2002年02月19日

平成14年2月19日掲載

春先にちょっと厚着をして出かけると「田舎はまだ雪が積もっているの?」とからかわれる。仕事先では「ひさしぶりに『上京』して、都会の人混みに酔いませんでしたか」と真顔で聞かれる。

東京から埼玉の山奥に引っ越したとたん、すっかり田舎者扱いだ。

何かにつけ「田舎に住んでいる」ことに結びつけようとする。住んでいる場所で、こんなにも周囲の態度が変わるとは思ってもみなかった。

ここで生まれ育った人たちは、ずっとこんなふうに小さな傷をつけられながら暮らしてきたんだろうか。

地元の市民グループの会合に参加したときのことだ。ある男性がいった。「○○地区なんて、ひでえよ。ありゃド田舎だよ」。

私は耳をそばだてた。まさに私はその○○地区に住んでいるのである。市内でも、ここは超一級の田舎であるらしい。

「山ん中だから下水も通ってないでしょ。古いしきたりが残っていて、自治会の寄り合いに出なかっただけで村八分だってよ。30年前と何も変わっちゃいねえ、ド田舎さ。えっ? あんた、あんなとこに住んでんの」。勝ち誇ったような顔で彼は言った。ショックだった。

ふと、アメリカに留学している知人の言葉を思い出した。「白人よりも、黒人から差別を受けた時の方が悲しかったわ」。

日常のささいな場面でいじめのような差別を感じる瞬間があるという。しかも、人種差別の苦しみを知っているはずの黒人がアジア人を虐げるというのだ。

自分よりもさらに弱いものを見つけることで安心できる人がいる。下の存在を作り出せば、自分は最下位にならずにすむからだ。

東京の人にからかわれるより、地元の人にバカにされることの方が胸に刺さった。

こんな小さな町でさえ、だれかがだれかを踏みつぶしている。同じ市民でありながら、手をとりあえないのだ。

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