2002年07月16日

こだわりの味を捨てた街

以前住んでいた場所を思うとき、真っ先に浮かぶのは食べ物だ。そこで食べた「味」が土地の記憶と強烈に結びついている。練馬駅前の茄子(なす)漬け、朝霞駅北口の坦々麺。駅前通りには必ずうまい店があった。こだわりの味を貫く職人がいた。しかし、今住んでいる街でそれを見つけるのはとても難しい。

小さな街の駅前通りはチェーン店で埋め尽くされている。コーヒー、ハンバーガー、ドーナツ、牛丼、ラーメン、居酒屋。名の通った、だれもが知っている大型チェーンの店がずらりと並ぶ。知名度の高さが安心感を生むのか、どの店もにぎわっている。手ごろな値段で、気軽に入れる敷居の低さもあるのだろう。

都会と同じ店が増えていくことを「進歩」と自慢する人もいるけれど、街はむしろ「後退」しているのではないか。チェーン店の看板が連なる通りは、借り物の顔だ。いくら繁盛しても、それは地元が作り出した繁栄ではないはずだ。

土地の味が消え、職人が消える。全国共通の味にすがる通りからは、この土地の活気は伝わってこない。個性を失った街はプライドさえも捨てたように見える。職人はどこにいったのか。

通りをそれてしばらく歩いた先に、「銘酒」の明かりをともした小料理屋をみつけた。うまい酒を求めて集まる舌の肥えた客は、店主の作る料理の味にひかれて常連になる。

根っからの地元人という店の主人はまだ三十代だ。一流ホテルで修行を積み、生まれ育ったこの土地に店を開いた。「よう」とあいさつを交わしているのは、中学時代の友人だという。商店街の仲間が夏祭りの神輿(みこし)の話に花を咲かせている。よそ者である私も、いつしか地元人として話の輪の中に入っていた。

職人が作る味には、土地の人々のつながりを深める力があるようだ。人と人をつなぐ味。小路を探せばほかの職人にも会えるかもしれない。


(東京新聞埼玉版・7月16日掲載)

by ichiko : カテゴリー:新聞掲載コラム

made by XHTML, CSS, Movable Type.
© Go Go ichiko. All Rights Reserved.