2004年04月08日

我に鋼鉄でできた胃腸をあたえたまえ :ソウル編その1

異国の街で腹がくだったときほど切ないものはない。

記号のような見慣れぬ文字のネオンがあふれる街では、日本語はおろか英語さえ通じない。着いたばかりの日で右も左もわからず、自分のいる場所さえはっきりしない。そんな状況でせっぱ詰まった腹を抱えているのは緊張と不安の極みである。恐怖ですらある。

なりふりかまわず駆け込んだ店の薄汚いトイレで、とにかく間に合ったとほっとして便器に腰をおろすと、ちぎれるような痛みとともに腹がぴゅーぴゅーとくだる。あまりの苦痛と悲惨な壊れかたに「このまま死ぬのではないか」と思う。腹くだりはからだだけでなく、人間の心をも弱らせる絶大なるパワーを持っている。

見知らぬ国の、汚物にまみれたトイレットペーパーであふれるゴミ箱と、踏み潰された吸い殻が散らばる床。貼り紙の上には読めない文字。痛くて、苦しくて、心細くて、涙がこぼれてくる。ソウルの渋谷といわれる繁華街、明洞(ミョンドン)の夜。

いつまた爆発するかわからない腹の安全地帯はホテルの部屋しかない。みんなと別れてホテルに戻るべく、爆発の小休止をみはからって夜の雑踏のなかをタクシーを求めて急いだ。

飛び乗ったのは一般タクシーだった。夜の明洞でいかにも観光客の女がひとりでタクシーに乗るのがいかほど危険なことかはわからないが、模範タクシーを選んでいる余裕などない。つぎの爆発はいつやってくるのか、わたしにはそれだけが気がかりなのだ。

ホテルの名前は短い単語なのに一度では通じない。適当に強弱を変えてみたり、イントネーションをあれこれ試してホテル名を連呼していると、ようやく運転手は行き先のホテルを理解した。どこがどう違うのかわからないがハングルの発音は微妙な差で伝わらないらしい。

前の座席に身を乗り出して、メーターが動き出したのを確かめる。よしよし。万が一、遠回りされたとしてもメーターさえ動いていれば、とんでもない金額を吹っかけられることもないだろう。

見知らぬ景色が通り過ぎていく。ホテルに近づいているのか、遠くなっているのか知りようがない。幾度か爆発の前兆を感じて冷や汗を流したが、10分もしないうちにホテルに着いた。タクシーをつかまえてくれたソウル通の友だちのガメラが「だいたいいくらぐらい」と教えてくれた金額と同じだったので、良心的な、というか、まっとうなタクシーに乗れたようである。

部屋に戻ればもう安心だ。いくら爆発が来ようが身もだえしようが、清潔なトイレと安全な寝場所さえあれば乗り切れる。ペットボトルの水を飲んで水分を補給しながら、トイレとベッドを往復した。

腹のなかみをすっかり出し尽くし、痛みもやわらいでくると、「なにがいけなかったのだろう」という原因探しで頭がいっぱいになってくる。腹くだりの根元は何だろう。あれだろうか、それともあっちのやつだろうか。

食堂を出た直後にキリキリと腹にさしこみがきた。ふだんから胃腸に自信があるほうではないが、あんなにも突然に、あれほど激しい壊れかたをするのはそうそうあるものではない。

なにがいけなかったのか。考えだすとすべてがいけなかったような気がしてくる。機内食のブランチを食べてからずいぶん時間がたっていた。すきっぱらに、いきなり冷たいビールをぐびぐび飲んだ。最初に出てきたのはサンナクチというタコの活き造り。吸盤で皿にくっついているタコを力づくではがし、まだうねうねと動いているのを口に入れた。激辛のキムチ、にんにくたっぷりの小皿料理のあれこれ、はまぐりの蒸し煮、プルコギなどをめいっぱいほおばり、ビールのつぎにはマッコリ、それから焼酎へとうつっていった。

海鮮の生ものにはアレルギーがあり、胃腸が弱く、ふだんは肉を食べないわたしがそんなことをしたらどうなるか、想像がつきそうなものである。自制すればいいものを、うまそうなものが出てくるとあとさき考えずに食べまくる。欲に勝てない自分がかなしい。

朝4時に起きて成田に向かったから、体も疲れていたのかもしれない。おまけにソウルの夜の寒さといったら、4月だというのに震えるような真冬なみの冷え込みだった。寝不足に暴飲暴食、冷え。わたしの軟弱なおなかが壊れるのも無理はない。

暖かいベッドのなかで毛布にくるまり、「そうか、すべてがいけなかったのか」と納得してしまうと、ストンと落ちるように眠った。

深夜、友だちのえみリンが戻ってきた。わたしが無事にホテルに到着し、腹くだりの爆発から復活したのを確認すると、わたしが帰ったあとの別メンバーの行動を興奮した様子で話し始めた。

ソウル2泊3日ツアーのメンバーは全部で4人。友だちのえみリン、えみリンの夫のホーリー氏、そしてホーリー氏の友人であるガメラ氏だ。男ふたりは出版社の編集部にいて、ちょっとくずれた格好にハデめの風貌で業界人の雰囲気を漂わせている。南国顔のガメラは顔立ちも濃いがキャラもかなり濃い。そんなガメラに「おれたちってかなり濃い集団ですよね~」と言われ、「おれたちって、複数扱いしないでよ」と念を押したわたしである。

わたしが抜けたあとは3人で東大門(トンデムン)市場に出て、皮革製品の店に行ったそうである。1月にもソウルに来たガメラおすすめの店で、安いうえにさらに値切りたおしたあげくにガメラとえみリンは皮ジャケットを購入した。

東大門市場はだいたい夜の9時からにぎわってくる。あやしいネオンとともに雑貨や皮革製品の店がオープンし、通りにはさまざまな屋台が立ち並ぶ。ネオンと店と人でわきたつ夜だけの街。

「いいなぁ、あたしも東大門市場の熱気を見てみたかったなぁ、皮ジャンも欲しかったのになぁ」「ふふふ。皮ジャンのお店のあとは屋台にも行ったよ。トッポギも食べちゃったんだよう」「えーっ、トッポギーっ、トッポギも食べたのーっ」これほど自分の軟弱な腹をうらめしく思ったときはない。我に鋼鉄でできた胃腸をあたえたまえ!腹くだりとはおさらばさせてください!と誰に頼んでいるのかわからないが、天井に向かってこぶしを振り上げた。

話はこれだけでは終わらない。腹のものを出し尽くしたわたしがぐうぐう寝ているときに緊迫の事件が勃発していたのである。屋台でトッポギを食べ、ふたたび焼酎とまっこりをしこたま飲んだ3人は東大門からタクシーに乗った。

このタクシーの運転手がイカサマ暴走野郎だったのである。恐ろしいほどのスピードでかっとばし、赤信号も無視して突っ走る。さすがのガメラも「こいつはかなりヤバいやつだぜ」と声をひそめ、3人ともホテルに着くのをいまかいまかと待ちわびていた。

着いてみると、運転手は驚くような金額を要求する。そんなバカなことがあるものかとメーターを確認すると動いていない。それからが大変である。払え、イカサマな金額は払わない、じゃあ東大門まで戻る、戻ってくれてけっこうだが一ウォンだって払わないぞ、いや払え、というやりとりが繰り返され、いい加減にうんざりしてきたガメラが折れて、要求額の半分で話をつけて降りたそうである。

えみリンは最後まで「そんな不当な金額は払いたくない。東大門まで戻るというなら戻る。そのかわり一ウォンも払わないわよ」と言い張ったそうである。

ここで折れて支払ってしまう日本人がいるから、いまだにイカサマ運転手が商売になっているんだろう。断固として不当なものは払わないという態度をつらぬく観光客が増えれば、イカサマ野郎も減っていくにちがいない。

そうとはわかっていても、人と言い争いを続けるのは気持ちのいいものではない。運転手からはいかにもずるがしこい悪の気が放たれていただろうから、そんな人とは関わり合っていたくない。夜もかなり遅い時間だし、すっかり酔っぱらってもいるし、はやくその場を切り抜けたい。

そういうこちらの気持ちを見抜いたうえで、運転手がイカサマ商売をしているところがさらに腹立たしい。えみリンは本当に悔しそうに、「ああいうのを許していてはいけないのよ~ぅ」と寝る直前まで怒りに燃えていた。

うまいものをたらふく食べて満足し、夜の市場で遊びつくしたいっぽうで、腹がくだり、イカサマ運転手にしてやられる。韓国の旅はたいそう刺激的で、良くも悪くもホットで興奮に満ちた一日で始まった。

「なんだか、いろいろあった一日だったねぇ」とつぶやきながら、サイドテーブルの灯りを消した。このあと、さらなる衝撃の体験が待っていようとは、わたしたちが知るはずもないのだった。

(ソウル編その2につづく)


※友だちの名前は仮名です。

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■最近のイノウエ

●ハングル
男たち二人は、旅には困らないほどのハングルを話せるのでずいぶん便利だった。食堂で、タクシーで、買い物した先で、流ちょうにハングルをあやつる。

わたしは、読み書きはそこそこできるが、それがどうした、というのを確認した旅でもあった。読めたところで、意味がわからん。何の役にもたたん。

挨拶とお礼のほかに知っていた単語は「ケンチャナ」。桐野夏生の『ダーク』という小説に出てくるので覚えていたのだ。大丈夫、ノープロブレムという意味なんだけど、一度も使えなかった。ケンチャナ!と笑って答える状況が訪れなかったからである。

トイルレッシオデイエヨ。なにより大切なひとことはコレ。


●最近の酒
ビールにまっこり、焼酎。いろいろ飲んだが、銘柄のチェックをしなかった。控えたのは一番おいしかったまっこりだけ、「長壽」。甘さが少なく、きりっと辛口。

●最近のうまいもの
サンナクチ(タコ)、プルコギ(牛のジンギスカン風)、焼きハマグリ(韓国での料理名がわからない)、カルグクス(煮込みうどん、アサリスープ味)、チンマンドゥ(蒸し餃子)、トルソッビビムパブ(石焼きビビンバ)、ムルレンミョン(水冷麺)、カルビタン(牛の肉を長時間かけて煮込んだスープ)、チヂミパジョン(韓国風お好み焼き)、トゥプチゲ(豆腐、野菜、アサリなどの入った辛いスープ)、チンジャンミョン(ジャージャー麺)

韓式で好きなのは、食堂に入ると無料で小皿料理がついてくるところ。白菜キムチ、青菜のおひたし、もやしキムチ、わかめサラダ、いろんなものが小さな皿にちょっとずつ入ってくるのがうれしいし、なによりおいしいのだ。

沖縄と同じく、韓国も食べ物がとてもおいしいので旅行の楽しさは倍増する。初日に腹をこわしたこともあり、辛いものを控え、食べる量も少な目にした。激辛の真っ赤なスープを思う存分食べられないのはつらい。


●アイ・ラブ・ゴルフ
練習、あるいはコースでアルマーニのサングラスをかけているんだけど、先生に「それは色が濃すぎるよ」と注意された。沖縄の商店街で、どっかのブランド品(たぶん偽物)のグラスを買ったら、安物とあって足もとがゆがんでみえる。

プロ転向後、沖縄・琉球GCで初優勝を果たした宮里藍ちゃんはオークリーをかけていて、これがなかなかカッコいい。オークリーがスポンサーについたそうである。さっそくチェック。韓国の免税店であれこれ迷い、わたしもひとつゲットしてきた。なかなか優れものである。足もとがゆがまないし、レンズが黒いわりにはこちらから見える景色はさほど暗くない。ぶるんっと体をまわしてもずれない。ちょっとファンになったかも。

by ichiko : カテゴリー:エッセイマガジン

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