2001年03月07日

ひとくちコラム

エッセイはお休み

今回はエッセイはお休みです。そのかわり、ひとくちコラムを書きます。そちらでお楽しみいただければと思います。

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■井上以知子のひとくちコラム

●同じ細胞でちがうものをアウトプット
デザインをするのも文章を書くのも、やっていることは同じだなぁと思う。背景の上に一枚ずつレイヤーを重ね、色を変え、構図を整え、全体の絵を創り上げていくデザイン。文章を書くときも、形はちがっても結果にたどり着くまでの過程は同じ手順だ。

やっと最近そのことに気がついた。けれどこのふたつの作業では、脳ミソのなかの同じ細胞を使いながら、まったく別の形としてアウトプットしなくてはならないのだ。そこんところが結構キツい、ということにも気がついた。

割合として、だいたい五分五分の量だと脳ミソは冴えてくる。同じ部分を使ってちがうものを創っていると、それぞれが影響しあってミソはうま味を増すのである。

しかし、どちらかに比重がかかりすぎるとそれひとつしかできなくなる。デザインばかりに追い立てられていると、ミソは「デザイン疲労」を起こし、くたくたに疲れてしまう。別なものをアウトプットする余力などない。デザイン制作専門ミソと化してしまうのだ。逆もまたしかり。うまくいかない。


●きしべめにみゆ
ある本のなかに、この句が出てきた。この部分だけである。「岸辺目に見ゆ、泣けとごとくに」まではすらりと出た。しかし、最初の部分がまったく浮かんでこない。どういう気持ちでなにを思って詠んだかという歌の解釈まで覚えているのに、肝心のその歌を思い出せない。いらいら。

ここはやはり文学部卒のあの友だちに聞く。速攻でメールの返事が来る。「よくぞ聞いてくれた。わたしは啄木の歌100首を完全暗記しているのだ」と興奮している。さすが。やっぱり彼女に聞いて正解。すっきりした。

ついでにいうと、もうひとつ。思い出したいけれどどうしても思い出せない歌がある。情景は、川面に紅葉したもみじの葉が浮かんでいる。その葉を見て、「ああ、上流のほうはもう紅葉しているらしい」と詠んだものだ。

最後は「らる」で結ばれていると思う。だって、推量の助詞「るらるすさすむしむずじざりましまほしむずり」を習うときに、この歌が出てきたのだ。20年以上も前なのに、フレッシュだった脳ミソはこんな暗号みたいものをいつまでも覚えている。なのに歌を忘れているって、バカみたい。

誰か思い当たる人は、教えてください。

●この2週間で見たビデオ・DVD
『恋愛小説家』、『007・ワールドイズノットイナフ』、『アメリカンビューティー』、『スリーピーホロウ』、『シックスセンス』、『ミッショントゥ・マーズ』、『エリン・ブロコビッチ』、『インサイダー』。

「アカデミーを取っていようが、どんな賞を取っていようが、作品の善し悪しにはなんら関係がない」ってことを学んだ。脳ミソがかたほうに寄ってしまうのを敬遠して、ときどきこんなふうにたくさん映画を観る。ああ、時間の無駄だった、と思うことのほうが多い。


●赤福20個とうぐいすおたべ、さくら生八ッ橋
先日、夫が名古屋まで出張に行ったので、「帰りの新幹線の駅で、必ず赤福をゲットすること」という指令を下した。ういろうなど買ってきたら、家に入れてやらないから、という脅しもかけた。

たぶん一番大きな箱ではないかと思われる、20個入りを下げて帰還。蓋をあけてうっとりした。大きな箱いっぱいに、あんこがてらてらと光っている。あっという間にたいらげてしまった。

翌日から夫は京都に出張。旬の時期にしか食べられないという生八ッ橋のうぐいすバージョン「うぐいす・おたべ」を買ってきた。お上品なうぐいす餅。なかのあんこもうぐいす色で、うぐいす豆がひとつぶ入っているのもよろしい。

そして昨日は、生八ッ橋の「さくら」。ピンク色の風味豊かなあんのなかに桜の葉をきざんでまぜてある。春の味。春の香り。

ここのところ、夫は京都、大阪、名古屋と関西方面の出張ばかりだ。ほとんど日帰りなので、体力的にはつらそうである。そのまま関西にステイしていたほうが便利じゃないかと思うが、出張のあいまに都内の仕事が入っているのでそうもいかないらしい。わたしとしては、いろんなお菓子が食べられるのでシアワセ。

生クリームやケーキのような洋菓子がこの世からなくなっても、わたしは平気である。だが、あんこ系が消えてしまったら、生きていく支えがない。


●生ノリ
友だちのメールには、よく昨夜の夕飯の様子が書かれている。男なので自分では作らない。母親の手料理である。つい先日は、「ノリのみそ汁がうまかった」とある。大好物だという。

わたしは「ノリの入ったみそ汁」を想像できなかった。そんなの、一度もお目にかかったためしがない。ノリ? 手巻き寿司のノリ? 佃煮? どっちにしても、ドロドロだ。どうやって作るんだろう。

しつこくメールで聞く。どんなノリを使うのか、どんな味なのか、ほかの具も入っているのか。

翌日、彼から電話が来る。「いま、おふくろとかわるから」。電話をかわったお母さんは、「生ノリを使うんです。さっき、そちらに宅配便でお送りしました」という。作り方も教えてくれた。水洗いした生ノリをお椀に入れておく。そこに、味噌をといたダシ入りのおつゆを注ぐだけなのだ。「煮てはだめよ、どろどろになっちゃうから」。好みによって、具を入れても入れなくてもいい。

ありがとうございました、とお礼をいうと、「ついでに、生ワカメといわしのすり身、それから釜あげシラスも入れておきましたから」とお母さん。うへー。そんなー、そんなにいろいろ送ってくれたなんて、叫びだしそうなくらいうれしい。彼は沼津に住んでいるのだ。産地直送である。

翌日、宅配便が届く。保冷用の箱をあけると、ぷ~んと磯の香りがした。さっそく、ヤツが大好物であるという生ノリみそ汁を作る。ノリの量がわからないので、最初はちょっとだけ。

そうか、こういう味なのか。お椀から香る海の匂い。とろりとした食感。んめー、とにかく、うまいのだ。洗っておいたノリをどさどさと追加したら、もっとおいしかった。これはやみつきになる。

いわしのすり身は、みじん切りのネギとおろしたショウガを混ぜて、沸騰したお湯のなかに落とす。ワカメも細かく刻み、揚げも入れて、味噌をとく。これもまた絶品。

釜あげシラスは、近所のスーパーでも同じ沼津産のものが売られている。だが、なぜだか味や香りはまるで別物だ。彼から届いたシラスは、まったくちがう味がする。

脳ミソは回転しないのに、食べ物の話になるとタイピングの手が止まらなくなる。

by ichiko : カテゴリー:エッセイマガジン

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