2004年08月11日

にこやかな笑顔

~新しい住人歓迎

友人が隣の村に越して来た。大学病院からの派遣医師として、これから数年間、村の診療所で働くそうである。

隣村といっても、私の家からは連なる山を越えた向こう側にあり、数えるほどしか訪ねたことのない遠い場所だ。山に囲まれた人口三千人弱の過疎の村。

ある晴れた週末、「すてきな場所がたくさんあるわよ」と診療所の生活にも慣れてきた彼女に案内されて、村めぐりツアーを楽しんだ。湖でカヌーを眺め、山のてっぺんから村を見渡し、温泉で湯につかる。夜は川辺で蛍の光を追いかけた。

山に登ったとき、管理人のおじさんに話しかけられた。「東京から来たんだろう」。どうせ都会者だろう、という言い草だ。私は山向こうから、友人はこの村の診療所の医師です、と答えるとおじさんの顔が一瞬ほころんだが、「でも通いの先生だろう?」とすぐに険しい目つきに戻った。「診療所と棟続きの家に住んでいますよ」。「えっ」とおじさんは小さく驚き、それから照れたように、すまなそうに目を細めて笑った。「そっかぁ、住んでくれてんのか。若いのに、過疎の村によく来たなぁ」。

小さな村は排他的、というイメージがあった。外から来たよそ者の彼女は、そう簡単には受け入れてもらえないのではないか。しかし、私はとんでもない思い違いをしていたようである。

友人は村ではちょっとした人気者になっていた。温泉では係の人に「先生、きょうはビールは飲まないんですか」とからかわれ、ケーキ屋に入ると「やぁ、またいらしてくれたんですね」と店主がにこやかに笑う。行く先々で「先生、先生」という声に呼び止められる。楽しく弾むような、やさしくいたわるような、いくつもの声が友人を迎える。診療所にやって来た新しい医師をこぞって歓迎している。村に住んでくれる新しい住人を心から喜んでいる。山で出会ったおじさんの笑顔がそれを物語っている。

(東京新聞・2004年8月11日掲載)

by ichiko : カテゴリー:新聞掲載コラム

made by XHTML, CSS, Movable Type.
© Go Go ichiko. All Rights Reserved.