2005年02月04日

節分のねがい

街への通り道にある不動尊で、「福豆進呈」という旗が揺れていた。豆まきなんてしないけれど、御利益がありそうな気がして車を止める。福豆と書かれた小さな袋には、20粒も入っていない。ほんの気持ちの浄財をおいて、わたしの分と夫の分、2袋をいただく。ポケットにしまいつつ、ちょっと考えてから、もうひと袋を手にとる。お札や絵馬といっしょに並んでいた、ひと束100円の線香も買った。家に戻ってから、面倒くさがる夫を連れ出して、裏の丘をのぼる。てっぺんに立つと風がびゅうびゅうと吹き抜ける。こんな小さな丘なのに、世界を見下ろしているような気持ちになる。丘ひとつへだてた向こうに、15年前に亡くなった義父がいる。墓地に入ると、どこからかみーみーとネコの鳴き声が聞こえてきた。グレ子である。このあたり一帯の野良猫の総本山、すべてはこの一匹のメス・グレ子(とわたしが名付けた)と、どこかのオスから始まった。いわば、井上地区のノラネコのルーツだ。人恋しいグレ子はにゃごにゃごとそばにひっつくばかりで、お墓に水をかけるにもうっかりするとグレ子が水びたしだ。線香に火をつけようとかがんだ夫の股の間からぬうぅと顔を出して、危うく毛を焼かれそうになっている。線香の煙もいっしゅんにして舞い上がる強い風。墓の前に座り、しずかに手をあわせる。

おとうさん、すっかりごぶさたしておりまして、誠に申し訳ありません。なにぶん、こちら側の世界では日々を生きていくことだけで精一杯で、そちら側を思いやる余裕というものがござんせん。そんなだから、おとうさんもきっと怒っていらっしゃるんでござんすね、わかっていますとも。これからは心を改めまして、たびたびお伺いしようと、まずはそのご挨拶ってんで参りましたしだいであんす。

きょうはこちらは節分でございます、不動尊でいただいた福豆をお持ちいたしました。豆でもつまみながら、まあ、ゆっくり、はい、どうぞ。20粒にも満たない豆で、お願いごとってのもナンですが、まあ、あなた様にも関係のあることですから、ひとつお聞きくださいまし。

年老いたお母さま、最近とげとげしくなるばかりのお姉さま、働けど働けど楽にならない夫、つまりあんたさんの息子でんがな、などなど、どうかお力ぞえをお願いしやんす。贅沢は申しませぬ、みなが心穏やかに、やさしく、平和に日々を送れるようお頼みもうしまんす。どうもさいきん煮詰まってきていていけません。あっちもこっちもぐつぐつじゃあ仕方ねぇ。あ、いえ、微力ながらわたくしもみなさまと幸せになるべく努力を続けてまいりますので、なにとぞそちらからもお力をお貸しくださいますよう、なにとぞ、なにとぞ。お聞き届けくださいませ。なむなむなむ。にゃごにゃごにゃご。

ご先祖さまに手をあわせると、気持ちの通りがよくなる。かたまりとなって滞っていたものが、それぞれの場所を見極めてするっと落ちていくような気がする。

墓参りを終え、グレ子を踏みつぶしそうになりながら家に戻る。とある場所で、グレ子はぴたりと止まって動かない。縄張りの境界線なんだろう。むかしはうちのそばでよく遊んでいたのに、いまでは自分の子孫であるキムタク(という名を付けてもらった野良美猫)に乗っ取られ、追い出された。ごまつぶのようになったグレ子を振り返りながら丘をのぼる。風に乗って、いつまでもにゃあにゃあという鳴き声が届いてきた。

「グレ子、ひとりぼっちだね、なんだかさびしそうだね」と夫がいう。「いや~、それはちがうんじゃないかな」

さびしかったら、わざわざあの場所を選ばないのではないか。わたしたちには見えなくても、グレ子には見えているのかもしれない。実はグレ子は毎晩楽しくにぎやかに遊んでもらっているのかも。

「こ、こわいこと、いうなよ~」心なしか夫は急ぎ足になった。

夜になり、小さな袋をあけてぽりぽりと豆をかじる。子どものころは、家族で豆まきをした。北海道では落花生を殻つきのままで投げる。拾い集めたあとは、「年の分だけ食べるんだよ」と父がいい、わたしは間違えないように慎重に数えながら落花生の殻をむいた。

翌日、外で雪遊びをしていると、真っ白な雪の上にちっちゃなひょうたん型の穴がぷつぷつとあいていたりする。「おにはそとーっ」と外に向かって投げた落花生だ。雪に埋まる落花生を拾い上げ、ずいぶんトクをしたような気持ちで冷たく凍った豆をぽりぽりとかじった。

今晩も夫の仕事部屋には客人が来ている。明け方までかかって編集作業をするのだろう。豆まきどころか、夫は豆をもらってきたことさえ忘れている。しかたないので、居間に降りてきたときをみはからい、夫の口にひとつ、ふたつと豆をほうりこむ。ほれっ。ほれっ。

ちっちゃな袋の裏には、マメは「魔滅」に通じると書いてある。いい運が来ますように。ことしも元気で幸せであるように。


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■最近のイノウエ
●うまい酒

日本酒を飲まなくなると、この時季の楽しみがひとつ減る。いつもの店に行くと、黒龍・純米大吟醸「石田屋」、黒龍・純米大吟醸「二左衛門」が誇らしげにメニューを飾っていた。

・最近飲んだうまい酒
千亀女(芋焼酎)銀滴(芋焼酎)九段の人(芋焼酎)喜界島(黒糖焼酎)久耀(くよう・芋・7年古酒)一刻者(芋焼酎)気(黒糖焼酎)たちばな(芋焼酎)一番橋(黒糖焼酎)はなとり(黒糖焼酎)極上・蔵の師魂(甕壺貯蔵芋焼酎)

ザ マッカラン12年ボウモア・シングルモルトシングルモルト宮城峡12年

・お友だちのを味見
砂のかけはし(芋焼酎)晴耕雨読(芋焼酎)十四代 秘伝玉返し 槽垂れ東洋美人 吟醸 山田錦黒龍燗酒大吟醸・九頭龍

タンカレイ(ジン)

ひそかに、日本酒→焼酎のつぎは、ウィスキーへの道を切りひらいていこうかと企んでいる。

by ichiko : カテゴリー:エッセイマガジン

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