2001年09月19日

安らぎの地を夢見てさまよう人々

その夜はめずらしくテレビをつけていた。10時のニュースが始まるやいなや、画面はCNNからの中継画像に切り替えられた。真っ青な空をバックにそびえ立つ2本の超高層ビル。手前にあるビルからもくもくと煙が上がっていた。

「これ、どこ? なにがあったの? どうしたの?」

画像が日本のスタジオに戻る。ニュースキャスターが状況を伝え、またCNNからの中継に戻ったときにはもうひとつのビルからも煙が出ている。字幕には「SECOND PLANE」とある。セカンド? なにがなんだかわからない。数分前の録画ビデオに切り替わり、黒いシルエットになった飛行機がすうっとビルの後ろに隠れ、直後にビルから真っ赤な炎があがった。

状況が把握できないまま、つぎからつぎへと新しい事実が報告された。煙のあがる国防総省が映り、ピッツバーグでの墜落事故が知らされる。ビルに激突した飛行機は、ハイジャックされた旅客機だという。誰もが同じことを考えた。これはもう事故などではなく、あきらかにテロ行為だ。テロリストたちによる同時多発のテロにまちがいないだろう。

旅客機を乗っ取り、その乗客の命を道連れにビルに激突する。ビルには、数多くの企業で働くビジネスマンがいる。そして、そのビルは世界で一番の大国、アメリカのニューヨークにあるのだ。

震えるような恐怖を感じた。こんなことが起きてしまうのである。信じられないような悲惨な事件に胸がしめつけられた。

テレビは残酷なものだと思う。最初に激突されたビルにカメラを向けていたがために、二度目の激突の瞬間をきっちりとカメラにおさめることになった。それがほとんどリアルタイムで世界中に流される。世界中の人がその瞬間を目の当たりにする。

ニュースでは何度も何度もこの場面が繰り返された。もう見たくない。あまりにも悲惨な瞬間だ。ときには旅客機の部分がクローズアップされ、スローモーションになる。見たくないと思いつつ、どうしても目はその小さな窓をのぞきこんでしまう。

あの窓の向こうに、誰かの母親がいる。誰かの息子がいる。誰かの恋人がいる。誰かの大切な人がたくさん乗っているのだ。そして、もう過去になってしまったこの瞬間、大切な人たちはまだあのなかで生きていた。


●それでも理由を追いかける

今回のようなテロ行為は、けっして許されるべきではないと思う。怒りと悲しみでいっぱいになりながら、それでもわたしにはどうしてもひっかかることがある。

ブッシュ大統領はいう。「平和な文明社会を脅かすテロリストには屈しない。悪を許しておくわけにはいかない」。ここで、なにかがわたしをひきとめる。「平和」という言葉だ。「平和な社会を脅かすな」という考えは、「平和な社会」に生きている者の一方的な主張のように聞こえてしまうのだ。

わたしはこの事件に悲しみを抱き、怖れ、怒りながらも、「あきらかに平和ではない人たち」が存在するという現実もあらためて知った。わたしたちが平和な社会を生きているいっぽうで、暗い闇のなかで暮らす人がいる。民間機をハイジャックしてビルに激突しなくてはならないほどの闇を抱えた世界が、たしかにあるのだ。

なぜこんなことをするのだろう。どうしてこんなことが起きてしまうのだろう。崩れ落ちていくビルを見ながら、わたしは別の世界のことを考えずにはいられなかった。なぜ?

テロに動機や理由はない、といいきる人もいる。平和な社会を脅かすだけで満足なのだ。宗教しか頭にないやつらが見当違いの暴力をふるっているだけなのだ。やつらは異教徒を殺すだけで天国に行けるんだからね。テロリストの行為にいかなる理由、大義名分、目的があったとしてもそれらを考慮する余地はない、という意見が多くをしめている。

それでもわたしは知りたいと思う。彼らがこれほどまでの事件を起こした理由を知りたい。テロは許されるべきではない、という簡単なひとことで終わらせたくないのだ。事件の背景にあるもの、暗闇の世界をわたしなりに理解してみたいと思う。


●旧ソ連のアフガニスタン侵攻で創り出されたものたち

テロ事件がおきるたびに、頭が混乱する。ここ何年かのテロ行為は、ほとんどがイスラム原理主義と呼ばれるものに関わりがあるからだ。イスラム、聖戦(ジハード)、コーラン、アラーという言葉を聞くだけで、どこか遠い別世界の出来事として受け取ってしまう。宗教とはかけ離れた生活をしているわたしには、理解できそうにないと敬遠してしまうのだ。

そして彼らについて知ろうとすると、もうひとつの大きな壁、中東情勢が立ちはだかる。聖地奪還、宗教の対立、パレスチナ問題、石油の利権などをめぐり、中東の国々には長い戦いの歴史がある。これはもうお手上げ、というぐらいさまざまなものが絡みあっているので、ひとすじ縄ではいかない。

さて。どこから手をつけるべきなのか。わたしは、今回の事件に大きな関わりがあるとされている、イスラム・テロ組織の有力者、オサマ・ビン・ラディンを一本の柱にして考えてみることにした。ビン・ラディンの略歴を追い、彼の言葉をひろい集めていくことでこのテロ事件の背景を読み解くことができるのではないかと思う。

オサマ・ビン・ラディン。事件のあと、聞き慣れないこの名前が毎日のようにニュースで流れるようになった。サウジアラビアで財力を誇る建設業者の息子として生まれ、大学では経営学を学んだ。ビン・ラディンの名前がイスラムの世界で広く知られるようになったのは、旧ソ連のアフガニスタン侵攻のときからのようだ。

1979年、ソ連はアフガニスタンに侵攻した。イスラムの同胞を救うべく、世界中からイスラムの若者がアフガニスタンに集結した。20代の若者だったビン・ラディンも義勇兵のひとりだ。

当時は冷戦下にあり、アメリカはこの侵攻によってソ連がアフガニスタンまで勢力を広げ、インド洋に南下することを恐れた。アメリカは、CIAを通してアフガニスタンやパキスタンに経済支援を行い、軍事訓練にも協力したとされている。イスラム兵士に武器を与え、ゲリラ戦を教えこんだ。89年にソ連軍は撤退し、間もなくソ連は崩壊した。中東全域から集まったイスラムの若者たちは、それぞれの母国に帰った。聖戦に参加し、イスラム信仰を深めていた彼らが母国で見たものは、政治の腐敗、貧富の差、西洋社会への傾倒だった。

よりよいイスラム社会を再構築するために彼らは反政府運動を起こす。貧しい人々を放置し、石油の利権で腐敗する母国政府に戦いを挑んだ。彼らにはアフガンで身につけた軍事技術がある。爆弾を作ったり、銃撃戦は彼らの得意とするところなのだ。そして、大国ソ連に勝利した自信がより強い力になっていた。彼らの活動は母国だけにとどまらず、各国のジハードに参加するようになる。

現在、イスラム・テロ組織として世界中を脅かしているのは、アフガン侵攻のときに創り出されたイスラム兵士たちである。世界各地から集まった義勇兵たちは、世界各地にちらばり、それぞれにイスラム・テロ組織を作りだした。


●反米に向かわせた湾岸戦争

ビン・ラディンが母国に対して明確に反体制を打ち出したのは、91年の湾岸戦争からである。サウジアラビアにアメリカ軍を駐留させ、イラク攻撃を支援するサウジ王室の政策をまっこうから批判した。王室とつながりのあったビン・ラディンであるが、このことをきっかけにサウジ国籍をはく奪されている。

母国に対してだけでなく、アメリカに反感を抱くようになったのもやはり湾岸戦争がきっかけだった。異教徒、しかも兵士が駐留することで、自国は汚されイスラムの地に安らぎはなくなった。ここはイスラムの地だ、異教徒よ出ていけ、彼はそう主張している。

湾岸戦争は、アメリカを中心とする多国籍軍がイラクを攻撃することで始まった。発端は、イラクが隣国クウェートに突如侵攻し、クウェートの併合を発表したことにある。国連の安全保障理事会はイラクを非難し、クウェートからの撤退を強く勧告。撤退期限を過ぎてもなんの行動もおこさないイラクに対し、アメリカ・イギリス・クウェートの多国籍軍が武力行使に出た、というものである。

ミサイルを使ってイラクの拠点を徹底的に破壊し、戦闘機でイラク・クウェートの制空権を確保、地上軍も動員してイラクを追い込み、戦況は確定した。

イラクのクウェート侵攻は非難されるべきものである。しかし、最終的にミサイルを飛ばし、武力で制圧したアメリカのやりかたをビン・ラディンはどう見ていただろうか。アメリカに肩入れするサウジ政府をどう見ただろうか。

中東情勢を追うと、ほとんどの場合アメリカの介入がセットになってついてくる。ミサイルもワンセットだ。いまだに争いを続ける中東の国々には、先進国の介入が不可欠だとする人もいる。小さな国を武力で侵攻し、占領下におこうとするイラクのようなやり方を黙認すれば、中東諸国の国々ではいま以上に争いが絶えなくなるだろう。

では、イスラエルとパレスチナについてはどうなのだろう。イスラエルとパレスチナには、93年にオスロ合意という和平の約束がなされている。しかし、事実上、このオスロ合意は崩壊した。いまだにパレスチナはイスラエルに弾圧され、日々抑制された生活をしている。なぜアメリカはイスラエルにミサイルを撃ち込むまないのか。わかりきったことではあるけれど。


●パレスチナについて考える

テロ発生の後、ヨルダン川西岸地区で歓喜にわくパレスチナ人の様子が映し出されると、世界中から非難がわきおこった。テレビはやはり残酷なもので、旅客機が激突しビルが爆発した映像の後に、パレスチナ人たちの映像を即座に入れ込んだりする。

喜びにわく人々を見て、わたしもぎょっとしたけれど、そこにもやはり暗い闇の世界がある。テロを支持するパレスチナ人、それだけでは終わらせられないものが潜んでいる。

イスラエルとパレスチナを考えるには、1948年のイスラエル建国までさかのぼらなくてはならない。イスラエルは、ユダヤ人国家の建設をめざして、パレスチナ地方に作られた。世界中からユダヤ人を集めて、ユダヤの人々が豊かに平和に暮らせるように作られた国である。

当然のことながら、パレスチナ地方にはパレスチナ人(アラブ系)が住んでいたので、ユダヤ人は彼らを武力で追い立て、周辺諸国に難民としておしつけた。現在パレスチナ人は、イスラエルが67年の中東戦争でヨルダンから勝ち取ったヨルダン川西岸と、エジプトから奪ったガザ地区とよばれる狭い場所に隔離された状態にある。

イスラエル人は、ヨルダン川西岸地区からさえもパレスチナ人を追い出そうとテロ行為を行い、パレスチナ人はもともとイスラエルの領土は自分たちのものだったのだとテロ行為を行う。過激な報復を繰り返し、双方の憎しみは深くなるばかりだ。

93年に交わされたオスロ合意は、ふたつの地域をパレスチナ人による自治政府にするというものである。しかし、現実はイスラエル政府の占領下にあるといっていい状況だろう。投石する丸腰の子どもを、重装備のイスラエル兵が銃撃する、というのはメディアでも取り上げられた事実である。治安維持を目的にパレスチナ人に発砲したり、無数の弾圧を繰り返している。

前クリントン政権は、任期の終わる最後までこの中東和平問題に取り組んでいたように見える。が、ついにふたつの民族の和解は成立しなかった。パレスチナにとって、いつもはミサイルを飛ばし武力を行使するアメリカが、簡単に手を引いてしまうのは納得できないだろう。見て見ぬふりをしている以上、イスラエルつまりユダヤ人を支援しているととられても仕方のないことのように思える。


●安らぎの地を夢みる人々

オサマ・ビン・ラディンは、98年にABC・NEWS通信員のインタビューに答えてこういっている。「自らの国益を求めて他人、他の土地、他の名誉を攻撃しないようなまともな政府を求めよ、というのがアメリカ国民への私のメッセージである」。このひとことに、ビン・ラディンのアメリカに対する思いが集約されていると思う。他人とは誰のことか。他の土地とはどこを意味するのか。他の名誉とはなにを指すのか。

また、ビン・ラディンは母国を始め、イスラムの領土、とくに聖地からアメリカ人とユダヤ人が引き上げることを強く望んでいる。彼らの願いは、神が与えたであろう自分たちの地で、神の教えを守りながら、誰もが豊かに暮らせる国を作ることである。「神」とか「教え」とか、わたしたちには縁遠い言葉が出てくるのでどきっとするところもあるが、基本的な考えはごく自然なものであるように思う。

それは、イスラエルのユダヤ人にとっても、パレスチナ人にとっても共通の願いである。誰もが、自分たちの安らぎの地を求め、そこで平和に暮らしたいと思っている。陣取り合戦だ、といってしまうのはたやすい。しかし、彼らはアメリカのような土地にも、日本のような豊かさにも恵まれなかったという歴史も知っておかなくてはならない。ユダヤ人を差別して迫害したのは、西欧諸国を始めとする世界中の人々である。国をもたずに世界にちらばったユダヤ人たちは、彼らの聖地であるイスラエルに自国の建設を目指した。その結果、パレスチナ人を追い出すはめになった。現在起きているこの問題について、わたしたちはまったく関係ないといいきれるのだろうか。少なくともわたしは、それまでパレスチナ人のことなんて、これっぽっちも考えていなかった。「それは宗教、中東の問題だから」と言い捨ててしまえるものなのだろうか。テロ事件を喜ぶパレスチナ人を非難できるのだろうか。


●テロ行為は「熱」である

いうまでもなく、どんな理由があるにせよ、どのような背景があるにしろ、今回のようなテロ行為は断じて許されるべきものではない。このような事件は二度と起こしてはならない。テロ行為を肯定するために、わたしはこの文章を書いているわけではない。

今朝のニュースで、ある解説者が「テロリストたちは『熱』なのです。解熱剤を使えば熱はいっときおさまります。しかし、その熱のもと、病気を根本から治さないとまた高熱を繰り返すだけです」とコメントした。これはとてもいい例だと思う。

アメリカは軍事力で「報復」し、その熱をいっきに下げようという考えである。しかし、オサマ・ビン・ラディンとその周辺のテロ組織を潰しても、テロリズムを完全に撲滅することはできない。平和ではない、暗い闇の世界があるかぎり、また新しいビン・ラディンが生まれるだけなのだ。そして、軍事力で制圧すれば、その闇はますます濃さをますばかりではないかと思う。

わたしにはわからないことが山のようにある。

民間人を巻き込むことについて、ビン・ラディンは98年のインタビューでこういっている。「アメリカの政策は、民間人と軍人を区別していないし、女性と子供すら区別していない。長崎や広島などへの爆弾を使った連中なのだ。これらの爆弾は子供と軍の区別をつけることができるだろうか?」。

それは詭弁である、という見方もできる。アメリカが無差別に武力を行使した過去を持っているからイスラム組織も同じ手段を取る、というのが詭弁であるというなら、つぎの事実もまた同じである。

CBSテレビの調査によると、アメリカでは「敵の市民に被害が出ても報復するべきだ」という世論が66%に達しているという。「報復」を叫び、相手の国の市民を巻き込んでもかまわないというのは、テロ行為で歓喜していたパレスチナ人とどこがちがうのだろう。どちらが先に仕掛けたかで、民衆を巻き込む報復は正当化されるのだろうか。

また、「我々がなぜそれを行なったかを尋ねるな。彼らの政府が何をすることによって我々自身を守らざるをえなくしたのかを尋ねよ」とビン・ラディンは答えている。彼にとって、テロ行為はアメリカに対する先制攻撃ではなく、「報復」として正当化されている。報復は、またあらたな報復を呼ぶだけではないのか。

ニューヨークで亡くなった、あるいは行方不明になっている数千人の命はかけがえのないものだ。パレスチナやイスラエルの命もまた同じようにかけがえのないものである。今日こうしている間にも、発砲があり、それぞれにテロを繰り返していくつもの命が失われているはずである。それについては、嘆かなくてもよいのだろうか。

誰か、わたしの頭でもきちんと納得できるように、これらのことを説明してほしい。


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■井上以知子のひとくちコラム

●あれから一週間
あれから一週間、わたしなりにずいぶんいろんなことを考えた。わたしなどが書くべきものではないような気もするし、手に負えない問題でもある。国際情勢に詳しい方がお読みになったら、笑っちゃうような内容かもしれない。手に負えないなりに、ただ普通の一般人として「イノウエはいま、こんなふうに感じています」という思いで書いてみた。


●下劣な番組
朝のテレビ番組で、「イスラム原理主義を知る」というような内容をやっていた。丁寧にパネルを作って、それを指し示しながら、資料映像を使いながらの凝ったものである。けれど、内容はげっそりするほどお粗末なものだった。

イスラム原理主義では、女性は外を歩くときにはいっさい顔が見えないようにグルグルと布を巻くという掟があります。女性は職業を持つことができません。しかし、女性の医者だけは特別に認められています。夫以外の男性に肌を見せてはいけないという厳しい規律があるので、女性は医者にもかかれなくなってしまいますから。男性はアゴヒゲをのばすという決まりがあるので、髭を剃ってしまうと監獄にいれられます。アゴヒゲが伸びるまでは獄中から出ることはできません。などなど。

コメンテーターたちはいかにも驚いたというふうに「へー、そーなんですかー」といいながらも、あざ笑っている。見下している。

たしかにイスラムには、西洋社会では理解できないような規律がたくさんある。現代の文明社会にそぐわないものもあるだろう。けれど、こういったものだけを取り上げて、もっともらしくパネルを指し示しながら、何人ものコメンテーターがあれこれ勝手なことをいうのは無神経だ。

そのほかの教えというものを理解せずに、こんなものだけを取り上げる。そして自分たちとちがうからといって、それを見下したり、物笑いの種にするなんてお下劣である。

by ichiko : カテゴリー:エッセイマガジン

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