由はどうであれ、大切な愛情を失ったのはたしかだ。この先、ずっとそういう人生なのかと思うと、どうにもむなしくなるときがある。


●ふたたび行天宮にて

３泊４日の旅、思う存分に食べ、あちこちに出かけ、台北の街を楽しんだ。最終日の朝、わたしはふたたび行天宮に足を運んだ。「どうしてまた行天宮なの？」と夫は不思議そうに聞いたけれど、うまく説明できない。もう一度、あの煙のなかに身を置きたい、そうとしかいいようがなかった。

まずはお線香を配っているおばさんのところに行く。線香に手をのばしたとき、友だちの林（りん）さんがあわててそれを遮る。

「だめ、いちこさんはだめです」「え、どうして？」う～んとちょっと言い淀んでから、「だって、お月のものが来ているでしょう？だからお線香は持ってはいけないんです」という。

運悪く、前日からお月のものが来てしまっていた。夕ご飯を食べた後に薬局に連れて行ってもらい、必要なものを買っているところを林さんに見られたのだった。「楽しい旅行なのに、それは大変っ」とずいぶんわたしの体調を心配してくれた。

「ひえ～、せっかく来たのに～」「残念だけど、だめです。神様もあれは除けたいんです。もし線香を持ってお願いしても、いまは何も聞き入れてもらえません」

そういえば、むかし母だけが初詣に行かない正月があった。理由をたずねると、「いまはお月のものが来ているの。ご不浄の体で、神社のなかに入っちゃいけないのよ」とこっそり教えてくれた。ごふじょう、という響きが、若いわたしにはいかにも汚れた、いまわしいもののように聞こえた。「ねぇねぇ、廟のなかに入ってもよかったの？わたし、ご不浄だよ」すがるような思いで林さんに聞くと、「入るのはだいじょうぶデス」と言うのでほっとした。きょうのパイパイは夫に託そう。

林さんがお線香の数を教えてくれる。パイパイするときのお線香は奇数に決まっており、香炉ひとつにつき１本か３本。行天宮は、前と後ろにそれぞれ香炉があるので、香炉２つ?１本か３本、つまりお線香の数は２本か６本というわけだ。

「まずは後ろのほうからお参りします。名前、住所、誕生日を言ってから、お願いごとをしてください」

ふげー、この間来たときは名前と住所しか言わなかった。誕生日、なんて知らなかったよ。わたしの願いは届かなかったかも、もう一度パイパイしたいが、わたしはご不浄だ。くやしい。

この日、廟の中は前とは様子がちがっていた。境内の横にある教室では、窓やドアを開け放ち、年輩のおじいさんがマイクを持って講義をしている。青い法衣のおばさんたちもきょうは教室の中だ。

中に入りきれなかった人たちは、お供えもののテーブルにある長いすに座っている。だれもが教室のほうを向いて、じっとその声に耳を傾けている。木片が転がる音もしない。もくもくとした香煙で満たされた廟には、柱にかけてあるスピーカーから流れてくるおじいさんの声が響き渡るだけである。

わたしも長いすに腰掛けて、しばらくおじいさんの声を聴いていた。もちろん何を言っているかわからない。でも、この空間に身を置くことがなんともいえず心地よく、立ち去りがたいのだ。

占い横丁を教えてくれたおばさんはいるだろうか、と青い法衣を目で追いかける。おばさんと別れてから、わたしはなにかを間違えた、という思いにとらわれていた。どこかで、なにかを間違えている。

親切にしてくれたおばさんに、冷たい態度を取ったせいだろうか。占い横丁に行きたいんです！と言い放ったあとに、どうしてきちんと説明しなかったのだろう。本当はゆっくりおばさんの話をお聞きしたいのです、でもツアーの人たちが待っているので早く行かなくてはなりません。ちゃんとそう言えていたら、こんな気持ちにはならなかったのだろうか。

いや、そうじゃない。もっと大切なことを忘れている。なにか、心のなかでひっかかっている。そうだ、わたしはたぶん、大切な「流れ」を止めたんだ。あちらからやってきた自然の流れを自分で断ち切ってしまったのだ。

行天宮で置き去りにされ、ひとりのおばさんに引き合わされた。わたしはあのとき三日月の木片を投げることになっていた。流れにまかせて、木片占いをするべきだったのだ。そこで神様になにかを聞いて、答えを得なければいけなかったのだろう。

ガイドに怒られることばかり気にして、そんな些細なものにとらわれて、神様に向き合う瞬間をだいなしにしてしまった。流れを踏みにじって忙しく通り過ぎていくわたしを、おばさんはどんな気持ちで送りだしてくれたのだろう。

あのとき、は戻らない。流れはもう別な方向に向いている。それでも、ひと目おばさんの顔を見たくて、遠くの青い法衣に目を走らせる。

どこにもいない。見つからない。もしかしたら、そんなおばさんは最初からいなかったのかもしれない。

香煙に身を包まれ、おじいさんの声に包まれ、わたしはただ黙ってしずかに座っていた。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

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■最近のイノウエ
●友だちの林（りん）さん

台湾ではツアーガイドは国家資格だという。試験に合格したあとは、厳しい研修が待っているそうだ。林（りん）さんは、夫が仕事で何度か台湾に行ったときにお世話になった通訳兼コーディネーター。それ以来、わたしもメールなどでお友だちになった人である。

細くて華奢な体からは想像できないほどエネルギッシュで、パワフルな台湾美人。若くて、とってもチャーミングだ。一日観光ツアー以外はずっとわたしたちのガイドと通訳をしてくれた。おっさんガイドとは比べものにならないほど豊富な知識を披露してくれるので、わたしは一日中いろんな質問をしまくっていた。おかげで、ディープな台湾にふれることができ、充実した旅になった。


●光華商場 ＶＳ ＤＦＳ

海外に行く楽しみのひとつにＤＦＳ（免税店）がある。旅行が決まると、本屋でブランド品の雑誌を立ち読みし、新作の値段などをチェックする。

ＤＦＳの受付を通り過ぎ、免税店独特のきつい香水が漂うフロアに足を踏み入れたとたん、わたしは別人になる。ぐっちぐっちぷらだえるめすと呪文を唱えながら、足早でフロアを歩き回る。長旅のフライトで疲れていようとも、観光地巡りでへとへとになっていようとも、目がらんらんと輝き、体は力でみなぎるのだ。

ブランド品などまったく興味のない夫にとっては、ひたすら忍耐の時間でしかない。あっちこっちを駆けめぐり、品定めに走るわたしをあきれた顔で眺めている。

しかし。夫もさして変わらない。「僕にはなにがなんでも行きたい場所がある。どうしても行きたいんだ」なんて、まるであたしがＤＦＳに行く！とだだをこねるときと同じ。

さてその行き先は「光華商場（こうかしょうじょう）」である。何度も来ているだけあって、慣れたようすで店内を見渡していく。細かく区切られたブースで、パソコン機器やパーツ類を売っているのは、まさにアキバの電気街デパートそのもの。

あれこれ商談のすえ、日本で買うとン１０万円もするらしいパーツをわずか数万円でゲット。ＤＦＳではあんなにぐったりしていた夫も、光華商場では目が輝いている。やはりこの人も別人になるのである。

夫はほかにも台湾アイドルのＣＤやＤＶＤをごっそりと買い込む。ＣＤやＤＶＤもかなり安い。浜崎あゆみのＣＤが３００元（千円弱）で売られている。どうも釈然としない。

わたしは大好きなトニー・レオンのＤＶＤを探す。わざわざ取り寄せて買った５０００円の『非情城市』も３００元。日本ではついこの間『インファナルアフェアー・２』が劇場公開されていたのに、台湾ではもう『３』がＤＶＤになっていた。英語字幕で見るが、いまひとつついていけず。
        
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