2003年08月21日

羅臼マッカウス洞窟のひかりごけ

羅臼(らうす)という町を訪れたのは初めてだった。北海道で生まれ育ったといっても、札幌で暮らしていたわたしにとってそこは最果ての地のような気がしていた。国後島が見えるという漁業の町は空も海もいつもどんよりと曇っているような、なぜだかわたしのイメージする羅臼は寒々として暗かった。

その日の朝、網走にあるホテルの部屋からは青くきらめくオホーツク海が見渡せた。ゆるやかなカーブを描いた海岸線をたどると、はるか彼方に斜里岳や知床連山がそびえていた。晴天だった。

透き通る青、エメラルドグリーン、群青のような深い青。横に線を引いたようにくっきりと三色にわかれたオホーツク海を左手に見ながらバスは知床半島へとひた走る。斜里とウトロの町を通り過ぎ、トドマツやミズナラが生い茂る緑の原生林の中をどんどん上っていく。海岸線はいつの間にか切り立った断崖だ。ときおり、木陰で仲良く寄り添うエゾシカの親子を追い越したりする。茶色の肌に白い斑点のシカは、子鹿のバンビそのものだ。

知床五湖のうちの一湖と二湖への散策路を歩いた。三湖から先はヒグマの痕跡があるので立ち入り禁止だという。羅臼岳を背負った一湖の湖面には、逆さまの山がくっきりと写っていた。

北海道の東端に突き出ている知床半島は、西側がオホーツク海、東側が根室海峡である。観光船の出るウトロや知床五湖があるのは西側で、羅臼町は東側にある。西と東は、半島を横切る知床峠で結ばれている。

峠にさしかかるといきなり霧になった。展望台からは国後島はおろか、20メートル先も見えなかった。空は曇り、冷たい風が吹きつけ、さっきまでのさんさんと輝く太陽がうそみたいだった。

深い霧の中に、いびつな形のシラカバが姿を見せる。白い幹は腰を折ったようにぐにゃりと曲がり、四方に伸びた細い枝はどれもこれも奇妙に曲がっている。冬の間、雪の重みに押しつぶされてこんな姿になってしまうのだそうだ。苦しげにもだえる白い木が、流れる霧の向こうに浮かんでは消え、浮かんでは消えた。

羅臼の町に着き、道道87号を2キロばかり北へ走る。右側はすぐ海で、左側は道路に迫り来る崖だ。その崖に、横一文字にざくりと切り裂かれたように口を開けているのがマッカウス洞窟である。奥にいくほど天井が低くなっており、ほら穴というよりは裂け目に近いだろうか。

しゃがみこんで、こけをみつめる。いろんな角度から眺めてみる。ぽたりぽたりと背中に冷たいしずくが落ちてきて、わたしはあの叫び声を思い出していた。

「そったらもってえねえこと、するもんでねえだーっ。待たねえかーっ」

羅臼のマッカウス洞窟。ひかりごけ。と来れば、人肉を喰らう話である。

それを知ったのは、高校の古典の時間だった。1年の時に古典を教えてくれた先生は、授業をするかわりにときおり物語を聞かせてくれた。演劇部の顧問であり、脚本を書くこともあったその先生は「語り」がとても上手かった。

今でもはっきりとセリフまで覚えているのは、ひかりごけの話だけだ。人肉を食べるというストーリーが高校生のわたしにはあまりにショッキングだったというのもあるが、それ以上に鮮烈なラストシーンがいつまでも心の中に残っていたからだと思う。後で調べてみると、先生が話してくれたのは武田泰淳の小説『ひかりごけ』の後半部分だとわかった。

『ひかりごけ』は、紀行文と戯曲から成っている。紀行文では、作者は羅臼のマッカウス洞窟に行き、光るこけに出会う。そして、案内に立った中学校長の話をきっかけに人肉食事件を知る。

太平洋戦争の終わり、昭和19年の12月、羅臼沖で7人乗りの船が難破し、船長と若い乗組員が生き残った。知床にあるペキン岬の番屋でしのいでいたが、少年は餓死。翌年2月、船長は羅臼の町にあらわれ奇跡の生還ともてはやされる。しかし、数ヶ月後、番屋の近くで人の骨や皮の入ったリンゴ箱が見つかり、船長は飢餓に耐えられず少年の遺体を食べてしまったことを認めた。

ここまでは実際にあった話だ。作者はマッカウス洞窟のひかりごけを見に行ったさいに、昭和19年に起こった人肉食事件を知ったのである。後半の戯曲は、それをもとに創作されている。

戯曲の第一幕は、「マッカウス洞窟の場」だ。古典の先生が語ってくれたのはここからである。生き残った4人の男が洞窟のたき火の前でうずくまっている。船長、船員の西川(少年)、八蔵、五助は、寒さと飢餓で衰弱しきっていた。

最初に死んだのは五助だった。船長は五助を食べ、西川も罪の意識にさいなまれながらも結局はその肉を食べてしまう。五助に「お前のことは喰わねえ」と約束した八蔵は衰弱していくいっぽうだ。

八蔵は、西川の首のうしろに光る輪を見た。「人の肉さ喰ったもんには、首のうしろに光の輪が出るだよ。緑色のな。その光は、ひかりごけつうもんの光に似てるだと」。

おそろしくなった西川は首を左右にふってたしかめようとするが何も見えない。光の輪のついた者にはそれは見えない、人肉を喰った者はその光を見ることができないのである。

八蔵が死に、船長と西川は八蔵を喰う。やがて食べ尽くし、もう何もなくなってしまった。船長がたき火の前に立って、眠っている西川をじっと見下ろす。

ガバと目を覚ました西川は、自分を見ている船長に気がつき恐怖におののく。「おら睡らねえぞ」。西川が手製の銛を握りしめたとき、その首のうしろに緑色の輪が光る。船長の首のうしろにも輪が光る。

西川は、海をめがけて走り出した。たとえ死んでも船長に喰われるのだけは嫌だった。「おら、おめえには喰われねえぞ。死んでもおめえに喰われないように、してみせるだ。おめえの手のとどかないところで、死ぬだ」。

凍てつくような真冬の海に向かう西川。その背を追いかけて船長は叫ぶのだ。「そったらもってえねえこと、するもんでねえだーっ。待たねえかーっ」

「待たねえかーっ」という古典の先生の声が響きわたった。教室は不気味な沈黙に満たされる。そこはもう教室ではなく、極寒の知床であり、人肉を喰らう洞窟であり、わたしたちは餓えと恐怖でがたがたと震えているのだった。

第二幕は、「法廷の場」である。人肉を食べた罪で裁かれる船長は、裁判長や検事に向かって言う。「あなた方と私ははっきりと区別できますよ。私の首のうしろには光の輪がついているんですよ。よく見れば見えますよ」。しかし、彼らには光の輪がみつけられない。裁判長と検事、弁護人、傍聴席の人々が船長の周りに集まってくる。

「あなた方には見えるはずです。よく見て下さい。私を見て下さい」。そして、緑色に光る輪は・・・。


■ ■

いまさらわたしが言うのも変だけど、北海道はとてもとても広く、すばらしい景色にあふれていた。どこまでも続くビートや麦の畑、緑の丘が幾重にも連なる巨大な牧場、オホーツクの海、知床の原生林、湖、キタキツネやエゾシカ、シラカバ林、野付半島の白骨樹林。旅から戻った今も、美しい風景がときおりふっと目の前をよぎる。

マッカウス洞窟だけは別だった。ときおり思い出すのではなく、絶え間なく浮かび続けている。とらわれているといったほうが正しいかもしれない。わたしの体のなかに、ひかりごけが棲んでいるみたいだった。霧雨の羅臼、切り裂かれたように口を開いた洞窟、ひかりごけ、しずくの冷たさ、待たねえかーっ。日増しに強く、濃くなっていく。せかされて、せめぎたてられて、追われているような気持ちがする。

行きつけの飲み屋で、酔いながら「ひかりごけが、人肉が、光の輪があ」とひたすらしゃべっていた。帰り際には常連さんたちに「つぎもひかりごけの話を聞いてあげるからね」などと茶化されたりする。

ひさしぶりに武田泰淳の『ひかりごけ』を手に取り、むさぼるように一気に読んだ。そして、文章にして外にはきだした。これで少しは解放されるだろうか。

・武田泰淳『ひかりごけ』(新潮文庫:400円)

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■最近のイノウエ

●最近の焼酎(カッコ書きのないものは芋)

伊佐美、田倉、永劫、芋麹全量、森伊蔵、薩摩茶屋、なかむら、萬膳、かまど、百合、宝山、天使の誘惑、日月(米)

なんでもいいのか、と言うとそうでもない。利き酒ができるほど味はわからないが、好みはある。永劫、かまど、魔王といったあたりがわたしの好きな味。しかし、新しい銘柄を見かけるとついそちらを試してみたくなるのだ。


●麻布十番でワイン

知り合いに誘われて、麻布十番までワインを飲みに行く。

ワインにはちょっと嫌な思い出がある。5、6年前にとあるワイン通の知り合いに何度か食事に誘われたことがあった。そのころのわたしはアルコールとは縁遠い生活をしており、ワインの味などわからなかった。すすめられるままに飲んでいたが、もちろん年代や銘柄、産地などを聞いてもちんぷんかんぷんである。

あるときその相手はたいそう呆れて、「勉強しようと思わないですかね。ふつう、調べてみたりするものでしょう」と言ったのである。ちょうどワインブームまっさかりで、若い女の子がワインの味や銘柄などを覚えるのが流行っていたころだ。

ただお酒を飲むためにお勉強したり、あれこれ暗記しなくちゃならないなんて、ワインってなんて面倒なんだろう。そんなに敷居が高くて、かったるいものと付き合うつもりはなかった。その人とはそれきり会うのをやめてしまい、ワインも遠ざけていたのである。

少し腰がひけたが、そのお店のオーナー兼シェフは知り合いとは小学校からの付き合いだというので、思いきって因縁のワインに再会することにした。「難しいことなんて何も考えなくていいんだよ。友だちの作ったおいしい料理を食べながら、おいしいワインを飲む。みんなで楽しくおしゃべりをする。そのお店ではただそれだけだよ」。

知り合いのいったとおり、何も考えなくてもおいしいワインが出てきた。二本目からは「もう少し深めの赤が飲みたい」だの、「こっちよりは甘さのある白がいいかな」だのと曖昧なお願いをするだけで、オーナーは「どれどれ、じゃあこれかな」などといいながらぴったりのワインを出してくれるのである。難しいことなどすっとばして、おいしいワインにありつけるシアワセ。

その日は6人もメンバーがいたので、ワイン一本などあっという間に空になった。大勢で飲むといろいろ種類が楽しめるのでよいですな。ワインについて勉強するのは嫌だったが、日本酒や焼酎は醸造法だの蔵元など調べたりするのである。あら不思議。


●RX-8への野望

ロードスターを降りたときに、もうスポーツカーはやめようと決心した。いい年なんだし、なにより命が惜しい。

しかし、RX-8が発表されてからわたしの決心は揺らぎはじめてしまった。こんな年になってももう一度スポーツカーに乗ってみたいぞと思わせる、カッコ良さである。

早々に試乗に行った。試乗車はマニュアルであった。RX-8の6速マニュアルを操るほどの自信はない。運転席に座って、アクセルの位置など確認するのみだ。マツダのスポーツカーの良さのひとつに、アクセルとブレーキの近さがある。優れた操作性は、人馬一体への第一歩である。マスタングのアクセルペダルなどは、どこにあるか探さなくてはならないほど深い所にうずもれている。夫が運転し、わたしはしぶしぶと助手席へ。なんとも、これが、興奮をよびおこすエンジン音である。ぜひとも、なんとかしたいものだ。

よくあることだけれど、そんな野望を抱いていたらマスタングの調子が悪くなってきた。あちこちに不具合が出てきている。そんな~、つむじを曲げないでちょうだいマスタングちゃん。欲しいとはいっても、あと1年はアナタで頑張るつもりなのよう~。

ライトニングイエローかチタニウムグレーメタリックだな。

by ichiko : カテゴリー:エッセイマガジン

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