2001年03月22日

Webデザイナーの憂鬱

わたしの名刺の肩書きは、上から「Web Design」「DTP」と並んでいる。おととしまでは、「DTP」のほうが上にあった。順番を変えたのは、これからはWebの仕事をメインに、本気でこれで勝負しようと決めたからだ。DTPの仕事は、いまは年に3本ぐらいしかやっていない。もう何年も前から依頼してくれるデザイン会社の仕事だけを受けている。Webと決めたからにはDTPからはいさぎよく足を洗おうと思うときもあるけれど、ゲームソフトの取扱説明書の作成なので面白くて手放せないのだ。

そしてもうひとつ。名刺の肩書きから「DTP」の文字を消すことができない。消したくないのである。わたしだけのこだわりかもしれないけれど、在宅で主婦でしかも肩書きが「Web Design」だけだったら、誰もわたしを信用してくれないような気がするのだ。


●在宅労働主婦の憂鬱

近くで行われるインターネット関連の集まりで、よく顔を合わせるDTPに詳しい青年がいる。デザイン会社でバリバリと広告や会報を作成しているらしい。

ちょっと相談したいことがあったので、彼に聞いてみようと思った。いつもは都内にある知り合いの印刷屋に発注していたのだけれど、Macのデータを受け付けてくれる地元の印刷屋を探していたのだ。

彼はにこやかに知り合いの会社を紹介してくれた。

「ここだったら何でも相談にのってくれるし、仕上がりもまちがいないですよ」「ありがとう。さっそく頼んでみようかな。いまちょうど特色2版のチラシを依頼されているんです」「あ、そうなの? それじゃあ・・・」

「それじゃあ」といった彼は、Macのデータ納品における注意点についてどんどん語り始めた。

「データはIllustratorだよね? じゃ、フォントは全部アウトラインを取っておくのが決まりね。写真は、データに貼っておくのはあくまでも見本だよ。出力用には写真のフィルムを持っていって別版扱いにしてもらうのがベストだから。データを渡すときに、自分のプリンタで出力した見本を持っていくのも忘れないように。それとトンボは・・・」

「あのう・・・」「え? なに?」「あのう、いちおうわたしも仕事で長いことDTPをやっておりますので、そのへんのことは大丈夫だと思います・・・」

黙ってやりすごすのが賢明で、そのほうがカドが立たないんだろうなとも思ったけれど、いわずにはいられなかった。このまま聞いてると、彼はきっとトンボのつけ方とか、特色版の作成の仕方とかまで説明してくれそうな気がしたからである。

だからなるべく、しずしずと、傲慢に聞こえないように「だいじょうぶなんですぅ」と話の腰を折ってみた。

「あっ、あっ、そうだった。そうだったよね」

やっと彼は初めて会ったときに差し出した名刺と自己紹介を思い出してくれたようである。

「そうだよね、DTPの仕事は長かったんだよね。知っていたのに、どうしてこんなバカな説明しちゃったんだろう。ホント、失礼なこといっちゃいました。どうしてこんなこといっちゃったんだろう・・・」

「いいの、別に気にしないでね」、それはよくあることで、キミだけがそうなんじゃないから、とあとのほうのセリフは心のなかにとどめておいた。

彼はとても親切な人である。いい人だ。まだ数回しか会ったことのないわたしに、印刷屋にきちんとしたデータを渡すためのノウハウを説明してくれる。思いやりにあふれている。

彼が心配してくれたのは、わたしが在宅で仕事をしている主婦のオバサンだったからではないかと思う。オバサンが目の前にいるだけで、以前聞いていたはずのわたしの経歴なんて吹っ飛んでしまったのではないだろうか。

たぶん、彼がMacをさわる前からわたしはDTPの仕事をしている。Illustratorは、一度描いたコーナーポイントは二度とスムースポイントに変更できなかった1.9.6のバージョンから使っている。Photoshopも、画像を決定したら二度と取り返しのつかないレイヤーなしのバージョンからだ。

8年前にDTPに出会い、当時はカルチャースクールでDTP三種の神器といわれるIllustrator、Photoshop、QuarkXPressの講師もしていた。そんなバックグラウンドは、出会って数回しか話したことのない人にはわからない。もちろん、わからなくて当然だと思うし、そんなことまで見抜いてほしいと期待しているわけでもない。でも、彼のように「勘違い」をしてしまう人は意外に多いのである。

勘違いというよりも、決まったイメージのなかに取り込んでしまうのだ。在宅で仕事をしている、主婦である。このふたつの事実は、人の想像力を貧しくする。バックグラウンドを知る前にそれを押しつぶしてしまうほどの威力を持った、既成のイメージだ。

もし、自宅ではなくてオフィスを持っていたらどうだっただろうか。「井上デザイン」なんていう社名が名刺に入っていたら。場所なんかどこでもいい。従業員もわたしひとりでいいのだ。

少なくともあの青年は、フォントはアウトラインで、という説明はしなかったろうと思う。


●さらなる憂鬱、Webデザイナー

在宅、主婦。仕事をするにはマイナスイメージである。どうせ主婦のお気軽なバイトなんだろう、ドシロウトの仕事なんだろう。そこに、「Webデザイナー」が加わると、もうこれは救いようのないほど、「決まった」イメージになる。

「ホームページの仕事してるの? あれってパソコンさえあれば誰でもできるんでしょ。家でひとりでできるっていうしさ、あたしもやりたいから教えてよ」とのんきに笑いかけてくるのは、友だちから紹介された主婦。

「Webデザイナーなんて、デザインの基礎もなくて、ちょっとMacをさわれるからってだけでデザイナー気取りの人でしょ。Macがなけりゃ、なにもできないって人ね」これは、広告業界で働く友人。

「Webなんてやってても将来ないよ。あれは学生とか主婦のバイトの領域だから。みんな安い値段で引き受けるから値崩れしちゃって、稼ぎにならないでしょ」そういったのは、昔の同僚でもあるデザイナー。

大勢の人が持っているイメージの、一部は真実でもある。

パソコン初心者でも、見よう見まねでホームページ作成ソフトの操作を覚えて、Web制作の仕事を受注している人もいる。学生や主婦がものすごく安い値段で仕事を請け負っている。デザインの知識などなくても、デザイナーになれる。

ついこのあいだ、発注先はデザインによって決めるという他社競合を二度も体験した。コンペという正式な形ではなかったけれど、トップページのデザインで発注先を決めるという。

代理店からFAXで送られてきた他社のトップページデザイン案を見て、わたしは本当に驚いた。それはデザインとはとうてい呼べるものではなかったのだ。素材集とイラスト集からコピーした図形が無造作にばらばらと並んでいる。女の子の絵、犬、3Dのボタン、何の脈絡もない絵が用紙の上に散らばっている。

二度目のコンペは、サイト上で相手のデザインを見ることができた。これもまた驚きであった。メイン画像がピンボケで、圧縮もされていない。社名のロゴはガタガタのジャギーがでている。Windowsで作ったらしく、Macの画面で見るとレイアウトが崩れている。あちこちで改行キーを入れているので、ちがう環境で見ると文章のレイアウトがぐちゃぐちゃに乱れているのだ。

どちらのコンペもわたしのデザインが通った。ふたつめは、なかなか返事が来なかったので代理店に確認の電話を入れた。

「デザインはぜひイノウエのほうを、ってクライアントはいうんだけど、予算があわないのよ」「だったら、落とします。いくらだったら通るんですか」

べらぼうに安い値段だった。それでも、落とすしかない。わたしが取らないと、あのジャギーだらけ、文章ぐちゃぐちゃレイアウトが通ってしまう。あんなデザイン、許すわけにはいかないのだ。

とにかく勝ち取った。なのに、心の底から「やったー、ばんざーい」と喜ぶ気持ちにはなれない。

仕事を受注できたのはうれしい。デザインが評価され、わたしが作ったものを使いたいといってくれたのは、本当にうれしい。でも、わたしの戦った相手はあんなレベルなのだ。意味のない図形をばらまいたページ、画像圧縮やユーザー環境さえ考慮していないページ、そういうものたちと同じ土俵に上げられるのだ。同じ予算で、同じ「Webデザイナー」なのだ。おととい、別件でデザイン会社を訪れた。初めての会社だ。名刺を見た相手の担当者は、「Webの仕事もしているんですね」と興味を示した。

「うちも、そろそろWeb制作にも手をつけなくちゃと思っているんですよ。これからいろいろご相談させていただくことになるかもしれません」

やった。新規クライアント先の開拓である。仕事状況やどんなサイトを作ったか、いろいろ話をして、最後に制作料金を聞かれた。相手の表情ががらりと変わった。

「いまどき、Webなんてシロウトでも作れるっていうでしょう? あなた、家でひとりでバイトしてるんですよね。なのにこの金額かぁ・・・。ぼくの知り合いなんかに頼めば、タダで作ってもいいっていうよ」

わたしの制作料金は、そんなに高くはないと思う。というか、かなり安い。それでもこのいわれようである。悔しいのでもうひと押ししてみようかという気持ちになる。

「ちゃんとしたものを作る自信があります。いままで作ったサイトのサンプルを見ていただければわかると思います。シロウトとプロが作ったものには、明らかに差がでると思います」

「うーん、でもクライアントはあんまりその『差』を気にしないのよ。っていうか、差がわかんないんだよね。世の中では、『誰でもできる』っていわれているでしょ。誰でもできるものなら、安いにこしたことはないしね」

机の下でわたしはこぶしを握りしめる。てのひらに爪が食い込んで、じんじん痛みが走っているのもおかまいなしに、強く強くこぶしを握りしめる。


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■井上以知子のひとくちコラム

●G4
先々週、新しいG4を買った。ものすごく快適。いままでの苦労がウソのよう。こんなに便利になるなら、とっとと買い換えるべきだった。8500や9500に、G3/400カードを入れ、IDEONボードを入れ、あれこれだましながら使っていたのがカナシクなる。

G4は電車に乗ってやってきた。「いますぐに欲しい!」といったら、夫が仕事の帰りに都内のお店で買って担いできた。

あの大きな箱である。池袋から、西武池袋線、秩父線と乗り継いで来るとは。箱をヒモでくくり、そこに鞄につけてあったストラップをつけて肩から箱を下げている。なんとも、根性の人だ。

友だちにこの話をしたら、「イノウエさん、いいダンナさんを持ちましたね。やはり、男は力持ちにかぎります」とな。ほい、感謝しております。


●なんだ、あと14台
Macだけでも、これで7台目になる。DOSとかWindowsマシンを入れるとけっこうな数になるはずだ。マシンオタクではないと思っているので、できるかぎりマシンは長く使いたいと願う。

「ああ、60歳まで働くとして、あと何台買うことになるんだろう・・・」わたしは、ちょっと憂鬱になってつぶやいた。

「お、おい、60まで働くつもりかよ」夫は、マシンの数よりもわたしが60歳になってもマウスを握ろうと思っていることに驚いたようである。そりゃ、働かないとならんでしょ。

冷静になって計算してみる。60歳まであと21年。過去を参考にすると、だいたい1年半で1台買っていることになる(サブマシンも含めて、である)。21を1、5で割ると、答えは14。なんだ、あと14台だ。


●F1
F1の季節である。今年はホンダエンジンの調子もいいようなので、BARホンダもいい線まで行くかも知れない。

と思っていたら、開幕戦のメルボルンで愛しのジャックは壁に激突して宙を舞った。わずか5周。はずれたタイヤに当たって、コース係が一人死んでしまった。

第二線のマレーシアも早々にアウト。今年もダメなのかしらん。


●「いずれも初期デザイン・HTML制作」
自分のサイトで、Webデザインのギャラリーみたいものを作っている。一番上に「いずれも初期デザイン・HTML制作」という断り書きがあるのを、ほとんどの人は気がつかない。

これもわたしのこだわりである。納品時のデザインとデータしか「わたしが作りました」といいたくないのだ。

Webデータは、作成したあとに勝手に書き換えられてしまうのである。ちゃんと全体のデザインを考えて作ったのに、トンでもないイラストや写真を追加されていたりする。社内更新したのはいいけれど、表組がくずれてぐちゃぐちゃのレイアウトになっている。いろんな文字を勝手に「点滅」させられていたりする。

ひどいときには納品した翌日に、いろんなものが変えられていたりする。修正したいのならどうしてわたしにいってくれないのかな、とも思う。ほかにもいっぱいある。いちいち怒っていてもバカらしいので、ほうっておく。

わたしのサイトで、各サイトへのリンクをしていないのは、そういう理由からでもある。リンクしたサイトを見て、「ほう、イノウエが作ったのだな」と思われると困るのだ。


●春の味
この季節になると、春の山菜が食卓にのぼる。隣に住む義母が庭や裏山、散歩の途中で集めたものを料理してもってきてくれるのだ。

ふきのとうの天ぷらは絶品である。かんだときのほろ苦い味や、最後に残る苦み。実は去年までわたしはこれが苦手で食べられなかった。今年はなんだかとってもおいしくて、バクバク食べている。おとなの味がわかってきたのかも。

カンゾウの酢味噌あえ、これもさっぱりしている。わたしはいまだに、カンゾウとほかの雑草との区別がつけられず、一緒に散歩に行っても採取しない。

うど、タラの芽、つくし。田舎の春はおいしい春である。

by ichiko : カテゴリー:エッセイマガジン

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