2004年03月31日

幻想的な美しさに北国の故郷を思う

桜吹雪の舞う入学式というものを長い間うさんくさく感じていた。作りものではないか、とまで疑った時期もある。私が育った北海道では桜は5月の連休に咲くものなのだ。上京した当時、本当に入学式に桜が満開になるのを見て、ずいぶん驚いた覚えがある。先日旅行した沖縄では2月だというのにもう桜が咲いていた。日本は、北から南へと長くのびている国なんだとあらためて実感した。

埼玉の山奥に越して来てからは、梅の花も楽しみになった。まだ冬の寒さも終わらないころ、枯れた枝の先々がほんのりと紅に色づき始めるのを見つけては、わくわくと胸をときめかせる。買い物の行き帰りに通り過ぎる国道沿いで、どの紅梅が最初に咲くのかを私は知っている。この木が咲き始めると、それが合図のように、あちらこちらで紅や白の梅が花を開くのだ。いつもの道があふれんばかりの梅の花街道に変わるころ、私の胸の高鳴りとともに新しい春がやってくる。

近い所では、数多くの種類がそろっている長瀞の宝登山の梅も見事だが、やはり越生の梅林の幻想的な美しさにはほかとは比較にならない特別なものがある。おびただしい数の白梅の花に包まれた山と里。梅の季節には、山も民家も人も、白い霞(かすみ)の中に浮かんでいるようだ。神々しいほど清らかで、どこか別の国に迷い込んでしまったような不思議な思いがする。

梅林に足を踏み入れ、木の間を歩いていると、羽衣を着た天女がうっかり顔を出しそうな気がして、つい木の陰に目をこらしてみる。

振り仰ぐと、風に揺れる白い花の向こうにちらちらと青い空が光っていた。3月にしてはうっすらと汗のにじむほど暖かい日で、厚手のセーターがうらめしい。里を見下ろすなだらかな山の斜面にも、霞のような梅林が見えた。

春の日差しに目を細めながら、ふと北海道を思った。北国はいまだに深い雪に埋もれていることだろう。懐かしい山や湖、そして父と母。

山肌の 霞のごとき白梅は まだ降りやまぬ ふるさとの雪


(東京新聞・2004年3月31日掲載)

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