2004年11月03日

民間企業が補うリサイクル

スーパーを入った所でふと足が止まった。出入り口の片隅に、ゴミ箱を一回り大きくしたようなふた付きのボックスがいくつか並んでいる。ペットボトル、食品トレー、びん、缶と種類ごとに分けられているその箱は、資源回収用のポストだった。買い物のついでに、資源ゴミをここに投げ込めるようになっている。

いつも他の出入り口を使っていたので、全く気が付かなかった。箱を発見してからは、買い物に行くたびにそのあたりをのぞくようになった。ラベルをはがして中身は水で洗ってから捨てましょう、という注意書きを読んだり、回収業者から工場へ、その矢印の先には繊維をもとに作られた洋服の絵が描かれているリサイクル図を眺めたりした。

母親が、小さな子どもと一緒にビニール袋の中からゴミを取り出しては、これはそっち、それはあっちと次々に投げ込んでいった。入りきらずにあふれたのか、袋のまま箱の脇に置かれていることもあった。

以前、このコラムで資源回収方法が地域によってまちまちであることを書いた。ある地域ではペットボトルやトレー、紙製容器などは資源として回収されるが、それらの分別収集のない私の町ではゴミとして燃やすだけである。このまま燃やし続けていいものなのだろうか、という思いがずっと残っていた。

このお店の回収箱に出合ってから、だんだんわかり始めてきた。自治体や行政の手が至らないところはちゃんと民間の企業が補っているのだ。なにより驚いたのは、だれに強制されなくても、自ら進んで資源を分別し、きれいに洗って店まで捨てに来る人がこんなにもたくさんいることだった。社会は行政の力だけでなく、そこにある民間の企業、そしてそこに暮らしている人々でつくられていくものなんだ。住みよい町は、きっとそんなふうにしてつくられるものなんだ。

キッチンの隅には、水洗いをしたペットボトルや食品トレーが置いてある。きょうはあの店に買い物に行こう。

(東京新聞・2004年11月3日掲載)

by ichiko : カテゴリー:新聞掲載コラム

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