2003年11月26日

酒蔵で過ごす一日

とうとうここまで来てしまった。早朝6時10分前。朝とはいっても空はまだ暗い。あまりの寒さに足踏みをしながら出迎えの人を待っていると思わず苦笑いがもれた。いくら好きだとはいえ、なにもここまでしなくとも。よほどの物好きなんだろうか。いやそうではない、やっとその機会が巡ってきたのである。店先に吊るされた茶色のさかばやしを見つめると、胸が高鳴った。

その日わたしはある酒造会社で、朝6時から夕方5時まで酒造りの体験をすることになっていたのである。

日本酒に目覚めたのは3年前。とあるお店でお酒の品書きをみつめて「どれを飲んだらいいのかわからない」とその種類の多さに困り果てていたときに、隣にいた友だちは言った。「そういうときには右端から順番に飲んでみるといいですよ。今日はとりあえずこの3種類を飲む。次回は4番目から。そうするとこの長い品書きもいつか制覇できますね」。

変なところに真面目なわたしは、教えられたとおりに右端から注文した。つぎに行ったときにはその続きから順番に飲む。お酒に無知なわたしにも「ひとくちに日本酒と言ってもいろいろな味があるんだな」ということがわかってくる。そうなると、どうせなら全てのお酒を飲んでみたくなった。足しげく通いつめ、制覇したぞと喜んだのもつかの間、別紙で季節限定のおすすめメニューがあることに気がつき、またせっせと通う。少なくとも40種類は飲んだであろうというころ、店の主人と顔なじみになり、わたしは立派な酒飲みになっていた。


■麹(こうじ)に始まる一日

好きになると、その対象のことを知りたくなるものである。わたしの本棚には全国蔵元ガイドブック、厳選の日本酒、日本酒の作り方といった本が並んでいる。しかし、そこに書いてある麹や酵母、杜氏、櫂入れ、仕込みなどは、実際にこの目で見て、この手で触れる世界ではないと思うのが普通である。蔵元を訪ねるどころか、蔵で酒造りを手伝う機会がやってくるとは想像もしていなかった。

友だちの友だちのそのまた友だちが、今回お世話になる酒造会社の娘さんなのである。知り合いと呼ぶには遠すぎる関係だが、その蔵はわたしが住んでいる市内にあるのだ。創業百年を越える、名高い老舗の酒造会社は、美人の娘がみずから酒づくりをしていることでもよく知られている。

酒蔵の隣の明かりが灯った休憩室には、ストーブを挟んで大きな長いすが二つあり、杜氏、麹屋(麹担当の杜氏)、蔵人さんたちがいままさに仕事に出る支度を整えて座っていた。Kさん(酒造会社の娘さん)の紹介で、わたしと友だち二人はみなさんと挨拶を交わす。今日一日、Kさんに指導を受けながら酒造りをお手伝いいたします。と言ってから、手伝うだなんてとんでもないな、邪魔にだけはならないように気をつけますと言うべきだったと後悔した。

朝一番の仕事は麹揉み。巨大な蒸し釜、洗米機、放冷機などの横を通り過ぎ、Kさんの案内で麹室(こうじむろ)に入る。大きな台の上にかけられた布団や布をよけると米が出てきた。前日にすでにいくつかの手順をすませた蒸米だ。教えられたとおりに、台の上で米を揉みほぐす。米はほんのりと温かく、むにゅむにゅと弾力のある手触り。どれだけ揉んでも最後に米はさらさらと手から離れていく。

麹室の中は30度前後に設定されているので、ひたすら米を揉んでいると額にうっすらと汗がにじんでくる。半袖のTシャツでも暑いぐらいだ。あとでKさんがイラスト入りで手順を説明してくれたが、麹づくりだけでも7つの工程があり、2日がかりである。朝一番は手順でいうと4つ目の「盛り」と呼ばれる作業で、揉みほぐした米を機械に通してさらさらにした後、木箱に入れる。

どうもわたしの頭は融通がきかず、7つあるものを途中の4つ目から体験してしまうと「あれれ?コウジくん、いまキミはどうなっているの?」とわけがわからなくなる。7つの工程があるならば、1→2→3と順番を追って進まないと理解できない。困ったものだ。しかし、一日働いていると麹づくりのサイクルをひととおり体験できるようである。4から始まった麹を寝かせている間、別な麹の作業が1から始まる。6と7の麹も待っている。全部の作業を体験し、その順番が頭のなかでつながると、「おおっ、このコウジくんが今朝のアレになるんだな」と納得できたりする。

日本酒は、米、水、麹、酒母(しゅぼ。「もと」とも呼ばれる)でつくられる。糖に酵母を加えると発酵し、アルコールができる。たとえば、ぶどうには糖分があるので、ぶどうを搾ったところに酵母を加えるとワインになる。しかし、米には糖分がないので、でんぷんを糖にかえる作業が入る。そのために麹を使うのだ。酒母を作るときにも麹が使われる。酒母は、麹、米、水などに酵母を加えてつくられる。

というようなことは酒好きの人なら誰でも知っている。わたしもわかっているような気がしていた。しかし、麹づくりの工程の多さや揉みほぐす人の手間、徹底した温度管理などを目の前で見ると、「でんぷんを糖にかえるのよ」などとツウを気取って話していた自分が恥ずかしくなった。

朝のひと仕事を終えて外に出ると、真っ青な空がひろがっていた。みごとな秋晴れの朝。ずいぶん長いこと働いたような気がしたけれど、ようやく朝の7時。まだ1時間しかたっていなかった。ぞろぞろと歩いて母屋に行き、蔵の人たちとみんなで朝ごはんを食べる。熱いおみそ汁のおいしいことといったらない。

■蒸米のゆくえ

前日に洗米・浸漬した米は釜に入れられ、朝ごはんを食べ終わったころにちょうど蒸し上がった。蔵に行くと、甑(こしき)と呼ばれる大きな釜からもうもうと蒸気があがっている。

こんなドデカい釜からどうやってお米を出すのだ?と心配していると、米は用途によっていくつかの網にわけられ、何層にも重なっているのだった。ひとつ目の網をクレーンで上げる。蒸し上がったばかりの米が湯気を吹きながら宙に浮いた。

蔵人のひとりがささっとやって来て、柱にかかった小さな黒板になにか書いている。それはどうやら蒸し米のゆくえのようだ。添麹、仲麹、もと掛、留掛、四段掛、の横に米の種類、精米度、そしてキロ数が書かれている。麹づくりの麹米に2つ、酒母づくりに1つ、もろみづくりの掛米が2つということだ。本日の米の総計は、軽く1トンを越えていた。

ふむふむとうなずきながら紙とボールペンを持って書き写していると、通りがかりにKさんがふふっと笑う。なにに役立てるわけでもないのだけれど、これがこの先どうなる、とか、この米がどこに行く、という流れを知っておくとなぜだか安心するタチなのだ。

蒸米は、放冷機のコンベアーの上をゆっくりと移動しながら温度を下げる。麹米として使うものは、ここで麹菌の種つけをする。麹づくりの手順その1だ。放冷機の出口で待機し、蔵人さんが布で包んでくれた蒸米を麹室に運ぶ。手順その2の「引き込み」である。急ぎ足、または走って運ばなければならないのだが、わたしは布の包みを抱えてゆっくりと慎重に歩いた。米はきっちりキロ数を計って蒸している。ここでつまずいて転ぼうものならすべての酒づくりが台無しになり、大変な迷惑をかけるはずである。一日の作業のなかで、最も緊張したのはこの米運びだった。


■三段仕込み

いよいよ仕込みタンクの並ぶ酒蔵に入った。小さな木のはしごをあがると、冷えた空気のなかにふわりとアルコールの匂いが漂っている。酒が眠る場所には似合わないごう音が響き渡っているのは、さきほどの放冷機から伸びている太いホースのせいだ。これから櫂入れをするタンクは、「留(とめ)」と言われる仕込みの最終段階で、掛米は790キロである。はしごをのぼって米を運ぶわけには行かないので、機械からホースをつないで直接米を入れるのだ。

酒母に、蒸米、麹、水を加えることを「仕込み」と言い、仕込みは4日間で3回にわけて行なわれる。一日目が「添(そえ)」、二日目はお休みで、三日目は「仲(なか)」、四日目が「留」、段階ごとに加える量が増えていく。3回にわけて仕込みを行うので、三段仕込みと言われる。

櫂入れは本日3回目の仕込みを迎えた「留」のタンクだったので、それはもう骨の折れる作業だ。ゆっくりでもいいから底まで櫂を入れて大きくかきまわすように、と教えられたが、ホースから出てくる米のせいでもろみの量はどんどん増え、手応えが重くなっていく。ぐっと腰に力を入れて櫂を力強く底までさしこむ。引き抜き、また強くおしこんでかきまわす。力のいる作業だ。

うっかり油断すると、櫂を強くさしこんだその勢いでタンクの中にひきずりこまれそうになる。Kさんは、「頼むからタンクの中には落ちないでね」と何度も念をおした。炭酸ガスとアルコールが充満しているもろみの中に落ちると、即死だそうである。「即死よ、すぐに死んじゃうよ、すぐっ」ときれいな顔でさらり言う。

櫂入れは約1時間。友だちと3人交代でひたすらまぜる。即死よ、という言葉を思い出しては腰がひけ、首まわりや肩、腕など変なところに力が入り、ますます疲労する。のどが渇いたよね、お茶タイムは何時かな、ほんとうに1時間もやるのかな、えーっまだ9時半だよ。ふだん体を動かす機会のない3人は、もうへとへとである。

ほんとうに1時間だった。蔵人さんがやってきて「ごくろうさま、もういいですよ」と言われたときには、3人でばんざ~いと手をあげながらちょっと涙ぐんだ。それほどつらかったのである。いつもはKさんがひとりで櫂入れをすると聞いて、うーんすごいと唸ってしまった。細くてきゃしゃに見えるKさんの体は、きっとひきしまった筋肉なんだろうな。

10時には、待ちに待ったお茶タイム。休憩室の長いすに座り、みんなでお茶を飲んだり、麹屋さんが田舎から持ってきてくれたリンゴやナシをかじる。ストーブの上の大きな鍋には甘酒が入っていた。酒粕ではなく、麹で作ったという甘酒は、みるく粥のような味がする。お米のつぶつぶがたくさん入っているけれど、とろけるようにやわらかい。お砂糖を加えず麹だけの甘さなので、ベタベタしたしつこさがない。酒蔵でしか飲めない甘酒である。

■そして麹で終わる一日

朝一番から10時までの忙しさと労働が夕方まで続くのなら、このさき体がもたないよねと一日奉公3人組はかなり不安になっていた。しかし、どうやらわたしたちは救われた。この時期、しかも日曜日というせいもあって、蔵のなかがめまぐるしく時間刻みの作業になるのは朝10時までのようだ。お茶タイムの後は米倉をのぞいたり、麹屋のおじさんが山積みにされた杉の葉を前にさかばやしを作るのを見学した。お気楽なわたしたちとは別に、蔵人さんたちは使い終わった機械や器具、布など全てのものをていねいに洗って片づけている。お昼は近くの田んぼの収穫祭に出かけた。Kさんの後をついて橋を渡り、10分も歩かないうちに広い田んぼの中にシートをひいて煙をあげている一団が見えてきた。みんな知り合いのおじさんやおばさんだという。おばさんがこしらえた煮物をほおばり、網で焼いたばかりの焼き鳥を食べ、Kさんがもってきた日本酒を飲んだ。秋晴れの真っ昼間に、田んぼの真ん中で開く大宴会である。

陽が傾きかけてきたころ、後ろ髪をひかれながら田んぼを後にした。今日最後の仕事がまだ残っているのである。

蔵に戻り、なによりも先にまず酒蔵のはしごをのぼった。午前中に「留」の仕込みを終えたもろみを見たくてたまらなかったのだ。おおっ、これはっ。タンクの中はもくもくと白い岩のようなかたまりで埋め尽くされている。櫂入れをしたときはどろどろの液体だったのに、こんなにも早く姿を変えているとは。じっと見つめていると、白いかたまりのあちこちからぷくっ、ぷくっと泡が吹き出してくる。おお、もろみよ、発酵しているんだね、キミは生きているんだね。

ふたたび麹室に入り、今日最後の手入れをする。今朝運び込まれた蒸米は用途によって大きなふたつの山にわけられ、布団をかけられている。なんだか、布団の中に誰かが丸まって隠れているんじゃないか、という形だ。麹づくりの手順で3つ目になる「切り返し」は、山になっている蒸米を長い竹のへらで切るように分けてから、手でほぐすのだ。蒸米の山に竹のへらを刺してはみたものの、切り返そうにもわたしの力ではびくともしなかった。手でほぐすときにも、朝の「盛り」よりも米のかたまりは硬く、重たい。

そうか、とひらめく。この切り返しを終えてひと晩たったものが、今朝一番にここで見た蒸米だ。明日の朝、この米は盛りの手順を迎えるのだ。なるほど、やっとこれで麹づくりがつながった。わたしの酒造りの一日は、麹に始まり麹で終わった。

ちなみに、切り返しで使った竹のへらには正式の名前がある。が、忘れた。へら、というのは苦し紛れに使った言葉だ。竹製というのはこの酒蔵オリジナルだそうである。


■真新しい緑のさかばやし

早朝からの慣れない肉体労働の翌日は、朝寝坊をしてのんびり起きた。わたしにはたった一日のことだったけれど、今日もあの蔵の人たちは朝6時からめまぐるしくあそこで働いている。

あれから時々思い出す。巨大な釜から引き上げられ、もうもうと湯気をあげて宙に浮いている蒸米。タンクの中でぷくぷくと発酵するもろみ。麹米を揉んだときのあたたかい手触り。

日常の自分の生活に戻ったのに、ああ、いまごろは櫂入れの時間だな、米を運ぶのは終わっただろうか、と蔵の仕事に想いが飛ぶ。わたしの心の一部はあの酒蔵をさまよっている。

たった一日の体験だから、こんなふうにうっとりしていられるのだ、というのはわかっている。来る日も来る日も同じ仕事を続けるのは、どう考えてもわたしの性には合わない。飽きるに決まっている。何の責任もなく手伝っているから楽しいのだろう。体を動かして働く、というのが目新しかっただけなのだ。滅多に体験できない酒づくりの場だったから感動しちゃっているだけなんだろう。

コンピュータに出会ってから十数年、常に新しいものを追いかけなければならない生活だった。新しいマシン、新しいOS、新しいソフト、アイデア、技術・・・。古いものは躊躇なく捨てる。去年と同じものを作っていては進歩がない、頭のなかを切り換える。前へ前へ。先に進むこと、新しいものが評価される世界に生きている。

デザインのクレジットを入れるかどうかで代理店ともめる。著作権は誰にあるんだとしょっちゅう小競り合いになる。自分の名前が出ることが、世の中に認められることだと信じてきた。

そして、ひとりで家にこもって仕事をし、成功も失敗もひとりで受け止める。

あの蔵には酒づくりを始めて百年以上の歴史がある。新しい銘柄も生まれているが、酒造りという点に関して言えばずっと変わっていないはずだ。古くからの伝統を守り、昔と同じ方法で酒をつくる。米の出来具合がちがっても、天候がちがっても、毎年毎年変わらない味の酒をつくる。

機械にまかせる部分が多くなったとはいっても、最終的には多くの人の手作業である。米を運び、揉みほぐし、櫂入れをする。そのほかにも小さなところで必ず人の手が入る。ていねいで、そしてとてつもなく地道な作業の繰り返しだ。どれだけ旨い酒が出来上がったとしても、蔵の人たちは無名のままだ。この蔵で働く中のひとりにすぎない。が、彼らはそんなことを微塵も気にかけていないだろう。

すべてがわたしの生活とは逆なのである。だから物珍しかっただけなんだろう。わかっている。それでも。

それでもたとえば1ヶ月の間、人手が足りないから奉公に来てくださいと言われたら、ちょっと気持ちが揺れる。朝と昼のごはんがつくなら、ほいほいと行っちゃうかもしれない。なんでだろう。

酒造りを手伝った一日、帰り際にもろみを飲ませていただいた。白くにごったもろみは、アルコール度が濃く、ぴりぴりっと舌を刺すような炭酸の味わいがする。翌日、あるいは二日後あたりに「しぼり」を行うもろみで、それがこの蔵の今シーズン最初のしぼりだそうだ。

わたしは仕込みまでの体験しかできなかったが、しぼりの後、おり下げ、ろ過、火入れ、貯蔵などまだまだたくさんの過程がある。これからさらに多くの人の手と時間を経て、ようやく酒屋に並ぶ日本酒になる。

いまごろあの酒蔵の店先では、枯れたさかばやしを取り外し、麹屋のおじさん手作りの真新しい緑のさかばやしが吊るされていることだろう。

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■最近のイノウエ

●最近の焼酎・日本酒
くさび、黒さそり、村尾、天誅、霧島、ちょうちょうさん、の馬、山元

純米吟醸天覧山


●10・11月のうまいもの
金目鯛のしゃぶしゃぶ、テールスープ、みそらの純黒しょう油らーめん、味の時計台のみそラーメン、味源の旭川しょう油ラーメン、麺屋無尽蔵のとんこつしょう油らーめん


●アイ・ラブ・ゴルフ
というコーナーも作ってみるか、という感じ。9月と10月はそれぞれ3回ずつコースに出た。そのうちの2回がコンペだっていうんだから無謀である。なにごとも経験さ。11月は1回だけ。週に一度はレッスンに通い、自主トレもやっている。お金をかけているわりには、飛躍的な進歩がない。地道に練習するしかないのか。

by ichiko : カテゴリー:エッセイマガジン

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