2003年11月27日

27年後に救われて

夕暮れどきの高層ビルの1階ロビーは壁のランプが灯るたびにすっと開かれたエレベーターの扉から降りてきた会社員やOLであふれ、ざわざわとした声や靴音が通り過ぎていくとだだっぴろいフロアは前にもまして静かになった。シンとした空気の中で壁のランプがまた光る。

約束の時間の5分前に携帯電話に連絡が入ったけれど、それにしてもずいぶん遅い。もう30分もこうしてここに座り、会社帰りの人たちが流れていくのを眺めている。やっぱりナメられているんだろうか。

帰っちゃおうかな、とふと思った。何も言わずに電話もせずに、さっさと帰ったほうがいいかもしれない。そうだ、あのころ体育の授業の途中でいきなり運動をやめてひとりで着替えて帰ったように、休み時間に勝手にカバンを手にして学校を出ていったように、この場から消えてしまえばいいんだ。

封印したはずの昔を唐突に思い出していることよりも、携帯電話を握りしめている左手に目をやってわたしは恐ろしくなった。小刻みに震え始めている手をじっと見つめる。

「ごめんごめん、待たせたなあ」という男の声に顔を上げると、照れているのか詫びているのか見分けのつかない顔で笑っているヨシオがいた。「まいっちゃったよ、もう、帰る間際に部長に呼び止められてさあ、こっちは急いでいるのにさあ」ヨシオ。「仕事の愚痴はあとでゆっくり聞くから、とにかくビール飲もうよ。あたし、待ちくたびれて喉がカラカラだよ」「はいはい、ビールね、ビール」とヨシオはさっさとエレベーターに向かって歩き始めた。

44階にある『北海道』という居酒屋に行くんだというので、それはあまりにもベタすぎるんじゃないのと文句を言いたくなったけれど、後から遅れてやって来るオカノのお気に入りの店らしいのでオカノの選択だったらそんなところだろうなとあきらめた。

まるでつい先週も会っていたような恋人、あるいはしょっちゅう飲みに行く友だちのようなやりとりで始まったけれど、ヨシオと話をするのは27年ぶりだった。ヨシオ、オカノ、そしてわたしは中学2年、3年の同級生なのである。3年になるときにはクラス替えがなかったので、そのまま全員が同じクラスで進級した。

この夏に卒業以来初めての学年同窓会が開かれ、地元の札幌のホテルにはかなりの数の同窓生が集まった。学級代表をやっていたヨシオはいまだに責任感が強いのか、オレがいなくては始まらないと思ったのか、飛行機に乗って同窓会にかけつけた。

その時に配られた名簿でオカノとわたしを見つけ、ヨシオは関東組だけの同窓会を企画したのだ。わたしにも名簿が送られてきたが、クラスの中で北海道を脱出しているのはアメリカで医者をしている男子ひとりをのぞけば、わたしたち3人だけだった。

札幌の中学で同級生だった3人が、遠く離れた東京の超高層ビルで27年ぶりに再会する。『北海道』という名前の居酒屋はどう考えてもカッコ悪い気がするけれど、この二人なら、一度ぐらい会ってみてもいいかな、そう思えた。

ビールを飲み、じゃがバターや鮭のちゃんちゃん焼きをつまみながらヨシオの愚痴を聞いた。いつもは夜10時まで会社にいるけれど、今日は6時半に終わらせるために朝から必死で仕事を片づけてようやく部屋から出たときに部長に足止めを食わされた。まいったよ、何も今日でなくてもいい話なのにさ、と本人はせいいっぱい愚痴っているつもりなんだろうけれど、なぜだか嫌な話には聞こえない。

そういえば、ヨシオは中学生のときもそうだった。どんなに嫌なことを口にするときにでもいつも笑いながら穏やかな物言いをする人で、誰かにきつく意見する時にでさえ最初から相手を許しているようなやさしい顔をしていた。

1時間ほど遅れて、オカノが店に駆け込んできた。テーブルの横に立ったままわたしを見下ろし、「なんだ、オオシマ、ちっとも変わってねえな」と言うので、「オカノだって変わってないじゃん」と背の高い彼を見上げる。あたりまえだ、と思う。たぶん夏の同窓会でも同じせりふがあちこちで飛び交っていたことだろう。人間の外見や雰囲気なんて、何年経とうとそうそう変わるもんじゃない。

オカノが加わると酒の席はたいそうにぎやかになった。オカノは若いころ女遊びに狂い、ひたすら女たちの尻を追いかけ、ときには追いかけられの好き放題の生活をしていたと自慢げに暴露する。背も高くて、そこそこの顔立ちで気もやさしいオカノなら数多くの女と関わりを持ったと聞いてもうなずけるが、ちょっとからかってやりたくなって、「数をこなしてもね、あさーい付き合い、特にオカノの好きなニクタイのお付き合いだけじゃ自慢にならないと思うけどね、バカっぽいけどね」と言うと、「いーんだよっ、ニクタイだけで。若いころはそれでいいんだっ」と開きなおり、それは違うんじゃないのと身を乗り出しかけたところで、「いいよなあ」とヨシオがぽつりとつぶやいた。

「いいよなあ、そういうことしてみたかったなあ。女遊びなんか、オレ、したことないんだよね。今からじゃマズイよなぁ」とラブラブ夫婦のヨシオがマジに語り出し、「だめよ、ヨシオは学級代表なんだからそんな不真面目なこと考えちゃだめなの、さ、飲んで、飲みましょう」とけっこう真剣にわたしは止めに入り、「じゃ、オレは不真面目かよ。オレは書記だったぞ。それにヨシオだって一緒に白い滑走路やったじゃねえかよお」とオカノはわけのわからないことを言い始めたかと思えば、すばやくそれに反応したヨシオはさっきの憂鬱がうそのように顔を紅潮させて、「おおっ、やったよやったよ白い滑走路」「機長っ、高度が下がってきています」って、酔っぱらいの話は、自慢したり落ち込んだりなつかしがったり遊びに突入したりと前後になんのつながりがなくても、途切れることなく延々と続いていく。

『白い滑走路』は当時大流行したテレビドラマで、故・田宮二郎主演のパイロットものである。ヨシオとオカノは休み時間になると、ひっくり返した椅子を操縦桿に見立て、二人並んでドラマのセリフを真似ながら白い滑走路ごっこをして遊んでいたそうである。中学3年である。「バカなんだよ~、ほんと今考えるとバカそのもの。だけど椅子の足を握りしめるとオレは田宮二郎なんだよ、なりきってるわけよ」「休み時間にオレたち二人は空を飛んでいたってことよ」「なにそれ~、あんたたちってそんなことしてたの、男子ってホントに幼稚だよね」

バッカじゃないのーっとゲラゲラ笑いながら、わたしがいつものわたしでいられることがうれしかった。もう、あのころなんてどこにも存在しないんだと思った。わたしは心の奥に封印している。みんなだって覚えてなんかいない。だって、わたしたちはこうして昔のことを笑い飛ばしているんだから。

思い出させたのはオカノだった。白い滑走路ごっこから話は中学の同級生のことになった。誰々はどんな仕事をしているだとか、結婚して子どもが何人いるとか、すっかり禿げてしまっただとかそういったさしさわりのない近況である。いろんな名前が出るたびに、へえ、とか、そうなの、とわたしは適当に相づちを打っていた。同窓会の話も出た。

噂話のネタもつきたのか話が途切れたあと、ちょっと間を置いてオカノが言った。「オオシマ、つぎの同窓会は出ような」「やだ」条件反射のようにすぐに言葉が出た。「いいや出るんだよ、オレも一緒だからいいだろう」「出ない。出たくない。絶対に出られない」わたしの声が震え始める。

オカノはためらう様子もなくさらに続ける。「聞いたぞ、オマエ、同窓会になんか出ないって幹事に言っただろう」「言ったよ」「なんでだよ、それ悲しいぞ、そんなふうに言う今のオマエも悲しいがなによりオレたちが悲しいんだよ、頼むから出よう、な」

あなたたちが悲しかろうがなんだろうがわたしには関係ないし、もし本当に悲しいのなら一生それを背負って生きていくべきだと思う。わたしは消し去りたくても永遠に消せないものを持たされてしまったのだから。

◇ ◇

ちょうど1年前に同窓会のクラス幹事になっている女子から電話が来た。名簿を作るために名前や住所などを確認し、同窓会の日程を知らせるためである。どうしてここの電話番号がわかるのかと思ったら、札幌の実家に電話をかけて聞いたという。

彼女はとてもよくしゃべった。実家の近くに家を建てたの、○○さんとはスーパーでよく会うんだ、△△くんって覚えている?背が高くてカッコよかった彼よ、奥さんもきれいなんだよね、??さんは娘の学校の先生になっててさ、と果てしなく続きそうな同級生の近況をわたしはただ聞き流していた。

「オオシマさん、元気いぃ? 何年ぶりだっけ、ほんと、なつかしいよねぇ。絶対に会いたいからさ、同窓会は出席してよね」「埼玉に住んでいるから無理だと思います」とつとめて冷静に答えるが、「あらぁ、東京から来る人もいるよ、みんな来るからさ、オオシマさんも出るよね? 出ようよ、このホテルって料理もおいしいんだよ」といかにも親しい友人のような口ぶりに、とうとうわたしは切れた。

「わたしが同窓会に出るわけないでしょう?」意識的に標準語で平べったく発音する。「えっ、どうして・・・」「あなたたち、みんなであたしをいじめたじゃない? いじめにあわされたクラスの同窓会になんか出ると思う? いまさら友だちぶったこと言わないでほしいわ」

彼女はかなりあわてていた。わたしがストレートにぶつけてくることを予想していなかったのか、本当にいじめのことなど忘れていたのかわからないけれど、いじめ?本当?あたしたちが?と何度も聞き返したあとに、謝るわ、と言った。いじめたつもりはないけれど、もしあなたがそれで傷ついていたのなら謝ります、本当にごめんなさい。許して。

本人が自覚していない、覚えてもいないものについての謝罪に何の意味があるだろうか。そんなに軽くごめんなさいと言われて、癒されるものは何ひとつない。

とにかく同窓会に出るつもりはないから、とさらりと言って電話を切った。うまくやってのけたと思う。声もうわずっていなかったし、怒鳴ったりもしなかった。上出来だ。

けれど、受話器を置いた瞬間にぶるぶると体が震えてきた。胸の奥がぎゅっと締め付けられるように苦しい。短い息をハァハァと激しく吸い込むばかりで、深く息を吐くことができず、あぶら汗が額ににじんでくる。オオシマに触ったから手が腐る、オマエは臭いんだよ汚いんだよ、オマエなんかいなくなれ。苦しい、息ができない。震える手を見て、ますます恐ろしくなってくる。

中学のときにいじめにあっていたと言うと、わたしの友だちはたいてい「いじめていたほうじゃないの?」と笑い話にかえてしまう。今のわたしからはいじめの受け身だったことを信じてもらえないほど回復しているんだと思う。

けれど、夫や親、仲のいい友だちと一緒にいるときにでさえ異常に怯えるときがある。自分のちょっとした欠点を指摘されたり、約束を忘れられたり、なにかの手違いでわたしにだけ誘いの案内が来なかったり、無視されたり、相手は悪意のかけらも持っていないことにでもわたしの中のスイッチがオンになる。

最初は体のどこかが震え始める。それから急に泣き出すとか、たたみかけるようにひとりでしゃべり出すとか、最終的に息が出来なくなるところまでいくのはかなり重傷のときだ。

いじめを思い出すのは同窓会の電話でも来ないかぎりはない。あれから今まで誰かを恨み続けていたわけでもない。それでも、心のなかに歪みが残っているのはたしかだ。傷跡とは、そういうものなのだと思う。

◇ ◇

「オカノの気持ちはうれしいけれど、やっぱりあたしは出られない。いまこうして話していても、あたしの手は震えている。怖いのよ、思い出すだけでも恐ろしくてダメなの」わたしはヨシオとオカノには正直に話したかった。

誰にどんなことをされたのか、どうやってわたしは耐えていたのか、できるだけサラリと話して聞かせた。ひさしぶりに封印を解いてみて、ずいぶんとわたしは事実をねじまげて記憶していたことに気がついた。クラス全員からいじめられていたのではなく、ある女子グループがメインになって何人かの男子たちを焚きつけていじめを先導していた。一部の人たちだけだったのだ。そのほかの半分は関わりを持つのを避けるようにわたしを完全に無視し、残る半分は起こっていることにまるで目を向けずに勉強に専念していたか、白い滑走路ごっこに没頭していたかである。

「オレたちが守ってやるから。オレたち二人で守ってやるから大丈夫だ」オカノの言葉に一瞬ぐっとつまっていると、ずっと黙って聞いていたヨシオが静かに言った。「オカノ、そうじゃないんだと思うよ。オオシマが望んでいるのはそういうことじゃないんだよな。無理じいするなよ」まだ何か言いたそうにオカノはじっとわたしの顔を見ていたけれど、そっか、まあいっか、とつぶやいてからぐいぐいっと酒を飲んだ。

駅に向かって歩きながらヨシオがちょっと悔しそうな顔をして、それにしてもなあとつぶやいた。「そんなにひどかったなら何で言わなかった。オレとかに言えなかったか」「そうだよっ、オレだって何かしてやりたかったよ」とオカノは急に元気になる。それは今のキミたちだからこそ言えるのだ。

◇ ◇

帰りの特急の座席に身を沈めて、わたしは少し泣いた。---オレたちが守ってやるから。---オレたち二人で守ってやるから大丈夫だ。その言葉を抱えてあのころに戻りたい。14歳のわたしがそれを聞いたら、どんなに救われるだろうか。どんなに楽になれるだろうか。

けれど、もうわたしはとっくに救われているのかもしれない。「死んじゃおうかなぁーって思うくらいあたしが悩んでいたときに、あんたたちは白い滑走路ごっこをして遊んでいたんだよねー、泣けるなー」帰り際にヨシオとオカノに笑いながらそう叫んでいる自分がとてもいいなと思えた。

※差し障りがあるといけないのでヨシオとオカノは仮名になっています。

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■最近のイノウエ

●その後
3人だけのプチ同窓会は定期会合となりつつある。ヨシオとオカノは夜遅くまで働く勤め人なので日程をあわせるのが難しいが、なぜだか3人ともこの会合が妙に気に入っている。

二度目に会ったときに、「あたし、こないだ帰りの特急で泣いちゃったんだよね~」と告白すると、なんだよそれと二人は笑っていた。帰り道、山手線を降りるわたしを呼び止めて「今日も泣くのかよ」とヨシオが聞く。「もう泣かないよ」とわたし。泣く必要なんかない。


●最近の焼酎
克、千年の杜、花尾、かめ貯蔵・龍門滝、さつまの風

●最近のうまいもの
料理なんかできるんだろうかと思われる友人が、パーティーのために作ってきたヨーグルト風味のショートケーキ

大豆工房みやという店の豆腐がうまい。青豆寄せ豆腐もかなりおいしいが、ソフト厚揚げはわたしが持っていた厚揚げのイメージを根底からくつがえすほどのうまさである。こんなにふわふわでおいしい厚揚げがあったなんてっ。青豆おからを使って作る「いちこ製・おからサラダ」もおいしいよん。

みそらの特濃みそらーめん青葉の特製中華そば


●アイ・ラブ・ゴルフ
どうもパターの感覚がわからず困り果てていたところ、新聞でキャロウェイ副社長のインタビューを読み、すぐさま2ボールパターを買いに走った。やはり最後の頼みは「道具」か(笑)。

12月のコースは3回。とある日はグリーンが凍っていて、オンするはずのボールがかーんかーんと音を立ててバンカーにすっとんでいった。

by ichiko : カテゴリー:エッセイマガジン

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