2003年12月17日

伝統守る職人たち

~創業100年の酒蔵、足を止めた一日

朝六時。まだ空が暗いうちから蔵の仕事は始まる。巨大な蒸し釜、洗米機、放冷機などの横を通り抜け、麹室(こうじむろ)に入る。台の上に広げられた蒸し米はほんのりと温かく、むにゅむにゅと弾力のある手触り。ひたすらもみほぐしていると額に汗がにじんだ。

酒好きが高じて、とうとう地元の酒造会社まで酒造りの体験に出かけた。朝六時から夕方五時まで、蔵の人たちと一緒に働くのである。見上げるほど大きな釜からクレーンで網をつり上げると、蒸し上がったばかりの米が湯気を噴きながら宙に浮いた。

放冷機から出てきた米を布に包み、胸に抱えて足早に運ぶ。麹室に出入りしてはひんぱんに米をもむ。足を踏ん張り全身の力を込め、巨大な仕込みタンクのもろみを櫂(かい)でかき混ぜる。ふだん、パソコンの前に座っているばかりのなまった体は、いまにもバラバラに壊れそうだ。

機械にまかせる部分が多くなったとはいっても、最終的には多くの人の手作業である。米を運び、もみほぐし、櫂入れをする。熟練した杜氏(とうじ)の経験と技が酒造りを導く。そのほかにも小さなところで必ず人の手が入る。丁寧で、そしてとてつもなく地道な作業の繰り返しだ。

コンピュータ業界に身を置いて十数年、常に新しいものを追いかけなければならない生活だった。新しいマシン、新しいソフト、アイデア、技術・・・。古いものはちゅうちょなく捨てる。先に進むこと、新しいものが評価される世界で私は仕事をしてきた。

創業百年を越えるこの酒蔵には、酒造りの手法を受け継いできた歴史がある。古くからの伝統を守り、昔と同じ方法で酒を造る。天候や米の出来具合が違っても、毎年変わらない品質の酒を造りだす。新しいものだけを追いかける世界がある一方で、だれかがどこかでずっと変わらないものを守っている。

追い立てられる暮らしの中で、ふと足を止めずにはいられない一日だった。

(東京新聞・2003年12月17日掲載)

by ichiko : カテゴリー:新聞掲載コラム

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