2002年03月06日

それはわたしのデザインだもん

代理店の担当者から電話がきた。

「トップページで使っているイメージ画像の元データを送ってください」。

元データ。つまりレイヤーつきのPhotoshopデータということだろう。写真やイラスト、文字などが生のままでレイヤーに分割されてのっかっているデータだ。

われながら、そこそこイケるイメージ画像を作れたなぁとひそかににんまりしていた。トップに使う画像はなにより力を入れる。色にも気を配る。写真を選びぬく。イラストもていねいに作る。何度も配置をやりなおす。

なんといってもトップページなのだ。ここでガシッと訪問者の心をわしづかみにしなくてはならない。ガシッとまでいかずとも、もう少し読んでみようかしらんという気持ちになってもらわなくてはならない。それがダメなら、しばし眺めるだけでも。

インパクトだ、強さだ、楽しさだ、華やかさだ、いや、わかりやすさかも、うーん、それよりやさしさか。というようなことをモゴモゴと口のなかで繰り返しながら、悩みぬいてこさえた画像なのだ。

その元データをよこせ、という。

元データを渡せ、といわれるのはこれが初めてではない。理由はだいたい「アレ」か「ソレ」である。想像はできるのだが、きちんと説明し、相手にも理解してもらう手順を踏むためには、あえて「それはどういう理由からでしょうか」と聞くことからはじめなくてはならない。

担当者はいう。

「クライアントさんは、このWebデザインをそっくりそのまま会社のパンフレットにも使いたいそうです。イノウエさんのデザインを気に入っているんですよ。同時進行でDTP制作もやっているんで、そっちにデータを渡してほしいんです」。

商品説明ページのデザインをやけに急がせると思ったら、同時進行でパンフレットのDTP制作を別なところに発注していたのだ。全体的なデザインイメージ、色合い、イラストをそのままパンフレットに使い、Web用に作ったロゴも商標登録したいという。

「元データを渡すかどうかは別として、パンフレットのほうのデザイン料金はいただけるのですよね? ロゴを商標登録するのであれば、そちらも料金をいただくことになるかと思いますよ」

担当者は、クライアントに確認を取ってみますといって電話を切った。

ああ、戦いが始まるんだなぁと鬱々とした気分になる。わたしが説明をし、相手がそれにどう答えるのか、そのなりゆきもだいたい見えている。そして、それはものすごく憂鬱で、気が滅入るやりとりでもある。

待つこと数十分。ふたたび代理店の担当者から連絡が入った。やはり事態は予想どおりの方向に進んでいった。

「お金を払って制作してもらったんだから、どんなデータであれ、データは全部こっちのものだろう。これ以上なぜまた金を払う必要があるのか」。

どうしてこうみんな同じなのだろう。セリフまでドンピシャ、困ったクライアントはみんなお決まりのように同じ調子でポッポッと湯気を立て、ソックリなことをおっしゃる。「金は払った」。

わたしの請け負った仕事はあくまで「Web制作」なので、それ以外の業務にWebのデータを流用したり、商標登録したいのであれば、それは別途料金を払うというのが常識であると思う。

「イノウエのデザインを気に入ったんだから」というアマい言葉ですまされるものでもないはずだ。

そして、最終的な加工画像とHTMLファイルでの納品がわたしの制作料金だと思っている。元データをそっくり渡すというのは普通はありえない。それを欲しいというのなら、その分もやはり別料金になるだろう。

というようなことを代理店からクライアントのほうに伝えてもらった。クライアントの担当者は完全にブチ切れて怒鳴っているという。

ものすごい勢いで怒っているらしいので、わたしはもうそれ以上かかわりをもつのをやめた。この手の人にはこれ以上なにをいっても無駄なのだ。デザインを使いたいなら使えばいい。商標登録すればいい。わたしの仕事はWebのデータだけを納品することであり、それ以上のものは何も渡さない、そう決めて知らんぷりをした。

デザインの仕事をしていると、ときどき似たようなトラブルにあう。

タイトルバナーをひとつだけ制作してください、という注文がやってくる。ひとつだけ、というのがポイントだ。この場合も元データを渡してほしいといわれる。元データを使えば、デザインは同じでタイトル文字やバックの色だけを変更したバナーを百でも二百でも生産できる。たったひとつの制作料金を払うだけで。

最近困っているのは、「トップページだけのデザイン」という依頼だ。これはけっこうキツく、そのわりに稼ぎも少ない。トップページのデザインは骨の折れる作業だ。企業イメージから、商品アピール、各コンテンツの要約などサイト全体をぎゅっと凝縮してトップ1枚で見せるのである。

トップページのデザインをしっかり作っておけば、サイト全体の8割のデザインは決まる。統一感を持たせるというルールがあるから、トップページのデザインを基本に、各コンテンツページはおのずと色や構成が決まってくる。

代理店やクライアントは、「あとはこちらで作ります」という。トップページとあわせたデザインで、ほかのページのデザインは適当にこっちで作っちゃいますから大丈夫です、と。わたしの作ったデザインにきちんと統一させて、残りのコンテンツページ50ページなどをサクサクッと作ってしまうのである。

しかし、わたしに入るお金はページ1枚分のデザイン料だけなのだ。

トップページだけ、の依頼のときには、特に元データを渡すことも要求されないので、「なんか、納得いかないなぁ」と思いながらも文句のつけようもなく、ひとりでくすぶっているしかない。

この仕事をするようになってシミジミ思うのは、「デザイン」というものがとても軽く見られているということだ。一度お金を払ったのだから、いくらでも、どこでも使いまわしていい、と思っている人がものすごく多い。Webのデザインをそっくりパンフレットに使うのもそうだし、一個の料金しか払ってないのに50個も100個も使い回しをしても平気なのだ。

わたしはちっぽけなWebデザイナーだ。たかがWebのページに「著作権」と声高に主張しようとも思わない。けれど、わたしが徹夜して作ったイラスト、脳ミソをふりしぼって考えたデザインとそっくり同じパンフレットができあがる。わたしが作ったデザインであるにもかかわらずわたしのものではなく、デザイン料ももらえないのである。こんな理不尽なことってあるだろうか。

ふと思ったのだけれど、Web用の画像は解像度を低くして作っているからDTPで制作するパンフレットには使いようがない。元データを渡したところで、意味ないじゃないか。変なことをいう会社である。

データを渡さずにいたら、「画像に使っているこの文字のフォントを教えてほしい」と聞かれた。DTPの仕事をしているなら、文字を見ただけでフォントがわかるはずだと思う。わからないなら、ひとつずつ自分のフォントで試してみればいいのだ。

そのクライアントの会社概要を見ると、年商50億円とある。それだけ儲けていても、パンフレットのデザイン料金は払いたくないものなのだな。

(MACWIRE-D:WEBデザイン研究室 :2002年3月5日掲載)
(日刊デジタルクリエイターズ :2002年3月6日掲載)

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■井上以知子のひとくちコラム

●リライト今回のエッセイは、以前この「ひとくちコラム」にちょこっと書いたもののリライトです。ある編集者の方からこのテーマをもとに原稿をひとつ書いてみませんか、というご依頼を受けてふたたび書き直すことになりました。


●常時接続スタート

本日午後5時より、いよいよ常時接続スタート。ああ、わたしはこの日を、この日をどれだけ待ち望んだことか。でも、フレッツISDN。

バッカじゃねーの、とか、だっさー、とか、いわないで。お願い。田舎の山奥には、ADSLもケーブルテレビもなんとかBBも、なんにもナイの。やっとフレッツISDNなの。Webの仕事をしながら常時接続じゃなかったって、屈辱の日々だったの。


●2002年F1開幕

3/3にオーストラリアのメルボルンで2002年のF1がスタートした。今期からトヨタが参戦し、日本人では7人目のドライバーになる佐藤琢磨くんがジョーダン・ホンダで登場、と日本にとっての話題も多い。

スタート直後にラルフの車がバリチェロの頭上を乗り越え宙を舞った。後続車もまきぞえを食い、大クラッシュ。波乱の幕開けですね。

帝王シューマッハは予想どおり優勝したが、表彰台で彼の両脇に立っていた新鋭モントーヤとハッキネンのお墨付きであるライコネンには注目したいと思う。

トヨタは初戦で6位入賞と快調な滑り出し。わが愛しのジャック・ヴィルヌーブは、リタイア。ああ、ジャーーーック。

わたしはF1放送の実況アナウンサーや解説者のアクセントが嫌いだ。ものすごく耳障りなのである。強弱のない平べったい「マクラーレン」という言い方は奇妙でしかない。「モントーヤ」さえ平たく、「えちごや」と同じアクセント。いいのか、あんなしゃべり方で。


●地元酒好きメンバー鍋の会

先日、うちで鍋の会を開いた。日本酒とマッコリ、床下から発掘した3年もののブランデー梅酒、アヤしいタイスキもどきを目当てに集まったのはお酒大好きなのんべえの地元人4人。

「限定」という言葉に敏感に反応するわたしを見抜いたのか、限定日本酒を手みやげに持ってきてくれる人もいれば、大トロとイカの刺身の豪華な盛り合わせを抱えてきてくれる人も。なにを思ったか、ポッキーと爽健美茶を持ってきたアンキモ命の女医。ウケねらいだったのだろうか、と考えたりもしたが、「遠足じゃないんだからさー」とわたしにちゃかされて最後までいじけていた。

4人は顔をあわせるのははじめてである。わたしを通して、「こういう素敵な人がいるのよ」とか、「面白い人なんだよ」とか、「すごくマヌケなの」とかそれぞれにその存在は知らされていたのだが、あくまでも「噂のヒト」だったのだ。

実際に会ってみてどうだったのか。というのはみんなに聞いてみないとわからないんだけど、わたしはとても楽しかった。それぞれの人と個別に話をしているときに、「ああ、この人とあの人とも気が合うだろうなぁ。会ってみたら楽しめるんじゃないかなぁ」とよくほかの人の顔が浮かんだりした。仕事内容で重なる部分があったり、うまい酒には目がないという点でもピッタリだし、くだらない話で大笑いできたりするし。いままであまり得意ではなかったけれど、人と人を引き合わせるのってこんなに楽しいものなんだなぁと実感した。

宴会は朝4時まで続いたから、きっとみんなも楽しかったのだろうと思う。


●今月のうまいもの

お友だちが目黒に家を買った。お泊まりにおいでよ、というので、ほかの女友だちと一緒に遊びに行く。さすが都会の家だわ、という感じのとても洒落たおうちだった。田舎のわたしの家とはなにもかもちがう。お酒のおつまみに、クラッカーと一緒にいろんな種類のチーズが出された。どれもとてもおいしかったのだけれど、ホイップクリームチーズにブルーチーズが混ざっているものが絶品だった。よそのおうちであまりバクバク食べるのもよろしくないと思い、「明日は自分で買ってきて、たらふく食べよう!」とひそかに銘柄をチェックする。フランス産の「マルブルー」とあった。

マッコリを求めて、のときと同様に、田舎にはやはりそのようなチーズは売っていないのである。探せども探せども見あたらない。食いしんぼうにとって、田舎暮らしはおもいのほか欲求不満がつのる。

そして、おととい、やっと見つけた。隣町の大型スーパーで、やっと見つけたもんね。

by ichiko : カテゴリー:エッセイマガジン

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