2004年06月23日

生命みなぎる森

~体に潤い満ちる

梅雨に入ると、「うっとうしい毎日ですね」「心までジトジトと陰気になってきますね」というのが当たり前のあいさつになる。

洗濯物は乾かないし、部屋の中は湿ってカビ臭い。傘を持ち歩くのもやっかいで、込んだ電車で隣の人のぬれた傘が私の足にはりついたりする。生活するうえでは確かに不便で、気分がめいることが多い。しかし、私はひそかに梅雨の時季を楽しんでいる。大きな声で言わないほうがよさそうだが、雨の降り続く毎日が好きである。それはたぶん、木々に囲まれた山の中に住んでいるせいだろう。

新緑を合図に山には一気に観光客が押し寄せる。夏は川遊びやバーベキューを目当てに人が集まり、秋はわが家の前にある栗園がもっともにぎわう季節だ。人出の途絶える梅雨の時季は、住んでいる者にとっては、つかの間の休息になる。静かな山の時間を味わえる一時だ。そして、雨は自然の素晴らしさをいっそう際立たせる。

ざーざーと雨が降る。庭のツバキも、栗林も、そして遠い杉の山も、みんなぬれる。雨に洗われ、葉は生き生きとよみがえる。雨が降るたびに緑は深さを増し、森がどんどん濃くなっていく。たっぷりと水分を含み、生命力をみなぎらせた緑の森が、命をふくらませて迫ってくる。降り注ぐ水滴、さまざまな濃さを持つ緑、そして植物の生命力。あまりの自然のすごさに圧倒され、息をのみ、言葉をなくして、ただ見つめるばかりだ。

雨の森を歩いていると、世界は水と樹木と私だけになる。ざーざーという雨音が外の世界をかき消し、辺り一面がすっぽりと水で覆われる。それはまるで緑の湖底にいるようだ。シンと静かで、みずみずしくて、うっとりする。水と緑に包まれるとどうしてこんなに気持ちいいのだろう。どうして、と考えているうちに私の体にも潤いが満ちてくる。

埼玉には美しい木々のそびえる場所がたくさんある。そこかしこで、雨を受けて生命をみなぎらせている森がある。

(東京新聞・2004年6月23日掲載)

by ichiko : カテゴリー:新聞掲載コラム

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