2001年02月23日

バナナ・イン・パンツ

ふっと照明が暗くなる。何の前ぶれもなく、いきなり、唐突に、ろうそくが消え入るようにあたりはすーっとほの暗くなる。会話はぷつんと途切れ、食事の手も止まる。まわりの人たちはざわざわしながら落ち着かない様子で顔を見合わせている。

ああ、あれか、とわたしはちょっとうんざりした気持ちでそれを迎える。おつぎは、スティービー・ワンダーのあの曲だろう。お決まりの陽気な曲が流れるなか、店の従業員たちがうやうやしく通路を歩いてくるのだ。まるで捧げモノを供えるように、バカみたいに厳粛な顔をして。ろうそくを灯したケーキを手にたずさえて。

スティービー・ワンダーとろうそくケーキは標準セットであり、店によって独自のカスタマイズがある。従業員がずらりと並んで、お客の名前を入れ込んだ歌を合唱したり、ぐるりと取り囲んで記念写真まで撮ったりする。ケーキに花束が加わることもあれば、バチバチとハデに飛び散る花火が刺さっているときもある。

豪華さをかもしだすポイントは、従業員の数らしい。ひとりふたりではしみったれた感が否めない。厨房でフライパンをふっている料理人をのぞき、従業員を総動員して大仰さと豪華さを演出する。

ハデになればなるほど、バカっぽい気がしてくる。しらけた気持ちになる。腹立たしくさえある。たかが誕生日である。一年に一度は誰にも必ずやってくる。みんなが平等に与えられた日だ。不公平な世の中で、これほど平等なものがあろうか。一年に一度、人は必ず年を取る。

お誕生日を祝うことをどうこういってるのではない。騒げばよい。好きなだけ祝えばよい。大きな花束もプレゼントの数々も、もらえるものは何でももらおう。線香花火のような飾りで満足せずに、このさいだから景気良く打ち上げ花火でもぶっぱなしてもらいたい。

でも、どうしてレストランで従業員と、なのだ? まわりのアカの他人までも巻き込んでハッピーバースデーをする理由はなんなのだ?

青山、赤坂、新宿、こないだは池袋でも「レストランでバースデー」の洗礼を受けた。都内のちょっと洒落たレストランではよくあることだ。週末の夜ともなると、店にいる3時間のあいだに三度も暗くなったりする。そのたびにお決まりの曲、従業員の行進、形ばかりの拍手だ。

うんざりした気持ちで、暗いなかでパスタなんかを口に運びながらも、わたしは従業員の歩いていく先に目を凝らす。どういう人が今夜の「主賓」であるのか、見たいのだ。店の照明を落とさせ、音楽まで鳴り響かせ、大勢の従業員とお客を巻き込む誕生日の主の顔を確認したくて仕方がないのである。

このお祝いの形式を許されるのは10代までである。レストランで大勢のお客に注目されて、ちょっとハデなバースデーを迎えてみたい。バレンタインでもクリスマスでもないのにみんながお祝いをする、今日はわたしだけの特別な日なんだもん。

いじらしい。かわいげがある。若いころはあんまりお金がないのだ。従業員がずらりと並んで祝ってくれるサービスは、お金をかけずにリッチな気分を味わえるオトクさがある。友だちに囲まれて、ちょっと照れながらキャアキャアと声をあげている若い子を見ると、「まぁ、いいか。そんなときもあるよね」とわたしはほのかにやさしい気持ちになる。

さすがに、男がレストランで従業員からケーキを受け取っている姿は見たことがない。問題は、いかにも20代後半と思われる女である。それなりの洋服を身につけ、アクセサリーなどにも金をかけている女が、「レストランでバースデー」はカッコ悪すぎる。

もちろん、本人が「今日はわたしの誕生日なので」と従業員に申し入れるわけではないだろう。本人の知らぬところで友だちが仕組んでいて、店の明かりが消えたのだろう。しかし、この手のサプライズを受けるには、本人も同じような企画をしているはずである。内輪では、レストラン・バースデーが日常化しており、しきたりでもあるのだ。

カッコ悪いうえに、サビシイ人たちなのかなとも思う。たいてい、お祝いの席には何人か友だちがいる。気の知れた友だちと一緒に食事をしているだけで、シアワセなはずである。誕生日のために仲の良い友だちが集まる。それでも満足できずに、見も知らぬ従業員とたまたまそこにいあわせた大勢の客をも巻き込んで、祝ってもらわないとハッピーになれない。

どこでも同じような「レストラン・バースデー」を見かけると、もっと洒落た、個性的なお祝いは考えつかないのかな、と素朴な疑問がわく。お金なんてかけなくてもいい。豪華なパーティーじゃなくてもいい。ほかの人が考えつかないような、ちょっと気のきいた祝い方のほうがお洒落だ。

何年か前、友だちがアメリカの老夫婦の話をしてくれた。奥さんが留守にしているすきに、ご主人は段ボール箱となにやら格闘している。大きな、ちょっとくたびれた段ボールの箱。「なにしてるの?」と友だちが聞くと、男は箱を見せながらにっこり笑った。ある面の真ん中に小さな穴があいている。「ここに、コレを埋め込んでおくのさ」。ご主人は、小さな指輪を差し出した。「どうだ、いいアイデアだろ?」。

大きな箱を受け取る老婦人。でも箱の中身は空っぽで、プレゼントは箱のどこかの面にある小さな穴のなかで光っている。なんて素敵な贈り物だろう。指輪を見つけたときの奥さんの「やられたわ」という笑顔が目に浮かぶようだ。ご主人は、その横でちょっと得意げな顔をして、それをみつめているにちがいない。

やるなぁ、と思った。やっぱ、アメリカ人はどっかちがう。長年連れ添った夫婦でもプレゼントには指輪を贈り、段ボールの穴にプレゼントを埋め込むという憎いワザを使うのだ。愛である。愛があふれている。

わたしはコワザの効いた贈り物がだいすきだ。ウケねらいが好きなのである。老夫婦を例にとるなら、楽しみを受け取る奥さんよりも、アイデアをひねりだして箱に穴をあけたオヤジさんのほうに憧れてしまう。「やられたわ」と笑顔でほほえむのではなく、相手の驚いた顔を見て「やったぜ」と心のなかでつぶやきたい。

その年の夫の誕生日、わたしはあれこれ策をめぐらせた。オヤジさんのような、粋なプレゼンターになりたい。誰にも真似できないような贈り物を作りたい。いろいろ考えたあげく、ここはやっぱりガイジンに相談してみるのが一番だと思った。アイデア勝負の贈り物は、きっとお手の物にちがいない。通っていた英会話教室の先生に相談してみることにした。

「夫の誕生日が近いんだけど、今年はちょっと洒落た贈り物をしたいの」「どんなものを贈るつもりだい?」「何を贈るかというよりも、ラッピングや贈り方のほうでウケをねらいたいな」「ちなみに、去年はどんなプレゼントをしたのか教えてくれる?」

ここでちょっとわたしはためらった。その前の年は仕事が忙しくて、ゆっくりプレゼントを物色する時間もなかったのだ。仕事から帰る途中、駅前のスーパーで買ったもので間に合わせた。長い言いわけをしてから、ガイジン先生に去年の話をした。

「時間がなかったから、スーパーでトランクスを買ったの。できるだけハデな柄のトランクスをね。それとラッピングする紙とリボン。あわてて家に戻って、トランクスを買ってきた紙で包んでみた。でもね、なんか物足りないのよ。それだけじゃ、いかにも間に合わせですって感じでしょ。だから、もう一度スーパーまで走ったの」

スーパーで買ったのは、バナナである。トランクスのなかにバナナをいれ、ちょっぴり先っぽを前から出しておいて、形が崩れないように念入りにラッピングをした。

「バナナ? イチコ、バナナをいれたの?」と先生。「そうです。しかも、店で一番大きいバナナを買いました。ザ・ビッゲスト・バナナ」

先生は腹を抱えて笑った。目に涙を浮かべながら笑った。それからしばらく、わたしは英会話教室の先生たちに「ビッグバナナ」と呼ばれることになった。目に涙を浮かべながら笑った先生が、ほかの先生たちにおもしろおかしく語ったのだろう。どの先生も、授業が終わったあとや廊下ですれちがったときに、「ビッグバナーナ」と変なイントネーションをつけてからかった。

結局、その年の夫へのプレゼントはごく平凡なもので終わってしまった。アメリカのオヤジの域に達するのは、そうそう簡単なことではない。相談したガイジン先生からもいいアイデアは教えてもらえなかった。ただの笑われ損、のような気もする。

「だって、イチコ、無理だよ。ビッグバナナに勝る贈り物はない。ビッグバナナにくらべれば、僕の知っているアイデアなんてゴミのようなものさ」

ビッグバナナをしのばせたトランクスを受け取った夫は、ちっとも喜ばなかった。笑いもしなかった。困ったなぁ、という表情だった。だからあれ以来、この出来事は「重大な失敗を犯したプレゼント」として心のなかで封印していたのだった。

思わぬところでウケることになって、わたしはちょっと驚いた。と同時に、贈る相手さえ間違わなければ、なかなかいいアイデアだったのかもしれないなぁ、などとも思っている。贈る相手さえ間違わなければ。

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■井上以知子のひとくちコラム

●そしてわたしもひとつ年を取る
先日、誕生日を迎えた。レストラン・バースディーをやるのは、幸せな証拠。誕生日がうれしいうちはハナである。

30歳になったとき、まわりは大騒ぎをしていたが、わたしはちっともイヤじゃなかった。やっと30歳、これから楽しいことがいっぱい待っている、そんな気持ちがあったのだ。

39歳のわたしにはそれがない。いままでの人生で、これほど重苦しく、ブルーな誕生日は初めてだ。ずっしりと落ち込んだ。年を取るのがこんなにツラいことだとは思わなかった。目の前にあるのは、恐怖の40代である。

「やだ。アンタってば、やっと39歳になったの?」と友だちが怒りにも似た調子でいう。わたしは早生まれなので、友だちよりもちょっと年を取るのが遅い。9月生まれの友だちいわく、「年が明けた時点でわたしの心は40代だったよ」。

来年、40歳を迎えるときには、平静な気持ち保てそうにない。どこか遠い南の島で友だちと一緒にドンチャン騒ぎをしながら、現実をやり過ごそうと思っている。


●社長夫人
夫が会社を設立した。昨日、正式に登記が完了したらしい。「フリーになってすぐに会社を作るなんて無謀である」と設立に関してはわたしは反対したので、この件についてはカヤの外である。取締役にも入ってない。いままでどおり、わたしはひとりでフリーランスで仕事をする。

わたしの実家の両親は、「その年になって『何か新しいことをしよう』と頑張るのはすごいことである。まして会社を作るだなんて。アンタの夫はほんとにすばらしい」という。そうか、そういう考え方もあったか。実直、堅実ばかりを求めていたけれど、彼の頑張りも評価してやろう。で、バンバン儲けてくれれば、わたしは有閑マダムの社長夫人だ(笑)。


●有森裕子
村上春樹の「シドニー!」という本に、有森裕子のインタビューが載っている。友だちが「高橋尚子についてアンタの書きたかったことが、よりシンプルにわかりやすく書かれておる」と、そのページをFAXしてくれたのだ。

有森裕子は、高橋尚子が金メダルを取ったときに、あまりマスコミ受けしないコメントをした。いっせいに叩かれた。どんな気持ちで有森がそう言ったのか、わたしはとても気になっていた。

このページを読んで、妙にすっきりした。また、有森自身も満足したのではないかと思う。村上春樹の手によって、彼の本に載ることで、より多くの人に有森が本当にいいたかった気持ちが伝わるといいな、と思う。

FAXの最後に、「アンタは有森の考え方に共感するだろう。なぜなら、有森にとてもよく似ているから」と友人のコメントがあった。ついでに「わたしもそうである」とも。 

by ichiko : カテゴリー:エッセイマガジン

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