2002年01月30日

国益ってなんなのよ

息をつめてテレビの画面を見つめていた。深夜に飛び込んできた中継放送で、小泉首相はゆっくりとかみしめるようにいった。「田中外務大臣を更迭します」。

言葉が出なかった。さまざまな思いが頭をめぐり、なにをどう言えばいいのかさえわからなかった。なんだか目の奥がじーんと熱くなった。小泉政府の構造改革ってこの程度のものだったんだな。一番最初に浮かんだまともな感想はそのひとことだ。

アフガニスタン復興支援国際会議が開かれたとき、外務省は直前になって日本のNGOの代表である大西健丞さんの参加を拒んだ。参加拒否の裏には、衆議院議員・鈴木宗男氏の圧力があったのではないかとされている。

追求するべき問題点はそこなんだと思っていた。一議員の思惑ひとつで外務省の見解をいとも簡単にくつがえすことができるのか。外務省は一議員のいいなりになっているのか。そのようなことが日常的に行われているのか。

鈴木宗男氏はNGOの大西さんに対して電話で直接怒鳴ったこともあるといわれている。非政府組織として活動している人たちの、個人の携帯電話に電話をかけ、圧力をかけるようなことがあったのか。

追求されるべき人は誰なのか、あきらかである。

しかし、事態はまったく別な方向に進んでいった。外務大臣と事務方との内輪の論争にすりかえられてしまった。テレビや新聞で報道されるのは、怒りにみちた様子で毅然と発言する田中外相や、淡々とした事務次官の水かけ論である。「言った」、「言わない」。

就任以来なにかと事務方とトラブルを起こしている田中外相であるので、「ああ、また田中外相か」とうんざりする国民も多いのではないかと思う。そこが狙い目だったのかもしれない。

今回の問題は、小泉政府としてはまともに追求されては困るのであろう。関わっているものたちがみな「身内」の人間だからである。外務大臣、事務次官、鈴木宗男氏。真相を突き詰めると、内部の暗闇があふれだしかねない。

涙を見せた田中外相について、「涙は女の最大の武器だからね。男は太刀打ちできないよ」と小泉首相は笑った。問題の本質には一切ふれず、「女は感情的で困るよね」という方向に話をすりかえた。うまいものだなぁとテレビの前で感心した。

福田官房長官は、NGO参加拒否についての意見を求められて、「終わったことですしね。とくにこれ以上つきつめることもないのでは」とのんびりした口調で記者に答えていた。終わったことを追求しなくてよいなら、世の中に犯罪はなにひとつない。

誰も真相を究明する気はなかったのだ。

「これからの国会審議、補正予算をはじめ、本予算、 一日も早く成立させなければならない。なおかつ、外交上の問題は山積みである。国益を考えると、私としてはやむを得ない選択だった」。田中外務大臣の更迭について、小泉首相はこう語った。

「国益」という単語が乱れ飛んだ一日でもあった。記者会見のあとには、自民党議員、野党の代表者など、多くの人のコメントが流れた。自民党議員はほとんどの人が「国益を考えると、総理の判断は望ましいものである」というようなことを言っていたように思う。

当の鈴木宗男氏でさえ、「総理の英断には敬意を表します。国益が第一ですから。国益を考えるとですね」と短いコメントのなかで、ことさら国益を強調する発言をした。

そもそも国益を損ねたのはキミではなかったのか。ことの発端はNGOの参加を拒否したことにある。アフガニスタン復興のために世界の国々が集まる場所に、自国のNGOの代表を参加させないという汚点をさらけだしたのである。その重大さをわかっているのだろうか。

鈴木宗男氏が圧力をかけていなかったとしても、「政府を批判しているのに、なぜ政府主催の会議に出たいのか」というひとことは聞き捨てならないものだ。政府に迎合するものしか相手にしないということになる。世界のジャーナリストは、先進国である日本の議員のこの発言をどう受け止めただろう。

「国益」という言葉には、有無をいわせぬ威力がある。日本の国の利益なんですから、国民のためを思ってやっていることなんですから。わたくし個人の都合や利権、党内派閥、あっちの恩、こっちの義理でやっているわけでは毛頭ないのですから。なんといっても国益ですよ、コクエキ。

予算を通すことも重要であるし、外交問題をテキパキと片づけなければならない事情もよくわかる。しかし、真に国益を考えるならば、田中外務大臣を更迭したのは大きな間違いであると思う。

田中真紀子氏が外務大臣になって、多くの人が外務省とはどんなところなのかを知ったはずである。大臣不在の人事異動からはじまり、機密費事件などを含め、外務省の体質を徹底的に変える必要があると田中外相は意欲を見せた。伏魔殿といわれる外務省に斬り込んでいったのである。これこそが構造改革なのだと、わたしはわくわくして見守っていたのだ。

たしかにトラブルの絶えない人ではあった。就任して間もなく秘書官を記者の前で怒鳴ったり、激しい物言いで人を遠ざけ、事務方との関係もうまく築けなかった。外務大臣としての資質を問われることもたびたびだった。

しかし、資質を問う以前に外務大臣としてまっとうな仕事をさせてもらえたのだろうか、という疑問が残るのである。事務方から何の連絡も受けていない、資料を渡してもらえない、知らされていない。田中外相はそう訴えていた。事務方が協力をせずに、どうやって大臣としての仕事を進めることができるだろうか。

斬り込まれる側としては痛くて仕方がないだろう。これまでのやり方でじゅうぶんうまくいっていたのに、体質改善などされたものではたまらない。自分の身を切り刻もうとしている者にみずから協力する人などいないだろう。外相と事務方がもめればもめるほど、事務方にとっては好都合だったのかもしれない、と今は思える。

外交問題をスムーズに進めるためには、田中外相に辞めてもらうしかない、という決断がくだされた。外務省の体質改善に励むと、本来の外交が滞ってしまうからである。つまり、永遠に外務省は改革されないということである。

田中氏のような人が外務大臣であることが国益につながると、わたしは信じていた。だが、もう田中真紀子外務大臣のような人はあらわれないだろう。

国会の予算委員会を丸一日ストップさせて作り上げた統一見解は、田中外務大臣と野上事務次官が更迭、鈴木宗男氏は議員運営委員長の職を辞すると発表された。「ケンカ両成敗」という言葉が使われた。

わたしは子どもの頃から「ケンカ両成敗」が不服でならない。どちらが正しいかそうでないかは関係なく、とにかくケンカした両方に罰が与えられるなんて不公平だと思った。正しいことを貫き通したのに、間違っているやつらと全く同じ罰を受けなければならないなんて我慢できなかった。

仲裁に入った教師は「ケンカをしたお前は同罪なのだ。ケンカ両成敗、二人ともこれで文句ないだろう。はい、一件落着」と満足げに笑った。ケンカの理由も聞かず、どちらが先に手を出したのかも確かめず、どちらが正しいのかも知ろうとはしなかった。もやもやした思いばかりがつのり、無性に腹が立った。

今回の決定では、真相はなにひとつ明らかにされていない。審議を止めて国益を損ねたとされる三人を辞めさせるだけで、それで事件は終わりだなんて、ちょっとおかしくないか。NGO参加拒否について鈴木宗男氏の関与があったのか。田中外相と事務次官の発言はまっこうから食い違っている。真実はひとつである。誰かが嘘をついている。

三人を処分して、あちこちの義理を立てる。ほんとうのことは闇に葬られる。小泉政府の改革とはその程度のものだったのか。その先にいったいどんな国益があるというのだ。

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■井上以知子のひとくちコラム

●文字情報よりやはりテレビ効果は大きい

今回の事件を新聞で追っていると、頭が混乱した。田中外相、事務次官、鈴木氏、NGO大西氏、それぞれ言っていることが全くちがうのである。誰かがまったくのでたらめをいっているのだが、文字で追っているとそれがよくつかめない。

なので、なるべくテレビを見ることにした。記者会見やなにかのときのコメントが映し出される。テレビはこういうときに便利だなぁと思った。表情、話し方、言葉の使い方などに人柄がでる。ずっと続けてみていると、だんだん誰が嘘をついているのかが透けて見えてくる。


●森前首相のコメント

「田中真紀子氏が外相になると聞いたときから、私はこの人事には反対していたんだ。野上事務次官については、外務省で重要な責務を果たしているにもかかわらず更迭されるのはおかしいと思う」。

あいかわらず、なんだかなぁという発言をする人である。


●国対委員長に別室に呼び出されて

「役所の人間の言うことは信用するのに、その役所の大臣の言うことを信用しないのはどういうことなのか」。涙をにじませての田中外相のコメント。


●あれれ? なんで無視するの?

「19日に外務省幹部から、『鈴木宗男さんが朝日新聞の発言について怒っており、会議に出すことはできないといっている』という電話が来た」。

「以前にも鈴木宗男さんから直接わたしの携帯電話に電話が入り、『生意気だ』と怒られた」。NGO大西健丞さんの発言。

これだけはっきりと発言しているにもかかわらず、「お上」の人たちは大西さんの言葉など聞いていないかのように、田中外相と事務次官、鈴木宗男氏とのやりとりを水かけ論だと言う。「言った、言わないの論争では話にならない」と言うのだ。ちゃんとした証拠じゃないのよ。一般人の言葉はまったくアテにならない、聞く価値もないということなのかしら。


●グァムに行ったんだよん

年あけにグァムに行ってきた。新年1号はその話をエッセイにするつもりで半分ぐらい書いていたのだけれど、急きょ予定を変更してこのエッセイに。書かずにはおれなかった。でもグァムの話も面白いの。また今度。

by ichiko : カテゴリー:エッセイマガジン

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