2004年04月10日

おそるべしピンポイント療法のヨモギ蒸し :ソウル編その2

腹くだりとイカサマ暴走運転手の件から立ち直った4人は、翌朝、元気よくそれぞれの目的の場所に向かった。男たちは競馬&カジノの「ギャンブルツアー」である。一攫千金を狙って、まずは競馬場へ。

えみリンとわたしは、ショッピング&エステの「女の心と体を満足させるツアー」だ。買い物は最終日の明洞めぐりと免税店に勝負をかけることにして、この日はエステ体験に出かける。

韓式エステ初心者のわたしたちは、安心と清潔を第一に考え、梨泰院(イテウォン)にある外国人専用の高級サロンに決めた。サウナ、高麗人参風呂、アカスリ、全身マッサージ、シャンプー、きゅうりパックがセットになった基本コースに、ヨモギ蒸し、フェイスマッサージ・石膏パックのオプションをつける。えみリンはフットケアも追加するという超リッチコースである。

6階建てのサロンは出来たばかりで施設も新しく、高級感もさることながらとてもきれいだ。ロッカーで素っ裸になり、ガウンをはおる。ヨモギ蒸しから始めますというので、案内にしたがって専用ルームに向かった。

部屋に入るなり、わたしは「ぎゃーっ、これかー、これだったのかー、うひー」と叫び声をあげた。驚いたのはえみリンだろう。いきなり奇怪な声をあげたかと思えば、わたしはひとりで腹を抱えてひいひい笑っているのである。どうしちゃったのよう、と気味悪そうにみつめるえみリン。どうしたもこうしたも、これほど直球勝負の、ずぱりそのもの!を前にして笑わずにいられるだろうか。

ホーリー氏が言っていたことは本当だったのだ。出発の日の朝、待ち合わせの成田空港のロビーで、ホーリーは言ったのである。

「女たちは、ヨモギ蒸しでオ○○○をあっためてうっとりしてこい」

かなり下品な表現だったので、なにかの聞き間違いかと思って「え?なに?」と聞き返したところ、ホーリーは同じ言葉を繰り返してにたにたと笑った。朝っぱらからわけのわからない下ネタを口にするヤツだ、とわたしはちょっと軽蔑してソッポを向いたのである。

しかし、いま目の前にあるのは、真ん中にほど良い大きさの穴があいた椅子であり、その下には温度調節のつまみがついた電気式の鍋が置かれている。まさに、オ○○○をあっためてうっとり、の形ではないか。

いろんなことがぐるぐると頭をめぐる。パンフレットには、うつ伏せになってマッサージを受けている女性の上半身や、石膏パックを塗られた白い顔、フットケアは足などの具体的な施術の写真が掲載されていたのに、ヨモギ蒸しのページはガウンを着た女性が肖像画のようにこちらを向いて座っているだけで、「ここだけ曖昧だなぁ」とぼんやり思ったのである。

説明には、薬用ヨモギは婦人病や便秘に効果があり、骨粗鬆症にもよい、というようなことが書かれていたので、サウナでヨモギの蒸気でも浴びるのかと思いこんでいた。まさか、そのものずばりの局所、その部分だけをじかに蒸すとは考えもしなかった。穴のあいた椅子を見ていると、なぜだか笑いがこみあげてきた。

ふたりでひゃっひゃっと笑っているそばからガウンを脱がされ、上がゴムになった大きいスカートみたいな布を着せられる。胸の上でゴムを止め、あとはスカートで椅子ごとすっぽり覆うようにして座る。真ん中に穴があいているので、すーすーとそこだけ風の通りがよい。

担当のおばさんが鍋を持ってあらわれ、ヨモギや高麗人参、そのほかいろんな薬草が入っているよと中身を見せてから、スカートをめくって椅子の下に鍋を設置した。戻りぎわに、膝に手を置いてぐいっと股を開かれたので、これはもう観念するしかないという感じである。

穴の下でぐつぐつと鍋が煮えてくる。蒸気は足や腰、胸のあたりまでのぼってきて、ほかほかとあたたかくて気持ちがいい。そうか、これがうっとりなのね、と思ったのはアマかった。

鍋はどんどん煮えてくる。沸騰する。あたたかさを通り越して熱い。局所が、わたしの大切なところが、ヤケドしそうなほどに熱いのだ。とくに説明はされなかったので、ここで熱さを我慢してこそ効果があるのか、それとも早く熱いと言わなければいけないのか、判断がつかない。

「ねぇ、えみリン、熱くない? 言ったほうが」いいのかな、と最後まで言い終わらないうちに我慢できずに、「あのう、熱いんですけど」とおばさんに声をかけた。「アツイ? マダ、タイジョウプヨ」「でも、かなり熱いんです」「タイジョウプネ」「うー、熱いですう」「・・・」「だっからぁ熱いんだって、あぢいの、あぢいって言ってんだってば!」

しぶしぶとやって来たおばさんはスカートの中に手を入れて、温度調節のつまみをまわした。「うっ、うっ」とうめきながら待っていると、沸騰がおさまったのか、熱さが遠のいていく。ふー、たすかった。

静かなときは数分と持たず、すぐにも鍋は沸騰する。また大きな声を出すのも大人げないように思え、「熱いですう」と遠慮がちに訴える。しかし、おばさんは聞こえないふりだ。その熱さに効果があるからなのか、引き延ばすことに喜びを感じているからなのか、いくら声をかけてもくすくすと笑っているだけで、「あぢいって、痛いんだって!ちょっと!」とわたしがぶち切れるまで知らん顔なのである。

わたしの立場はかなり弱い。急所を握られる、というのはこういう状態を指すんだろう。いちばん大切な部分が、ぐつぐつと煮える鍋の上にある。温度を上げるも下げるも、おばさんの手ひとつである。機嫌を損ねて、つまみを最高までまわされたら命取りになりかねない。ここは笑顔で、穏やかに、友好的に。

そうはいっても、あまりに熱すぎてヤケドしそうである。本当にわかってんのか、このおばちゃん。言葉が通じるんだか通じないんだかよくわかんない異国のおばちゃんよ、タイジョウプじゃないだろう、さっさと温度を下げろ、下げてくれ。多少、理性を失ってもしかたがない状況なのではないかと思う。

そんなわけでわたしは「あぢいってば!」と何度も大声で叫ぶことになり、そのたびにおばさんは「タイジョウプー」とのんきに笑う。個人差があるのか、えみリンはさほど熱さを感じないらしく、おばさんとわたしのやりとりをゲラゲラ笑って眺めている。

高麗人参とヨモギ、はちみつで作ったエキスを顔に塗りたくられ、「サヨナラネー」とおかしなイントネーションで歌うように言ったおばさんが、スカートのゴムを頭の上までひっぱりあげたので、すっぽりと布に覆われたわたしたちはからだじゅうにヨモギ蒸気を浴びた。

穴のあいた椅子に足をひろげて座わり、頭から大きなスカートをかぶって局所を蒸されながらじっと耐えている。自分のやっていることがひたすらおかしくて、笑わずにはいられない。あぢいあぢいと大声でわめいたかと思えば、スカートのなかでゲラゲラ笑い声をあげている二人は、おばさんにとっては実におかしな日本人だったことだろう。

ようやくヨモギ蒸しが終わり、別のフロアにあるサウナに向かう。ヤケドの恐怖から解放されてほっとしたが、騒ぎすぎたせいでどっと疲れており、それよりもずばり局所への療法があまりにも衝撃的で、へなへなと力の抜けた足どりで階段をおりた。心なしかガニ股である。

汗蒸幕(ハンジュンマク)と呼ばれる韓国独自のサウナは、石や黄土でドームを作り、松の木を焚いて温める。遠赤外線によって新陳代謝を促し、体内の老廃物や毒素を汗とともに排出する効果があるそうだ。

ドームの門番をしているおばさんから麻の布を手渡され、腰をかがめて小さなドアをくぐる。中に入ると丸い天井はずいぶん高いところにあり、とても広いドームだ。テレビや雑誌で見たように麻布を体に巻き付けていると、「チガウ、シタニシイテ、スワルヨ」と教えられた。

ふつうのサウナは、肌にぴりぴりとした刺激があったり、息苦しくなったりするので好きではないが、汗蒸幕はそれとはちがう。かなりの熱さにもかかわらず肌への刺激はほとんどない。外からではなく、からだの内側からわきだすように熱くなり、自分自身から熱が放たれていくような感じである。

座る態勢を変えようと足をずらしたところ、「ぎゃーっ、あちーっ」とのけぞった。さっきもらったばかりの布の表面が、触れないほど熱くなっている。のけぞった勢いで別な所に手をついて、これまた「あちー」。またもや熱い熱いと騒いでいたが、恐怖に満ちたピンポイントヨモギ蒸しにくらべれば、サウナの熱さなど「へ」みたいものだ。

二度ほど汗蒸幕で温まり、隣の大浴場にある高麗人参風呂と緑茶風呂に入る。そしてアカスリ。アカスリエステも、ヨモギ蒸しにおとらぬほどの衝撃があった。韓国では、恥じらい、というものを捨て去らなければならないらしい。

素っ裸でベッドに仰向けになり、足を開かれ、両手をバンザイさせられてゴシゴシとこすられる。股のあいだも、オッパイの上も丁寧にゴシゴシ。右を向け、今度は左、つぎはうつ伏せ、なんとも忙しく、水で濡れているベッドはつるつる滑るので素早く言われた通りに動けない。せっかちなおばさんは何も言わなくなり、ごろん、ぐるっ、ずるっと勝手にわたしの体を動かすようになった。わたしは「人」ではなく、河岸のマグロか、鍋・かまのような扱いである。

沖縄のアロマエステでは、お香が焚かれたほの暗い部屋にヒーリング音楽が流れていた。マッサージは実にやさしく穏やかで、あまりの気持ちよさにうつらうつら寝入ってしまうような、ゆったりとした贅沢な癒しの時間を過ごしたものだ。

韓国エステは「癒し」や「繊細さ」にはほど遠い。眠っている余裕はない。ヤケドをしそうな熱さの後はあらわな格好でゴシゴシこすられ、痛さで身もだえする力のこもったマッサージがあり、おばさんの手が休んだのでほっとしていると仰向けのからだにいきなりザバーンと洗面器のお湯をかけられる。あまりの勢いにびっくりすると「アツイカ?」と聞くので、「いえ、熱くはないんですが」と言い終わらないうちに、二杯目のお湯が勢いよくザバーンとやってくる。

シャンプー、フェイスマッサージ、パック、フットケア(byえみリン)も力強く、大胆で、勢いがあった。韓国では、恥じらいを捨て、熱さと痛みを耐えぬいたものだけが美しさを手にできるようである。気がつくと夕方になっており、あわててホテルに戻って男たちと合流する。わたしはホーリーの顔を見るなりかけ寄って、「ホーリー、アンタは正しかった! まさに、そのものずばりをあたためるヨモギ蒸しであった!」と叫んだ。成田空港で無視して悪かった。「そうだろうそうだろう、オレの言ったことに間違いはなかっただろう」

わたしは晩ご飯のあいだじゅう、男たちにヨモギ蒸しの話しを聞かせた。どれほど熱くて痛かったか、なかなかやって来ないおばさんに腹を立てたか、急所を握られた衝撃の体験を語ったつもりだったが、男たちはえへらえへらと笑いながら、「いっちゃんよぅ、よっぽどヨモギが気にいったんだな。オ○○○あっためて、うっとりしてきたか。しびれちゃったか」と言うのだった。どうも、うまく伝わっていないようである。うっとりの境地にいけなかったわたしは、まだまだということなんだろうか。

ご飯を食べたあと、男たちは勇んでウォーカーヒルのカジノに向かった。えみリンとわたしは明日のショッピングに備えてホテルに戻り、エステ体験を反芻してから眠りについた。寒いなかを歩き続けていたのに、ベッドに入るとぽかぽかとからだのなかから熱がわいてくる。汗蒸幕の効果はいまだに続いているようだ。

翌日の朝、バスルームから出てきたえみリンが深刻な顔をして「たいへんだよう」と言う。数日前にお月のものが終わったばかりなのに、また何か出てきているらしい。「それって、もしかして『毒』じゃないの? ヨモギと汗蒸幕の解毒効果で、なんかの毒がでたってことじゃないの?」「いやーん、毒なのお?」「そうよ、きっと毒にちがいないわ、毒よ毒」毒だ、毒がでたーっと大騒ぎしながら、やっぱり二人はゲラゲラとのけぞって笑っていた。韓国エステは、終わったあともなお話題がつきないようである。

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■最近のイノウエ

●ためらい
韓国に遊びに行かないかとえみリンに誘われたときにすぐにもオッケーしたけれど、少しためらう気持ちもあった。日本人であるわたしが、へらへらと遊びになど行っていいものなんだろうか。だって韓国であるぞよ。いろいろ複雑なんじゃないのか。

そのへんの状況を知りたくもあり、日本との関係や歴史的背景のある観光名所をも含めた情報をゲットしようと本屋に行って旅行雑誌をめくってみた。ところがどの雑誌も判で押したように「グルメ・ショッピング・エステ」「食べる・買う・きれいになる」の3点に的が絞られている。日本人にとってはそういう遊び方をする場所であり、あちらにとってもそれが一番のウリのようである。それならば難しいことを考えるのはやめて、その3点を楽しむ方向に気持ちを切り替えた。あっさりと流される、軽いタイプなのである。

2泊3日という短い旅であったにもかかわらず、韓国では面白いことがたくさんあった。朝一番の成田行きスカイライナーからすでに事件があり、3日間で一冊の本が書けそうなほどである。

たぶん、誰かに誘われなければ自分から行くことはなかった国だ。夫はもう何度も行っているので、話を聞いただけでわたしも行ったような気持ちになっていたけれど、やはり自分の目で見ることができて良かったと思う。


●免税店にて
ツアーのスケジュールで、初日は空港から免税店(2軒も)に直行する。朝が早くて疲れているせいか、どうもいまひとつ物欲に火がつかない。「なんだか気分が乗らないよねぇ」とつぶやくと、「そういいつつも、免税店に入るなり、グッチに突撃していってたよ」とえみリンが笑う。

帰る直前になってようやく物欲が目覚めてきたようで、最終日は朝から免税店へ。事前に品物や価格をチェックした買い物リストを心のなかに作ってあり、それをめがけてまっしぐらである。しかし、絶対にはずせなかったグッチのビットモカシンは陰も形もなく、妥協バージョンはサイズがあわなかった。プラダの靴もサイズがない。なんにも、なーい。

コスメコーナーをまわって口紅やマスカラ、クリームなどちびちびしたものを買い集めていると、突然目の前にえみリンがあらわれて、「あたし、あっちのカルティエにいるからっ」とひとこと言い残してぴゅーっと走り去った。カルティエ? お嬢さま、いったい何をお買い上げで。

by ichiko : カテゴリー:エッセイマガジン

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