2005年01月13日

行天宮で置き去り(1):台湾の旅

去年、夫は仕事で何度か台湾に行った。いろんな国に行く人ではあるけれど、「ここはきっとキミも気にいるだろう。今度いっしょに行ってみよう」などと誘われたのは台湾が初めてだった。

とにかく何を食べてもうまいらしい。治安もよく、トイレもきれい。なによりもそこに住んでいる人たちが気持ちいい。やさしく、心あたたかく日本人を迎えてくれるそうだ。

それほどまでにいうのなら、ぜひとも行ってみましょう、台湾へ。何度か日程の調整を試みたけれど、ようやく二人の都合があったのは年末年始の休暇だった。

気がつくと、わたしのまわりには台湾を好きだという人がたくさんいた。バリ島と似たような吸引力があるらしく、台湾に魅せられた人は何度も通うリピーターになるようである。

誰もが台湾をほめる。二度と行きたくない、もうご免だわ、なんていう人に会ったことがない。いいところよ、いいところよ、と言われると逆にプレッシャーになった。わたしにとってもいい場所になるだろうか、好きになれなかったらどうしよう。韓国の場合は、「あんな薄汚い街は二度といやだわ」とか「感じが悪い国だった」とけなす人が多かったので、さして期待もせずに出かけた。そのせいかどうか、みんなが言うほどひどい国ではないし、エキサイティングで面白い街がえらく気に入った。

そんなわけで、ちょっぴりの不安を抱えながら、憧れの台湾で年越しを迎えることになったのだった。


●オッサンガイドを追いかける

夕方過ぎに台北に着き、ホテルに荷物を置いてすぐに鼎泰豊に向かい、本場の小籠包を食べまくる。その足でお茶屋までタクシーを走らせ、3斤18本の金萱茶を仕入れる。着いて何時間もしないうちに、旅の目的の8割は達成してしまった。

翌日は朝からバスに乗って観光地巡り。パック旅行なので、一日市内観光がセットになっているのだ。故宮博物館を含め、寺廟やおみやげ屋、占い横丁、足つぼマッサージと盛りだくさんのスケジュールで、あっちこっちを急ぎ足で回る、それは忙しい観光である。

年末年始の休暇で、台北市は海外からの観光客であふれていた。さまざまな会社の観光バスが走り回り、数多くの団体ご一行様が右往左往している。そんなとき、日本の「旗を掲げるガイドさん」をどんなになつかしく思ったことだろう。

台北の観光ツアーに旗はない。ちょっとここで写真を撮りましょう、などと目を離すと、すぐに団体からはぐれてしまう。しかも、わたしたちのガイドは背広を着た中年のオッサンだったので、人混みに紛れると見分けがつかなくなった。朝一番の観光地、忠烈祠でバスを降りたときからイヤな予感がしていた。人混みに押され、あっという間にガイドの姿は見えなくなり、団体メンバーも散り散りになった。それぞれ自由に見学するものなんだな、と写真を撮ったり、あれこれ見ていたが、ふとあることに気がついたのだ。

「ねえ、何時に集合?どこに集合?」夫は人混みのなかを走り回り、ガイドを見つけ出し、時間と集合場所を聞いてきた。バスに戻ると、まだ帰ってきていない人が何人もいる。ガイドは広場に戻ってメンバーを探しだす。「チャント時間とーりにもとってきてくたさいネ!」と注意されたが、釈然としない。ならば、降りる前に時間と場所をはっきり言ってくれと思ったが、このへんのアバウトさ加減が台湾流らしい。旅先でぷんぷんするのもイヤなので、おおらかに構えることにする。

故宮博物館においては、ガイドの後を追いかけるだけで疲労した。博物館は改築中で、ふだんの三分の一の広さしかなく、その狭い中で押すな押すなのもみ合いになっている。台北じゅうのあらゆる老若男女がツアーガイドになったのではないかと思われるほど、いたるところでガイドが展示物の説明をし、観光客がそれをとりまいている。

その混み合うなかを背広のガイドは次はこっち、はい次はあっちと後ろのことも考えずに急ぎ足で歩き回る。全員がきっちりついて行けるわけがない。わたしだって、ひーひー言って追いかけているのである。遅れる人がいると「早くキナサイ!ココでキキナサイ!」とやや怒った感じで注意する。悪気はないのはわかっているけれど、命令調で言われるとやはりムッとする。「来なさい」じゃなくて、「来てください」だろうよ、と突っ込みを入れたくなる。

中国茶のお茶会のあとにお昼ご飯を食べた。午後のハードスケジュールは「行天宮」から始まった。


●行天宮で置き去り

「行天宮」は台湾の人からとても信頼され、大切にされている廟だという。龍が乗ったきらびやかな屋根の門をくぐると、香煙がふんわりとからだにまとわりついてくる。ああ、なんていい香りだろう。線香やお香の匂いはわたしにとって精神安定剤みたいなものだ。煙に包まれていると、からだもこころもほぐされて、やわらかさを取り戻すような気がする。

境内には四角いテーブルがいくつも置いてあり、その上には色とりどりの果物やお菓子、おもちなどのお供物をのせた赤い皿がずらずらと並んでいる。

前のほうで、青い法衣を着たおばあさんが参拝客のひとりひとりにお祓いをしている。夫が手招きするので、わたしも並んで順番を待つ。「ナマエ?」と聞くので「いちこ」と答える。「いちこなんたらかたら」とつぶやきながら、ちっちゃなおばあさんは背伸びをするようにして長い線香をわたしの頭に持って行き、それから体のすみずみにまで煙を這わせた。

なんだか、ありがたい気持ちになってくる。からだが清められていくみたいだなぁとうっとりしたとき、わたしは気がついた。

ガイドの姿が見えない。ついさっきまで地味な背広姿を目で追っていたが、おばあさんのお祓いに気をとられて見失ってしまった。

「大丈夫だよ、この中にはいるんだから、あとでまた会えるよ」と夫がいい、それもそうだなと思った。あわてることもないだろう。お線香をもらいに行き、煙の充満する香炉の横で拝んだ。

台湾では拝むことをパイパイという。道教の廟での正しい作法はわからないが、まわりの人を横目で見ながら、両手で長い線香を捧げ持ち、深々と頭を下げる。

「神様は、住んでいる土地と名前でその人が誰なのかがわかるんだよ」と教わってから、拝むときには住所と名前を言ってからお願いごとをするようにしている。たぶん、どこの神様も同じだろうと思い、日本国埼玉県○○市~~に住む井上以知子でありまする~と言ってから、パイパイしておいた。

行天宮は、三国志の名将・關羽を主神として祭っている。關羽はソロバンの発案者でもあることから、商売繁盛の神様として慕われているそうだ。うちはふたりともフリーで働いているので、パイパイにも熱が入る。

台湾は信心深い人が多いと聞いていたけれど、それにしても熱心に拝んでいる人の多いことよ。おばあさんも若い女性もサラリーマンも、なにをそんなにお願いしているのか、口のなかでぶつぶつ言いながら真剣な面持ちで線香をかかげている。日本のように、ぱんぱんと二つ手を叩いてからちょっと拝んで引き上げる、という人はまずいない。

ひざまずいて、何度も何度も頭をさげて拝む。この場を立ち去りがたいのか、お供えもののテーブルにある椅子に腰掛けて、ぼんやり煙を眺めているおばあさんたち。

からんからんと乾いた音があちこちで響いているのは、木片が床に転がる音だ。赤い三日月の木片をふたつ投げ、表と裏の出た目の組み合わせで神様の答えを判断する。祈るのではなく、神様の意見を聞く方法だという。

なんだか居心地のいい場所なので、ずっとここにいてもいいような気がしてきた。しかし、ツアーなのでそうも言っていられない。ふたたび境内をぐるっと探してみるが、ガイドも、同じツアーのメンバーにも出会わなかった。

バスが迎えに来ているかもしれないと外に出てみるが、道路にそれらしきものは見えない。通りを見渡してみても、見知った顔はひとつとしてない。ガイドと他のメンバーはまるで消えてしまったかのようである。

どうやら、わたしたちは行天宮に置き去りにされたらしい。


(2)につづく

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■最近のイノウエ
●茶の仕入れ
台湾に行く目的は大きくわけてざっと3つ。台湾茶を仕入れる、うまいものを食いまくる、あれやこれやの雑多なものを買う、だ。

いつも夫が立ち寄るお茶屋に行き、お茶の道具がセットされているテーブルに座る。試飲させてもらって、お店の人と相談しながら、決めるようである。

中国茶はめまいがするほど種類が多い。渡されたリストを見ただけでもくらくらしてくる。心してかからないと、お腹のなかがお茶でたぽたぽになっても何も決められないだろう。ここは迷わずに、「烏龍茶」に的を絞る。

青心烏龍、凍頂烏龍の中ぐらいのグレードのものを淹れてもらう。おいしいけれど、なにかがちがう。やはりいつもの金萱茶なのか。変わりばえがしないなあと思いつつ金萱を飲む。「ああ、これだ」と舌が教えてくれる。

種類が決まれば、あとはグレードと焙煎の度合いを選ぶ。ヘビースモーカーのわたしが、そういう細かい分類を区別できるわけもないので、中ぐらいのものを適当に買おうと思っていた。しかし、せっかくなので最高級グレードの生茶(焙煎ゼロ)というのを飲ませていただくことにする。

どんな舌でも、最高級だけはわかるらしい。いや、香りからしてもうちがう。甘ったるいミルクの強い香りが漂う杯に口をつけ、ひとくち含む。お茶なのに、とろりと密のような舌触り。甘いミルクの味が口のなかにひろがる。これぞ最高級の金萱茶ということか。

この最高級を含め、3つのグレードの阿里山金萱茶をそれぞれ1斤(600g)、100gずつの包みにしてもらう。お茶の袋があわせて18本。夫もおみやげ用に2斤追加したので、まさにお茶の仕入れ屋のようになった。


●本場の小籠包
「鼎泰豊(ティンタイフォン)」は台湾に本店があり、小籠包で有名なお店だ。東京でも新宿や日本橋の高島屋に支店がある。以前、日本橋高島屋で食べてから、ぜひとも本店に行きたいと憧れたお店のひとつだ。

鼎泰豊の小籠包なんかうまくない、という人もいるけれど、それはあまのじゃくだと思う。じゅうぶんにおいしかった。

台湾最後の夜も、やはり小籠包ということで「上海湯包」に行ってみる。「湯包」というだけあって、スープがメイン。むちゅっとかじると口のなかで熱々のスープが暴れる。具はどこだ?と探さないとみつからないほどスープでいっぱい。

毎食に小籠包を食す、という野望があったのだけれど、毎日にしてもそれはムリ、ということがわかった。小籠包のスープはかなり味が濃く、油も多い。

地元の人が、小さなお店や屋台でおかずを買って帰る、という光景をよく目にした。おばさんも、若い女性も、そしておじさんも、おかずの入ったピンクのナイロン袋をぶらさげて帰る。


●台湾のうまい酒
台湾で生産されている「埔里銘酒(紹興酒)」台北在住の友人がメニューを見た瞬間、「これはすごくいい紹興酒だから絶対飲んだほうがいいです」と教えてくれた「精醸陳年・玉泉・紹興酒」

●うまいもの
台湾では四川や広東、客家料理などいろんな中華料理を食べることができる。行ってみてわかったのは、わたしがいちばん好きなのは「台湾家庭料理」といわれるものらしい。

「欣葉」は、台北に住んでいる人でも絶賛するほどの台湾家庭料理のお店。今回の旅で一番おいしいものは何かと聞かれたら、ここの「蟹おこわ」をあげるだろう。蟹のおいしさをいっぱいに吸い込んだもち米は、かめばかむほど味がしみでてくる。むちむちとした噛みごたえも絶妙。一生このご飯をかみ続けていたいぜ!と思うほどうまくて、ほっぺたが落ちそうになる。

もう一店、「丸林魯肉飯」はバイキング方式でずらっと並んだおかずのなかから好きなものをチョイスする。より庶民の味に近い。「魯肉飯(るーろーはん)」は金城武と志村けんのCMにも出てくる、豚肉の挽き肉がかかったご飯で、ごはんに染みただし汁がおいしさの秘密だった。

切り干し大根のオムレツ(これは好物になった)、ぱーこー、ひょうたんと肉の炒めもの、たまごやき、トンポーロー、えびと野菜の炒めもの、はまぐりのスープ。なにを食べてもうまいのだ。

●アイ・ラブ・ゴルフ
台湾で見た初夢に、ゴルフスクールの先生が出てきた。異国の地にいても、ゴルフのことが気になってしかたがないということか。

前後のいきさつはわからないけれど、なにやら先生はわたしに謝っている。「でもさ、先生、本当に悪いとは思ってないでしょう?」 とわたし。「そりゃ思ってないんだけどさー、いちおう謝っておかないとイノウエさん怖いじゃん?」。謝っているというわりには、あいかわらず調子よさげにへらへらと笑ってごまかすいまどきの青年。あまりにもリアルな夢に、ひとりで笑った。

by ichiko : カテゴリー:エッセイマガジン

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