2001年04月06日

ラブリー&ファニー

松岡修造が『食いしん坊万才!』に出ていた。いつから食べ歩きの案内役になったんだろう。わたしが知っているのは、ちょっと小太りの友竹正則というおじさんが、料理にかぶりついていたころだ。もうかなり前のことなので、年がばれる。

つぎに見たときは、梅宮辰夫だった。テレビはほとんど見ないのでよくわからないが、こういう食べ歩き番組は「ちょっと元気のあるおやじ」の領分だと思っていた。

場所はオーストラリア。何日かにわたってオーストラリア版が続いているようで、この日は海から採ったばかりのカキを食べるという設定だった。真っ青な空と太陽にきらめく海。とれたてのカキをほうばる松岡修造の笑顔も、実にさわやか。なにもかもが、まぶしい。

やはり友竹正則とはちがうな、と思う。鈍色の日本海、荒れ狂う波をバックに、曇天の砂浜で地元の漁師とオヤジ友竹が寄り添うように七輪を囲む。わたしにとっての『食いしん坊万才!』は長いことそんなイメージであった。

オーストラリアは、あわび、カキ、ムール貝の養殖で有名な国である。透き通るような海で育った生鮮品の味は、世界的にも定評がある。そういえば、メルボルンから車で数分のところにあるビーチにも、あたりまえのようにムール貝がいた。石に貝がくっついている。ひきちぎって開けてみると、イタリアンパスタに入っているムール貝そのものだったのでびっくりした。こんなところに、ごろごろと転がっているものなのか。

さわやか松岡青年は、ぷりぷりの生のカキを食べていた。オーストラリアのカキは、日本のものとはちがって殻が小さいけれど、身はたっぷりと入っているのが特徴だ。貝を開き、ぷるるんとした身を口に運ぶ。

彼は、地元の人たちと流ちょうな英語で話していた。国際的なテニスプレーヤーだった彼にはあたり前のことだろうし、名のある家に生まれ、お育ちも良いので英会話はもともと得意だったのかもしれない。

生のカキのあとには、「カキ・ホットサンド」が紹介された。食パンにカキをはさみ、ホットサンドメーカーに入れる。こんがりと焼き色のついたパンを切ると、熱々のカキから汁がジュワーッとにじみ出る。身はミディアムレアでまだ柔らかい。

なんてうまそうなんだろう。パリパリの食パンにやわらかいカキ。焦げたパンの匂いに、カキの香り。食べたい。ぜひ食べてみたい。が、わたしはカキにはアレルギーがあるので、食べるとたいへんなことになる。生死をさまようハメになる。

まだ死にたくないので、その香りと食感、味わいを想像するだけにとどめる。英語堪能松岡好青年も感動したらしく、頬がゆるんでいる。そして彼はいった。

「Lovely!」

画面の下には、「おいしいですね」と字幕が出た。ああ、ひさしぶりにこの言葉を聞いたな、と妙になつかしくなった。

わたしは、ひとりの女性を思い出す。時はするすると9年前に戻った。満面の笑みで「Lovely!」を連発する、ラブリーなおばさんの顔が浮かんだ。

30歳になった年に、4週間のニュージーランドひとり旅に出た。往復の飛行機チケットだけを買い、あとは現地で気の向くままに好きな場所に出かけた。たどり着いた町の旅行店に行き、B&Bと呼ばれる宿を取ってもらい、翌日のバスを予約した。

ちょうどそのころ通っていた英会話教室の先生が、ニュージーランド出身だった。「ひとり旅をするなら、うちを使いなさい」と、クライストチャーチにある彼の実家に泊まることをすすめてくれたのだ。喜んで彼の実家にお世話になることにした。彼の家をスタート地点にして旅を始め、ぐるりとニュージーランドの南島をめぐり、そしてこの家で旅を終えた。

家族は、彼の両親と弟、妹の4人。一番仲良しになったのは、おかーちゃんである。50代後半と思われる金髪の彼女は、とても太っていたが、品のある美しい女性だった。

最初のころは、ネイティブ・スピーカーの発音とスピードに戸惑い、苦労した。あちらの人たちも、わたしの英語を理解できないようで、意思伝達がスムーズにいかない。

唯一わたしの英語を理解してくれたのがこのおかーちゃんだったのである。わたしも、彼女が話す英語なら完璧に聞き取ることができた。ほかの人が話をすると、おかーちゃんはわたしの横でもう一度同じことを「英語」で通訳してくれるという、なんとも変な会話になった。

家にいるときには、彼女はわたしをいろんなところに連れて行った。お姉さんの誕生日パーティー、息子が経営しているレストラン、スーパーのお買い物。

おかーちゃんは、「Lovely」という言葉がとってもお気に入りのようだった。正確にいうと、「Lovely」といったあとに必ず、「isn't it?」と彼女はいっている。「でしょ?」、「ね?」と同意を求めているらしい。

外に出て晴れやかな空を見上げて、「なんていい天気なのかしら」という。スーパーでベビーカーに乗った赤ちゃんとすれちがう。「んまぁ、なんてかわいいのかしら、ほらみて」と赤ちゃんに笑いかける。

お姉さんの家の庭先に咲いている真っ赤なバラを見つけ、くんくんと匂いをかぎ、花びらを撫る。「うーん、すてきっ。すばらしいわねぇ」とわたしにも触るように手招きする。

お友だちに手作りの刺繍のハンカチを見せてもらい、「まぁかわいい! なんてきれいなのかしら、ほらイチコも見て」と子供みたいにはしゃぐ。

どのときも、彼女は「Lovely, isn't it?」としかいっていない。カッコ書きの日本語は勝手なわたしの想像である。たったひとことなんだけれど、彼女の笑顔や豊かな表情、声の調子、言い方で、そんなふうにいっているんじゃないかなぁと思ってしまうのだ。

「Lovely」という単語が、もっとも生き生きして聞こえるのは、おいしいものを食べて満足しているときである。

息子が経営しているレストランで、デザートをごちそうになったことがある。大きなお皿に何種類かのアイスクリーム、ラズベリーとブルーベリーの実も添えられていた。アイスには、おいしそうなソースもふんだんにかかっている。彩りもとてもきれいだった。

お皿が運ばれてきたときの「Lovely」は、「まぁっ、すてき。なんてきれいなのっ」という感じだろう。ソースと一緒にアイスを口に入れ、続いてラズベリーの実もひとつ。「う~ん、たまらないわ」。

わたしはラズベリーの実を生で、あんなにいっぱい食べたのは初めてだった。ほんとうにすごくおいしくて、二人ともあっという間に大皿のデザートをたいらげた。

食べ終わったあとの「Lovely」には力がこもっていた。お腹の底から「らぁぶりいっ、らぁぶりいっ」と、二度繰り返されたので、満足度はかなり高かったようである。「Lovely」のほかにもうひとつ、「Funny!」も彼女がよく使う言葉だった。これはわたしの責任が大きいと思う。彼女にとって、「笑わずにはいられない、ときには奇妙な」ジャパニーズ・ガール、それがわたしだったのだ。

笑いを取ろうと思ってやったことは一度もないんだけれど、小さなミスやとっさの行動が彼女の笑いのツボにハマるらしかった。一番多かったのは、簡単な英語のまちがい、かんちがいだろう。

クリスマスが近いときでもあったので、おとーちゃんはキリスト生誕の話を聞かせてくれた。「三人の賢者は、生まれたばかりのキリストに三つのズボンを贈りました」。

「え?なんでズボン?」とはいていたジーンズを指さす。「それはジーンズ。わたしがいったのは、ズボン」「ズボン?やっぱりズボン?」「ノー、ズボンだ」

さっぱりわけがわからない。二人のやりとりを聞いていたおかーちゃんが急にゲラゲラと笑い出す。おかーちゃんには、かみ合わない二人の会話の謎がわかったのだ。「彼は『宝物・treasuresを贈った』といってるのよ。イチコは、『ズボン・trousers』と聞き違えているの。ほっほっほ・・・、funnyな子ね」

単語の間違いは日常茶飯事だった。砂糖がかけられたアイシングケーキを「冷凍のケーキ」だと勘違いしたこともある。そのたびに、彼女は笑いをこらえながら、「Funny!」というのであった。

醜態をさらしたのは、おかーちゃんの友だちの家に寄ったときのことだ。3人で午後のお茶を飲んでいるところへ、娘が帰ってきた。「ハーイ」という声とともにまっさきに駆け込んできたのは、恐ろしい顔をした犬だった。犬が苦手なわたしは、咄嗟に逃げた。

逃げた先は、食卓の上だった。犬がいなくなってほっとして我に返ると、いままでお茶を飲んでいた食卓の上でわたしは正座をしていた。あっけにとられて、言葉もでないお友だち。おかーちゃんは、びっくり仰天しながらわたしの顔を見上げ、「やっぱり、あなたって、どうしようもなくFunny」といった。ある日、くじらウォッチングの日帰りツアーから戻ると、おかーちゃんはわたしをトイレに連れて行った。手には、スプレー缶のようなものを持っている。

「トイレを使ったら、これをシューッとするのよ。こんなふうにね」

レモンの香りの消臭剤だった。便器のなかにシューッ、ぐるっとまわりながらそこいらじゅうに向けてシューッ。そんなに丁寧に実演してくれなくても、消臭剤ぐらい日本にもあるのになぁ。

そして、わたしは気がついた。わたしが家にやって来たときには、トイレに消臭剤は置いていなかった。何日かして、今日こうしてここの家にある。ということは。

わたしのウンコが臭かったのだ。彼らにとっては、わたしのウンコはあまりにも強烈だったのだ。欧米人は、匂いに敏感である。汗の匂い、口臭、わきが。それらを消すために、香水や口臭スプレーを日常的に使う。ウンコの臭いなど、もってのほかなのだ。

トイレ、といっても日本のような狭いトイレではない。8畳、いやもっと広い。手前には、大きな鏡のついた洗面台。すごくデカくて長い。その奥に便器。部屋の隅には、ガラスで仕切られたシャワーコーナー。

これだけの広さがあるんだから、ウンコの臭いなどすぐに消えるだろうと思ったのがアマかったのだ。欧米の便器には蓋がついていない。この家でもなかったし、公衆トイレ、オーストラリアの友だちの家でも蓋はなかった。蓋さえあれば、まだなんとかごまかせたものを。

たぶん、わたしがいない間に家族会議が開かれたのだろう。「イチコのウンコはヒドすぎる」とか、「あの臭いのなかで顔を洗ったり、歯を磨くのはもう耐えられない」、「東洋人のお腹はどうなっているんだ」とか、いろいろ苦情が出たのだ。とりあえず、わたしが滞在する間は、このレモンの香りで乗り切ろうと決定したのだろう。

そうか、そんなに臭かったのか。ちょっとショックだった。それがたとえウンコであれ、「臭い」と他人から指摘されるのは、傷つくものである。落ち込んだ。

なのに、なぜだか咄嗟に出た言葉が「Lovely,isn't it?」だった。わたしがニュージーランドに来て初めて口にした「Lovely」でもあった。

おかーちゃんは首を傾けて、「え?」とわたしの顔をのぞきこむ。

「あたしのウンコ臭かったのね。でもさ、それもまたラブリーじゃん? ね?」彼女ははじけたように笑った。目に涙をためて、お腹を抱えて笑いながら、「Funny, Very Funny!」とくちゃくちゃの顔でそういった。

東洋の女の面目はつぶれずにすんだ、と思う。あのままでは、おしゃべりなおかーちゃんはきっとお友だち連中に、「ジャパニーズ・ガールのウンコは、鼻がまがるほど臭いのよ」などといいかねない。それよりも、「ホントにFunnyなのよ」といわれるほうがマシである。たとえそれが「奇妙な」というニュアンスであっても。臭いといわれるよりはマシだ。

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■井上以知子のひとくちコラム

●誰にでも聞きまちがいはアル
おととし、友だちとバリに行った。現地人に「Are you single?」と聞かれ、答えにとまどう。わたしは結婚しているが、友だちは未婚。あきらかにナンパと思われたので、ここは二人とも結婚していることにしよう。などと考えていると、横にいる友だちが腕をひっぱり、「ねぇねぇ、なんでわたしのことを歌手だと思ったのかなぁ」ときく。「Funny」といっていたおかーちゃんの気持ちが理解できた瞬間。

●EXEファイル
ある大きなメルマガに原稿が掲載された。たくさんのメールが届いた。そのなかに、タイトルは無題、文章も書かれておらず、差出人の名前もないメールがあった。ただ、「BCBDG~」とかいう意味不明の名前のEXEファイルが添付されている。なんだろう、と思わずダウンロードしたくなる。

一歩手前でハッと気がつく。もしかして、これがウィルスってものかしらん。ここで安易にダウンロードして、ファイルを開いたら、たいへんなことになるんじゃないかしらん。ものすごーく腹が立ったので、メールのソースを調べる。大阪にある大手プロバイダの名前を発見。もう一度来たら、ID番号と一緒に告発してやろう。

●パスポートを更新
有効期限が6ヶ月を切ったので、さっそく更新に出かけた。免許証とかパスポートとかに使う写真って、どうして犯罪者の顔になってしまうのだろう。それでなくても、わたしはいつも入国の窓口で止められて、執拗に質問される。友だちは、「元赤軍メンバーの誰かに顔が似ているんじゃないの」などという。

●どこか遠くへ
せっかくパスポートも更新したことだし、どこか遠くに行きたくなる。怒濤の2、3月を乗り切ったご褒美。5月からはまた忙しくなりそうなので、4月しかチャンスがない。

いま行きたいのは、香港とベトナム。ベトナムに心ひかれたので、パンフレットを集めたり、インターネットで検索などをしてみる。調べているうちに、腰がひけてくる。ひとりで気軽に飛び出せなくなったのは、やっぱり年なのかなあ。冒険心を失ってしまった。

●心の友
4月は異動の季節。SOHOのわたしには関係ないことだけど、心の友のひとりが異動でまた遠く行ってしまった。いつかまた逢えるとわかっていても、離れるのはやっぱりさびしい。

by ichiko : カテゴリー:エッセイマガジン

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