2001年01月12日

遠いところからのメッセージ

21世紀の幕開けは、北海道の実家で迎えた。元旦の朝、なつかしい部屋で目を覚ますと外は雪だった。凍てついた氷だらけの窓を開けると、大きな雪がわさわさと空を舞っていた。

雪国で生まれ、雪国で育ったわたしは、雪を見るとふしぎと心が癒される。あんなに冷たく、人のからだを凍えさせるものに癒しを感じるなんて、どこか矛盾している。

てのひらに落ちた雪がじわっと溶ける瞬間が好きだ。落ちたそばから姿を消す。落ちては溶けて、落ちては溶けて。てのひらだけではもの足りなくて、空を見上げて顔で雪を受ける。

雪はわたしのうえには積もらない。どんなに激しく降ってこようとも、絶対に積もらない。体温であたためられた雪のかけらは、じわっと溶けて、わたしのからだに吸い込まれていく。わたしが生きている限り、雪はわたしに積もらない。溶ける雪を通して、自分の体温を、生きていることを形として見るのが好きだ。

●同級生の自殺

今回の帰省は、両親と登別温泉でくつろぎ、一日あけて今度は友だちと洞爺湖温泉で湯につかるという、身も心もふやける休暇だった。

洞爺湖温泉に一緒に行った友だちは、高校の同級生だ。ひとりは、東京でもしょっちゅう会っている子で、一緒の飛行機で帰省した。実家も目と鼻の先である。もうひとりは、地元に住み続け、わたしたちが帰るのを楽しみにしていてくれる。実家に帰るたびに3人で集まり、この子の家に泊まったり、温泉に行って夜更けまで語り合ったりする。

いろんな話をしているうちに、やがて話題は高校の友だちの近況になる。「あいつでも結婚してくれる人がいたんだー」とか「あいつが社長になれるなんてねぇ」と、好き勝手にこきおろしては、みんなで大笑いする。

罪のない噂話だ。くさしたり、笑ったりできるのは、話題にするほうもされるほうものどかで平和な生活を送っている証拠だ。

「○○クンって覚えてる?」「名前はなんとなくわかる。そんな人がいたような気がする。顔は思い出せないなぁ。3年のとき、何組だった?」組を聞いても、わたしは彼の顔を思い出せなかった。

その彼が自殺したという。温泉旅館の夜は、一気にリアルな世界に引き戻された。誰が結婚したとか、誰が社長になったなんていう話は、テレビの芸能ネタを見ているようでどこか他人事だった。なのに、同級生のひとりが自殺をしたという知らせには、たしかな現実を感じた。これがわたしのいる世界なのだ、そういう身近さがあった。

「お金なの。ちょっとしたことで借金をして、それから彼は墜ちていくいっぽうだった。最初は、仲の良かった子はみんなお金を工面してあげてたんだよ。この年になればそれなりのお金は都合つけられるし、高校の同級生が困っているっていうなら何とかしようと思うよね」

借りたお金を彼が何に使ったかはわからない。けれど、会うたびに彼の仕事は怪しくなっていったという。訳のわからないなんとか商法だとか、得体の知れないお店を始めたとか、どう見てもまっとうな人生を歩んでいるとは思えなかった。

同級生のひとりが、「ちゃんとした仕事について、地道に働いたほうがいい。遠回りに見えても、それが一番確実な方法なんだぞ」と忠告しても、ちっとも耳を貸そうとしなかった。「一発大きな仕事をして、いままでの分を取り戻すんだ」。それが彼の口ぐせだったという。

そんなことを考えている人間に、まともな人間は寄ってこない。目つきもなんとなくおかしくなり、高校時代の友だちは彼との関わりを避けるようになった。それでも、彼はひとりずつ夜の居酒屋などに呼び出しては、1万円、5千円と少ないお金をせびるまでに墜ちていった。

しばらく彼からの連絡が途絶え、みんなの噂にものぼらなくなったころ。居所がわかったのは新聞かなにかのニュースだった。東北のどこかで、無銭飲食で捕まったのだ。「とにかく北海道から出て行ってくれ」と両親や兄弟からも見放された彼は、本州に渡っていた。

そして、そのあと、彼は自殺してしまったのだ。

温泉宿の一室はシーンと静まり返っていた。浴衣姿の女が3人、思い思いの格好のまま、ふとんの上で動けずにいた。しばらくしてわたしの口から出たのは、

「なんだか、ひとごととは思えない」

だった。隣のふとんで仰向けになっていた友人が我に返ったように、「そうよ。わたしも同じことを考えていた」とつぶやいた。

この話の怖さは、そんなのはひとごとだと笑い飛ばせないところにある。もしかしたら、それは彼ではなく、わたしだったとしても何のふしぎもないのではないか。知らない土地で無銭飲食をして、もう死ぬことしかできなくなったのがわたしでも、ちっともおかしくない。

彼のいきさつには、そういう身近さがあった。ほんのすこし何かを間違えただけで、自分も彼と同じ結果を迎えるかもしれない。温泉であたたまった体は、いつのまにかすっかり冷えていた。

そもそも、彼はごくふつうの人だった。ふつうの男子高校生だ。不良でもなく、先生や周りを困らせるワルでもなかった。借金の始まりは、車の事故だという。事故を起こし、車は大破してローンだけが残った。

そんなこと、よくある話だ。多くの人が、ローンを組んで車を買う。わたしだって、ローンで買っている。事故にしても、明日わたしが事故を起こさないとはかぎらない。誰にでも起こりうることがたまたま彼に起こり、彼は借金を抱えた。最初は、小さな借金だった。ちょっとなにかでひと稼ぎすれば簡単に返せるような金額だ。いままでの仕事では、借金を返すにも時間がかかる。新しい車だって買わなくてはならない。借金なんて早く返して、新しい車を買おう。だったら、もっとまとまった金の入る仕事に変えたほうが手っ取り早い。

短期間で高収入、楽をして大金を儲けられる、すぐにでもお金が手に入ります、そういう宣伝文句の仕事が世の中にはたくさんある。ウマい文句に誘われて始めてみたが、さっぱり金にはならない。借金は増えていく。

親に金を借り、友だちからも借りる。つぎの仕事がうまくいけば、これぐらいの金はすぐに返すことができるんだ。こんな借金、なんてことない。今度こそ、今度こそ。

彼の思考が手に取るようにわかってしまう。悲しいぐらい、わかってしまう。それは、追い込まれたときにはわたしでもそう考えるからだ。誰もが、同じように流される弱さを持っているのかもしれない。

やがて彼は気がつく。自分の手に負えないほどに借金はふくれあがり、家族に見放され、友だちにも愛想をつかされていることを知って愕然とする。そして、ますます彼はアブない道にのめり込んでいくのだ。借金を帳消しにするために、家族や友だちの信頼を取り戻すために、一攫千金、大逆転を狙う。

彼にはもう「地道に堅実に働く」という思考はない。地獄から復活するには、一発大きなことを成功させてお金を作り、名をあげないかぎり、周囲に顔を見せることはできないと信じてしまっている。そして、どんどん深い谷底へと墜ちていくのだ。

●他者を信じる心を持つ

事故を起こしたのは、彼の運気が下がっている証拠だった。そんなときに、新しい事業を始めたり、ひと稼ぎしようと行動を起こすのは無謀である。窮地に立たされたときにこそ、「地道さ」が効を奏すのではないだろうか。

いつもの仕事を、いつものペースで淡々とこなしていく。焦らず、急がずに、コツコツと続けていけば、大きなプラスも得られないかわりに大きなマイナスもない。運気が下がっている時期には、いつもの自分を保つことでやり過ごすしかないのだと思う。

彼のまわりには、たくさんの人がいた。家族も友だちも、お金を工面したり、彼が立ち直れるように手をさしのべた。地道に仕事をして、きちんとした生活をしている姿を見せれば、みんなの信用は取り戻せるのだといろんな人が励ましただろう。

やり直すチャンスは、何度もあったはずだ。それでも彼は現実に戻らずに暴走した。この世界に引き返せなかった。たくさんの人がいたのに。いろんな人が彼を思っていたのに。

彼には、聞こえていなかったのだと思う。届いていなかったのだろう。どんな励ましも、忠告も、彼にとっては雑音にしかすぎなかった。わたしはそんなふうに感じている。

まわりの人の言葉が足りなかったとか、思いやりに欠けていたというのとは、ちょっとちがう。言葉を受け止める彼のほうの問題だ。彼が心を開かないかぎり、どんな言葉も彼を引きとめる力を持たない。

人の言葉に耳を傾けるのは、その相手を信じるのと同じ行為だ。この人から送られるメッセージには何か重要な意味があるにちがいない、この人が忠告してくるということはもしかしたら自分は間違っているのかもしれない。相手の言葉によって、もう一度考え直し、我が身を振り返ってみる。それができるのは、相手を信用しているからだ。

どんな言葉も着地できなかった彼の心。どんな言葉にも動かなかった彼の心。彼は、自分と同じくらい信用のおける他者を作れなかったのだと思えてならない。

二十代のころ、わたしは「誰かに相談する」ということを一度もしなかった。どんなに大切なことを決めるときにも、人生の岐路に立たされて重大な決断を迫られたときにも、いつもひとりで考え、ひとりで決断をした。

自分のことは自分で考え結論をくだす。それが大人だと思っていた。他人に相談するなんて、自分で思考できない優柔不断な人間のすることだと軽蔑していた。

二十代に築き上げた独断と偏見にこりかたまった既成概念を、ひとつずつ壊して、また建て直していったのが、わたしの三十代だった。やっと他者の意見に耳を傾ける人間になれたのだ。

それは、わたしが軟弱になったのではなく、自分と同じくらいに信用できる友だちに巡り会えたからだと思う。いつもわたしのそばにいて、わたしの性格や思考パターン、癖、いろんなことを見ている友だちの意見は、やはり信用するだけの価値があった。人格を形成するうえで、人生を生き抜いていくうえで、友だちの言葉がどれほど貴重なものかを知った。

反発してしまうときだってたくさんある。まっこうから正反対の意見をいわれたり、否定されたりすると最初はやっぱり素直に受け入れられないものだ。「わたしの邪魔をしようとしているんじゃないのか」「成功するのを妬んでいるんじゃないのか」、そんなねじ曲がった猜疑心を抱く瞬間もある。人間って、本当に身勝手だ。

でも、冷静になってから友だちがいった言葉を整理してみると、なるほどそこにはちゃんとした理屈があり、第三者の鋭い分析があり、わたしへの思いやりがこめられているのである。そんなふうに、他者を通して自分を見つめる目を持てれば、道は踏み外さずに生きていけるような気がする。

ずいぶん前のことだけれど、ある講演会でこんな話を聞いた。なるほど、と納得したので、いまでも胸のかたすみに残っている。

「自分がやっていることに迷いを感じたり、これから何か新しいことを始めようと思っているなら、まわりにいる人にどんどんそれを話しなさい。

見栄をはったり、誇張したり、事実をねじまげて伝えてはいけません。あるがままの現実と、素直な自分の気持ちをあなたの信頼できる人に話してみるといいでしょう。

『それは、おすすめできないね』とか、『考え方が甘いんじゃないのか』と、否定的な答えが多かったら、あなたのやっていること、またはこれからやろうとしていることは成功しないと考えていいでしょう。

逆に、『それはいいアイデアを思いついたね』、『わたしにもなにか手伝わせてもらえないかしら』と肯定的な意見が多くかえってきたら、あなたは正しい選択をしています。

そういうふうになっているのです。あなたが自分で答えを見つけられないときに、ほかの誰かがかわって答えを持ってやってきます。占い師や霊媒師ではなく、あなたの身近にいる人たちが、メッセージを持っています。それは神からのメッセージなのか、宇宙からのメッセージなのかわかりませんが、とにかくそういうふうになっているのです」

他者を信じる勇気があれば、彼は死なずにすんだのかもしれないと思う。遠いところからやってくるメッセージを、彼には受け取るすべがなかったのだ。

東北で、彼は雪を見る機会があっただろうか。てのひらに、落ちてはじわっと溶ける雪を見て、生きていることを実感できなかったのだろうか。


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■近 況
◎21世紀
世紀が変わっても、なにが急に変わるわけでもない。真新しいなにかが用意されてるわけじゃない。昨日があって今日があり、そして明日がある。つながっている。新しい世紀を受けて前進することも大切だけれど、20世紀に成し遂げたものを振り返りながら、足もとを見つめて生きていけたらな、と思う。

by ichiko : カテゴリー:エッセイマガジン

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