2002年08月27日

フリーデザイナーの夏がゆく

8月に入ると、いろんなところから「夏期休業のお知らせ」メールが届く。「弊社では○月○日から○日まで夏休みとさせていただきます。誠に勝手ではございますが何卒よろしくお願いいたします」。社員が日程をずらして休みを取る会社では、「弊社では」の部分が「山田は」と個人名に変わる。忘れてもらっては困るのか、メールの最後につける署名欄に書いてくる人もいる。休業に入るまで毎回そのお知らせがくっついてくるので、お楽しみまであと何日とカウントダウンされているような気持ちになる。

同業の人なら知っていると思うけれど、わたしのように下請け外注として働く人間は、世間が休んでいるときにはたいてい仕事をしている。お正月はさすがに休みになるが、ゴールデンウィークやお盆、ときどき訪れる三連休の時期に仕事が入らなかったことはここ数年ないと思う。偶然なのか、そういう作戦なのか、休みに入る直前には決まって代理店から打ち合わせの連絡が入る。ほいほいと出かけ、作成内容やおおまかな構成などを話し合う。ひと区切りついたころ、決めのひとことが出る。

「で、とりあえず、休み明けには見せてほしいんだよね」。

会社や担当者、仕事の内容は違っても、このセリフだけはみんな同じだ。長いことフリーで働いていると、仕事を発注する側の事情がわかってくるので今さら驚かない。やはりそういうことであったか、という程度だ。多くの人が仕事の手を休める時期には、どこかにしわ寄せが来るものだ。それほどきつい進行が必要なわけでもないが会社としては全ての仕事を停滞させるわけにはいかない、という感じではないかと思う。誰かが何かを進めていなければならない。休みに入る前に頼めるものは頼んでおこう。そしてわたしには夏期休業のお知らせが届く。

「誠に勝手であるよ」。メールを見ながら苦笑いしてしまう。続々と届くお知らせメールと机の上の仕事のファイル。好きで続けているフリーランスの仕事だから、まあこれも仕方ないだろうとあきらめがつく。ゆっくり休んでください、わたしはしっかり稼いでから世間が仕事をしているときに羽をのばさせていただくことにします。家の前の栗林ではセミの大合唱が夏を押し上げ、観光客が押し寄せる河原からはにぎやかな歓声が響いてくる。わたしは部屋にこもり、ひたすらマウスを握る。

つらさを実感するのは8月の終わり、ちょうど今ごろである。作成した資料を手に打ち合わせに行くと、担当者はうっすらと日に焼けている。「子供を連れてキャンプに行ったんですよ。やっぱり海辺はいいね。漁港が近いと市場で揚がったばかりの魚が食えるんですよ。それを酒の肴に昼からビール三昧」。ははーん、メールの返事がピントはずれだったのはそういうわけか。「メールは読みますから、質問があればいつでも連絡してください」とほとんどの人がそう言い残して出かける。しかし、休み中のメールの返事はどこが間が抜けている。上の空で書いているのがわかる。

休みが明けると、親しい担当者からはどういう夏休みを過ごしたかという報告のメールが来る。友だちからも届くので、受信ボックスはたいそう華やかな雰囲気になる。函館から戻った編集者は「昼も夜も一人で毛ガニいっぱいずつ食べる贅沢を味わった」と興奮している。東北に帰省した担当者は、夜ごと親戚が集まり銘酒「田酒」をあおる夏休みだったらしい。「イノウエはこの酒を飲んだことがあるか」と得意げに聞く。そりゃあ、有名どころは押さえてある。関西を旅行した人は、「鴨川の見える料亭で懐石料理を堪能した」とある。

とにかく焼肉を「食べて食べて食べて」満足したというのは、韓国に出かけた友人だ。韓国では焼肉を注文するとキムチやもやし、大根などの小皿料理がずらりと並び、サンチュや葉ものは無料でどんどん補充されるそうだ。大食いの彼女はたいそう喜んでいた。ヨーロッパ貧乏旅行をした青年は、チェコで会った日本人に豪華な夕食をごちそうになったらしい。伊勢志摩を訪ねた女二人は、料理と酒にはハズレ無しの旅だったそうで、夕食にはいつもボトルのワインを飲み干していたという。

もうおわかりだと思うが、観光名所について書いてくる人はいない。何を食べ、それがどんなにうまいものであったか、どれほど酒を飲んだかを嬉々として綴ってくるのである。食い気に走っているわたしの態度がそうさせているような気もするが、読んでいる身としては本当につらい。休暇をとる、旅行に出かけるというお知らせについては何のジェラシーも感じない。心は穏やかだ。しかし、「うまいもの」と「うまい酒」を堪能したとなると落ち着いていられない。心にざわざわと波が立つ。うらやましい。妬ましい。漁港で昼間からビール? 毛ガニ? 韓国で焼肉? 伊勢志摩食べ歩きの旅? だんだん腹立たしくさえなってくる。なぜか怒りがわいてくる。わたしの夏は、毛ガニも漁港も韓国も縁のないわたしの夏は、今まさに消えてゆこうとしている。

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■最近のイノウエ

●酒が届く日々

取材で静岡に行った人から「国香」という珍しいお酒をいただいた。東北に帰省している担当者からは、「ぜひ飲んでみてください」と地酒「堀の井」が宅配で届く。ついに我が家も一升瓶の貢ぎ物が来るようになった。ヨーロッパ帰りの青年は、みやげにワインとビール、葉巻き、灰皿を買ってきた。わたしの好みがわかってきたようである。どれもこれも、ひとりで開けるにはもったいないような気がするので、冷蔵庫や床下に大切に保存してある。涼しくなったらまた酒好きメンバーを集めて、品評会をしたいな。

●この年の主婦にはうらやましい冒険

ヨーロッパを旅した貧乏青年は、スペイン、フランス、チェコと一ヶ月かけて「自転車のワールドツアー」を撮影しに行ったのだ。撮影したものはビデオにするのでちょっとはビジネスになるが、旅費や滞在費はすべて自腹である。行くという話を聞いたときには、「あんた貧乏なのに大丈夫なの?」と思わず聞いてしまったほどだ。仕事というよりも、自分が好きで自転車ツアーを撮影し続けているという。

軟弱そうなヤツだったので、一ヶ月の貧乏旅行と真夏の取材に根をあげてシナシナになって戻ってくるかと思いきや、元気ハツラツ。いい体験をしたのだろう。やりたいことがあり、そのためならなんとかお金を工面して好きなものを追いかける。情熱だな~。

●西酒造

夫が福岡に出張した。夜に電話が来て「出張先は福岡じゃなくて鹿児島だった」という。なに、かっ、鹿児島ぁ。鹿児島といえば西酒造だ。焼酎界に革命を起こしたといわれる西陽一郎の蔵である。天使の誘惑、宝山シリーズはわたしの好きな焼酎。鹿児島にいるなら、西酒造の焼酎を買ってきてと頼むと、朝一番の飛行機で帰るからそんな時間はないという。「だったら今すぐ近くの居酒屋に走り、なにか一本調達してこい!」。鹿児島まで行き、手ぶらで戻ってきたら許さない。


●今月の酒

◎日本酒             ◎焼酎
  飛露喜・特別純米         かめしずく(芋)
  獺祭(だっさい)・純米吟醸
  酔鯨・純米吟醸生        ◎ジン
  正雪・純米吟醸生         ゴードン
  南・純米大吟醸無ろ過
  十四代・純米吟醸生詰め
  澤乃井・大辛口

「かめしずく」という焼酎は、代理店の方々に連れて行ってもらったお店で出たもの。イノウエは何が飲みたいかと聞かれたので、「芋焼酎」と遠慮せずに答えたが店の棚にはいまひとつ良いものがなかった。店主は奥から重そうなカメを持ってあらわれ、「これは三年ものの珍しい焼酎です」という。隣にいた社長は、「売れなくて眠っていたものを押しつけられたんじゃないのか」と小声でささやく。しかし、これが大当たり。ふわりと芋の香りが漂い、口当たりはとてもまろやか。いくらでもグイグイ飲めてしまう。おいしさにつられてとめどなく飲んだので、都内から家にたどりつくのにひと苦労した。レッドアロー号の席をまちがえずによく帰って来られたものだと我ながら感心する。

酒造会社をひかえておくべきだった。いや、あのカメ焼酎はまだ残っているはずなので(ボトルキープしてある)近々また代理店を訪ねなければ。


●今月のうまいもの

アフリカ料理を食べに行く。以前にも行ったことのある店だが、今回は大勢いるのでいろんな料理を少しずつ食べられる。ワニの唐揚げ(よく言われるようにチキンと似たさっぱり味)、カンガルーの唐揚げ(レバーにそっくりな臭みがあり、吐き出してしまった)、ダチョウの甘辛煮(見た目も味もくじらの醤油煮)、モロヘイヤスープ(おいしい!)、ピーナッツ味のシチュー&クスクス(ピーナッツの味わいにコクがあり、クスクスと混ぜて食べるととてもうまい)、トマト味のアフリカンピラフ(特徴なし)、焼きアイスクリーム(アイスの上にかけられたメレンゲに、バーナーで焦げ目をつけたもの。香ばしさが命)。料理が運ばれるたびに店の人に「これは何ですか?」とたずね、「ワニです」と教えてもらったあとは、「みんな、ワニよ、ワニ」「ワニだって」「ワニ」「ワニ」と伝達するのでとてもにぎやか。カンガルーのときには、「コンゴザルだって」と大ボケを伝える人もいた。

酒の味がわかるようになるとウォッカ、テキーラ、ジンなどいろんな酒がおいしくなる。これはスバラシイ発見。この年にして新境地を開いた気分。「景気づけに」みんなでテキーラのショットをやろう!と提案したが、誰も飲み方を知らないという。こじゃれた店で、「左手のここに塩をのせ、つぎに~」と大声で説明した。

by ichiko : カテゴリー:エッセイマガジン

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