2005年03月02日

住民の7割が同姓

~名前で呼び合い、全員「ちゃん」付け
 私はイノウエに住むイノウエです。初めて会った人は、何かの冗談だと思うのか、だれもが面白そうに笑う。名前も井上なら住所も井上。ここに住んでいる人の七割は、井上という姓である。同じ姓でありながら、血縁関係でつながっている人はそれほど多くはないようだ。うちは五軒の井上家に囲まれているけれど、親族は隣にある夫の実家だけである。どこもかしこも表札は井上、そしてここは井上地区。何年か前に引っ越して来た時には、やっぱり私も笑った。

 当然のことながら、お互いを呼び合うのは下の名前の方になる。ずいぶん歳のいったおじさまたちが「かいっちゃん」とか「のぶちゃん」と名前で呼び合っている。お偉い社長さんであっても「しょうちゃん」だ。ほとんどの人がここで生まれ育ち、何十年も前からお互いを知り尽くしている間柄なのだろう。少し腰が曲がってきたおばさまも「おたかちゃん」などと呼ばれていると、なんだか若々しくてかわいらしい。

 もちろん、私も名前で呼ばれる。この土地の人間ではなく、よそからやって来た嫁という立場だ。だれもが知り合いの、古くからのつながりで結ばれている地域に移り住むのは不安だらけだった。右も左もわからぬころに、近所のおじさんやおばさんに名前を呼んでもらって、どんなに救われたことだろう。○○さんの奥さんでもなく、○○さんの嫁でもない。「いちこさん」と名前を呼ばれるたびに、張り詰めてていた心が解けた。ここにいてもいいのだ、私も認めてもらえたのだと安心感に満たされた。たかが名前。けれど、名前には人と人を結ぶ力が宿っているように思う。呼ばれるごとに、見知らぬ人が近くなり、私の心もそっと一歩前に出る。

 最近は、私もちゃっかりと自分の親ほどの年回りのみなさまを名前で呼んでいる。親しみを込めて、そう呼ばせていただくのだ。おじさまたちとのゴルフコンペで、「しんちゃーん、それ、OBだからねー」などと大声で叫んでいたりして。

(東京新聞埼玉版・2005年3月2日掲載)

by ichiko : カテゴリー:新聞掲載コラム

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