2003年10月10日

スポーツのチカラ

6月からゴルフを始めた。わたしを知る人は、「え?突然どうしたのよ、スポーツは苦手じゃないの、だいたいイノウエにゴルフって最もあり得ない組み合わせじゃん」とあれやこれや好きなことを言いながらも驚きを隠せないようである。

スポーツというよりも、体を動かすこと全般が好きじゃない。歩くのは何よりも嫌いだ。チームプレイも不得意だし、早起きは大の苦手というわたし。どう考えてもゴルフには不向きなのだが、週に一度のレッスンのほかにも時間さえあれば練習場に通うほどのハマりようである。コースデビューを果たした9月は3度もコースに出かけ、軽井沢に行った日などは早朝4時に起床した。

滅多に体を使うことがなかったので、始めのころはかなりつらかった。家にこもってパソコンの前に座っているだけの生活をしているうちに、わたしの体はがちがちに硬くなっていたのである。スイングの形を覚えるときに、クラブを振り上げたままあるいは振り抜いたままの姿勢でストップするというのがあり、もうそれだけで体のあちこちからピシピシピシとひび割れのような音が聞こえてくる。走るわけでも飛び跳ねるわけでもなく、その場に置いてあるボールを打つだけなのに、全身から汗がしたたり落ちてくる。

この年になって新しいことを始めるチャンスに恵まれたのは、シアワセであると思う。未知のものをいちから覚えるのは新鮮で、刺激的だ。わくわくと胸が躍り、やる気に満ちている。しかし、悲しいことに体のほうは確実に老化しているのである。いくらスポーツが苦手だといっても、これほどまでにひどくはなかったよなぁと自分でもあきれるぐらい習得のスピードが遅いのだ。

教えられたことをなかなか動きに反映できないので、何度も同じ点を注意される。先生から同じ説明を聞くたびに「ああ、物覚えの悪いオバサンだと思われているんだろうなぁ、説明を忘れたわけじゃないのよ、覚えているの、わかってんの、だけどできないんだよっ」とはがゆくて仕方がない。理屈はわかっている。ここで腰と腕がどの位置にあればベストなのかも知っている。頭では理解できていても、体が言うことを聞いてくれないのである。若いころのようにサクサクッとやってみせられないのなら、あのころの何倍もの時間を使って体に教え込むしかないのであろう。わたしはひたすら練習に通うのであった。

スポーツにおける「練習」とは、苦しさのなかでただひたすら耐え忍ぶ、つらいばかりの時間なのかと思っていたけれど、それに見合うだけのごほうびが必ず待ってくれているような気がする。

ほんの少し振り下ろす位置をずらすだけで、腰の動きを速めるだけで、腕のひきつけ方を変えるだけで、ボールの飛び方はまったく違ったものになる。常に正確なショットを生み出すためには、正しいスイングを身につけるのが一番の近道らしい。いろんなことを考えながら、ボールを打つ。あ、また腕が先に行きすぎた。打つ。左脇をちゃんと締めないとね。打つ。まだ少しちがうな。打つ。もう少し速くひきつけるんだよ。打つ。どうもな~。打つ。

ひたすら続けていると、やがて頭のなかがシーンとする瞬間がやってくる。だらだらと汗が流れ、息が切れるほど苦しいというのに、なぜだか体のなかも静まりかえってくる。さっきまで気になっていた隣のカップルの声も、もう聞こえない。広い練習場に立っているのはわたしひとり、自分の打ったボールの音だけがカーンカーンと体の奥でこだまする。

たぶん、頭は依然として正しいスイングを求めてあれこれ考えているのだと思う。思考はどこかで動き続けている。けれど、それはもうわたしの意識を通さずに、体の筋肉に直接命令を送っているようだ。無心にクラブを振るだけで、体のあちこちの動きが微妙に変化する。頭のなかも、体のなかも、妙に静かに澄みわたっている。澄んでいるなぁ、と遠くのどこかで思っている。

コースに出ると、この感覚はもっと鮮明になる。スタートしたばかりのホールでは、同じ組のパートナーや後ろの組が気になって仕方がない。わたしのショットを見て笑っているのではないか、進み方が遅くて迷惑をかけているのではないかとまわりが気になってしまう。

初心者のわたしはあきらかに他の人よりも打つ回数が多いので、カートに乗っている余裕などない。プレーの進行を遅らせないように常に3本ぐらいクラブをさげてフェアウェイを足早に歩いている。ボールを目指してひたすら歩き、打つ。打ったらすぐにまた歩く。全身が汗でぐっしょりと濡れ、心臓がばくばくいっているが、とにかく先に進むしかない。歩いて、打つ。それだけだ。

そうこうしているうちに、静かな時間がやってくる。パートナーも後ろの組も視界からすっかり消え、わたしに見えているのは白いボールと赤い旗だけだ。ピンまであと何ヤード、最適なクラブは何番か。広い広い緑の芝生の上でやっぱりわたしはひとりきりになる。あまりにもシンと静かで澄んでいて、ひゅうと風が吹いたらそのまま風にのまれてわたしまで消えてしまいそうだ。

まわりのものが音をなくし、姿を消す。時間さえも止まってしまう。長い間、わたしは仕事以外でそんな感覚を味わったことはなかった。まわりのすべてを消し去り、時間を忘れるほど集中できるものは仕事しかないと思っていた。力を出し切ったあとの達成感も仕事のなかにしかなかった。

ゴルフをするようになって、ようやくわたしはスポーツの素晴らしさに気がついた。今ごろ気がつくなんてかなり遅れているが、これからは贅沢な遊びの時間を思う存分に楽しむのだ。


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■最近のイノウエ

●最近の焼酎・日本酒
櫻井(古酒)、大自然林屋久島、かまど、芋麹全量、日向木挽陶器

無ろ過大吟醸・萬歳楽、


●8・9月のうまいもの
治部煮、鱧皮ときゅうりの和え物、のどぐろのほお肉、鮎の塩焼き、豚足、麺屋武蔵のあじ玉らー麺


●理由なんて、ないわ
噂の韓国ドラマ『冬のソナタ』は、もちろん初回から見ていた。オープニング映像を見た瞬間、これはいいドラマなんだろうなという予感がした。雪のなかでのモノトーンの映像とバックの曲があまりも良かったからである。

ドラマが終了したあと、「あなたが決める名ゼリフ」というような特集番組が組まれていた。わたしが秀逸だと思ったセリフは「理由なんて、ないわ」である。ミニョンに惹かれていくユジンに、元カレのサンヒョクが「あんなヤツのどこがいいんだ、どこが好きなんだよ」と詰め寄ったとき、ユジンが言う。「理由なんて、ないわ」。もちろんサンヒョクは返す言葉がないのであった。

by ichiko : カテゴリー:エッセイマガジン

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