2004年09月22日

秋の夜長に耳そばだてて

半分ばかり開けた窓から、ひんやりとした夜の風と一緒に、虫たちの声が流れ込んでくる。コロコロコロ、ルーリィンリィン、チッ、チッ、チッ。広い草むらにいったい幾千の虫が潜んでいるのだろう。虫たちが奏でる美しい音色に誘われて、今まさに深い眠りに落ちようとするその瞬間、ぼとり、と鈍い音で目が覚める。がさがさがさ、ぼとっ。あ、落ちた。

わが家の前は、広大な栗園である。虫の音色のような心地良さには欠けるが、秋の夜、栗もまた趣のある音を紡ぎ出している。

ぼとっ。最もシンプルで芸のない着地である。がさがさがさ、ぼとり。葉っぱの中をかきわけながら落下するものはにぎやかで、高い所から落ちるほど、がさがさという音が長くなる。イガをつけたままの栗は、葉をかきわける音も大げさだが、着地の際にもどさりという重量感がある。実だけこぼれてくる場合は、軽やかに楽しげで、ときにユーモラスでもある。

かーん、かーん、こきーん、ぽとっ。これを最後とばかりにあちこちの木の幹や枝をけり飛ばし、生涯一度の音を生みだしながら落ちてくる。不運にも車庫のトタン屋根めがけて突っ込んだ実は、がきーんと鈍い金属音を鳴らし、寝ている私を驚かせる。

栗の音に耳をそばだてていると、眠気などはどこかに吹っ飛んでしまう。ベッドにじっと横たわり、全身を耳にして次の栗が落ちるのを待つ。音は不思議だ。栗の落ちる音を聞いているだけで、一つひとつの大きさや形、どんなふうに落ちてきたのか、その様子までが見えてくる。さっきは右側の奥の方だ、今度はすぐ近くだけどずいぶん高いところから落ちてきた。音の方向、距離、高さを感じているうちに、私だけの栗園の地図が浮かび上がってくる。ひとつ音が増えるたびに空間がのびていく立体地図だ。私を基点に、静かな夜の闇は上へ、奥へと少しずつ広がっていき、遠くから響く音はその音の場所とともに、私のいる位置も教えてくれる地図となる。

(東京新聞・2004年9月22日掲載)

by ichiko : カテゴリー:新聞掲載コラム

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