2000年12月21日

わたしがロードスターを降りたわけ

あれほど気に入っていた車、ロードスターを降りたのは、いつかきっと死ぬと思ったからである。このままいけば、そう遠くはない将来、わたしは放物線を描き、この車とともに心中することになるだろうという予感がした。

死ぬといういいかたはおおげさに聞こえるかもしれないが、日常の生活で頻繁に使っているもののなかで、これほど死に近い道具はないのではないかと思う。ちょっとハンドルの切りかたを間違えただけで、減速のタイミングを誤っただけで、アクセルを踏む右足に力をこめただけで、簡単に他人を、自分を殺せてしまう道具なのだ。

普段、車に乗っているときは、もちろん「死」についてなど考えていない。車は、とくにわたしの住んでいるような僻地では、生活に欠かせない必需品だ。買い物も、病院も、駅までの道のりも、車があってこそである。車は生活を便利にしてくれる、ありがたい道具だ。

ロードスターに乗るようになってから、わたしは死を意識するようになった。運転するものを魅了し、ただ単に物を運ぶ道具以上の快楽を与えてくれる車。わたしは、この車に出会って運転の楽しみを知った。運転という快楽を覚えた。

楽しみを覚えたいっぽうで、わたしは自分がなにかとんでもない方向にひっぱられているような気がしてならなかった。ひきずりこまれるような快楽。もっと速く、もっとうまく、もっと、もっと。それはもう自分の能力の限界を超えていた。車ごとすっとんでしまうのは、時間の問題だった。

持てる力を錯覚させ、人の正気を狂わせる、この車にはそういう力がひそんでいた。すくなくともわたしにとってはそうだった。それまで乗ったほかのどの車にもない、妖しい魔力を感じずにはいられなかった。

運転免許を取ったのは、19歳のときだ。北海道に住んでいたころである。同世代の女の子のなかでは、割と早いほうだった。仮免も卒検も一発ですんなりと合格した。教習場に通う前から、もう車の運転はできるようになっていたから、一発で受かるのは当然といえば当然であった。

高校のころから、車は好きなほうだったと思う。学校帰りに、車好きの友だちと一緒にガードレールに腰かけて、通り過ぎる車を眺めたりしていたくらいだ。制服でぼうっと座っていると、ナンパされることもたびたびで、気にいった車だと気軽に乗っかってドライブに行ったりした。

いま考えると結構アブないことをしていたんだなぁとひやっとするが、当時はアブないことはなにひとつなかった。カッコいい車に乗せてもらって、ちょっと支笏湖までドライブし、お茶など飲んで楽しくおしゃべりする、なんと健全なナンパだったことか。

そんなことをしながら、ドライブ先の公園や浜辺でちょっとずついろんな人に運転を教えてもらい、免許を取れる年になるころには、ちゃんと運転を覚えてしまっていたのだ。わたしのお気に入りは、白のセリカとベージュの117クーペだった。セリカはいろんな色に乗せてもらったけれど、いまだに117クーペには乗ったことがない。永遠の憧れだ。

人の車にはうるさいのに、自分が運転する車にはまったくといっていいほど無頓着だった。こだわりを持たなかった。わたしが車にのぞんだことは、燃費の良さ、小ぶりで車庫入れがラクなこと、その2点のみである。デザインだの色だの、走りだの、なにひとつこだわらず、ひたすら実用性を追求した。マスタングを愛するいまのわたしとは、正反対である。

その後、東京に引っ越してからは車を持たなかった。都会は、車がなくても立派に生活できる場所なんだなぁと実感した。スーパーも病院も駅も、歩いて行ける距離にあった。車よりも電車に乗ったほうがはるかに便利で、安くて、時間もかからなかった。7年間、車のない生活をしたけれど、何の不便も感じなかった。

そして、5年前にここに越してきて、また車のある生活が始まった。山奥のへんぴな場所なので、車がないと生活が成り立たない。ふたたび車を買うことになったわたしは、やっぱり以前と変わらず、燃費が良くて、車庫入れの楽な小ぶりの車を選んだ。なんの特徴もない、ファミリーカーというやつだった。

わたしのなかに隠れていたスピード狂、というか、運転への異常なまでの執着心を目覚めさせたのは、ロードスターではなかったように思う。この環境だ。この地にやってきたことが、おおきな引き金になったのはまちがいない。

ウチから市街へと向かう道は、一本の国道しかない。山々の間を縫うように走る細いその国道は、いくつものカーブからなるつづらおりだ。右に左に、ぐらぐらと体を揺さぶるように、カーブが続く。週末の夜になると、走り屋と呼ばれる運転好きの人たちがブイブイとエンジン音をうならせてレースに興じるような道だ。

ファミリーカーで何度もその細い国道を行き来しているうちに、体の奥から妙な欲求がめらめらとわいてきた。カーブをひとつやり過ごすたびに、その欲求は強く、激しさを増すのだ。「この道を、もっと性能のいい、走り応えのある車で走ってみたら、どんなだろう。この急なカーブをぎりぎりのスピードで走り抜けるときの快感はどんなだろう」。

「どんなだろう」。想像するだけで、体の芯からぞくぞくした。それを知るしかない。体験するしかない。実際に自分でやってみて、そのぞくぞくの正体をみきわめたい。この異様なほど興奮した気持ちを静めるには、やってみるしかなかったのだ。

いつも車であふれている往復4車線の広い国道、信号で何度も止まるような道がわたしの買い物コースだったら、たぶんそんな興奮はやってこなかっただろう。妖しい欲求に取り憑かれることもなかったにちがいない。このカーブがわたしを駆り立てるのだ。この田舎の山道が猛烈に走ることへとわたしを駆り立てるのだ。

そして、わたしはロードスターに乗り換えた。ユーノス・ロードスター、Vスペシャル。モスグリーンの車体、タンの内装に革張りのシート、ナルディのウッド・ステアリング。そのデザインとたたずまいが、そのときのわたしの思い、走る楽しみを一番満足させてくれそうな車だった。

乗った瞬間から、わたしはこの車が好きになった。ぴったりと体になじむシートや、手触りのいいウッドハンドル、わたしの足にあったアクセルとブレーキの位置。人馬一体という言葉どおり、わたしは車とひとつになれた。

それはまるで体の一部であるかのように、わたしの意思に機敏に反応した。望んだとおりの動きを瞬時に実現してくれるのだ。いま、ここで、このタイミングで、これぐらいの勢いで飛び出したいと思ったそのとおりのことが、確実に叶えられた。

加速にはパワーがあった。ブレーキも信頼できた。こぶりな車体は、自由自在にきびきびと動いた。ほんのちょっとのアクセルの踏み加減、小刻みなハンドルの操作に、面白いほど手応えがあった。これは本当に驚きだった。タイミングもスピードもコース取りも、すべてが完璧にわたしの思いのままになるのだ。こんなすごい車があるだろうか。

田舎のつづらおりの細い国道は、わたしのレース場になった。おそるおそる70キロで突入していたカーブは、75、80とスピードを上げ、ついには85キロで踏み込むまでになった。

前を走る車は、追い抜きの標的だった。片側一車線の細い国道は、オレンジラインの追い越し禁止車線である。にもかかわらず、前を行く車を見ると追い越さずにはいられなくなった。

うちの飼い猫は、獲物を見つけると腰をかがめてじっと見据え、突撃する直前にお尻をぷりぷりっと二度ばかり振ってから、走り出す。そのぷりぷりの意味はわからなかったが、妙に愛嬌があるので、笑いを誘う。

だが、どうだろう。わたしも猫と同じように、突撃の前にはお尻を振っていることに気が付いたのだ。前に車を見つけるやいなや、「あら、見つけたわ」と戦闘態勢を整えるために皮張りのシートの上でぷりぷりっとお尻を振って座り直しているのである。

夜になると、レースはもっと過激になる。買い物おばさんや、お年寄りの車がいない夜は、運転に自信のあるドライバーばかりが走っている。車全体の流れが猛烈に速く、気を抜く暇がない。

ある夜のこと。ほかに車もなく、ひとりでカーブをぎりぎりに攻めながら運転を楽しんでいたときだった。ふいに、脇道から一台の車が目の前に割り込んだ。

車の少ない夜に、わざわざわたしの前に出てきたことが癪にさわった。追い越してやろうとアクセルに力を入れたが、いつになっても追い越すチャンスがつかめなかった。ふっと近くなるのだが、またふっと遠のいてしまうのだ。

どういうことなんだろうと気をつけて見ていると、ふっと遠のくのは急カーブの後だった。カーブの手前でわたしは減速する。カーブを抜けたあと、あわてて加速するので前の車に近づくが、またカーブで遠のく。メーターを見ていると、前の車は直線もカーブもずっと一定のスピードで走っていた。どんなカーブに入るときにも減速していない。そして、カーブのあとに加速もしない。常に同じスピードを保っている。

そんなことができるだろうか。かなりのスピードである。減速しないで、そのカーブを曲がるなんて、わたしには怖くてできなかった。だが、前の車はいとも簡単に、それもとてもあざやかにカーブをすり抜けていく。うっとりした。

ついていってみようと思った。同じラインを、同じように、同じスピードでついていってみよう。向こうがやっていることをわたしができないわけがない。

減速しないで踏み込むカーブは恐怖だった。アクセルに足を置いたまま、カーブに入ったとき、頭のなかがシンとした。このまま死んでもいい。この猛烈なスピードに乗っかったまま、車ごとすっ飛ぶなら本望だ。怖さなんて、もうどこかに消えていた。

一度きれいにカーブをすり抜けるとなんともいえない満足感があった。気持ちが高ぶり、体が熱くなる。わたしの望んでいたぞくぞくは、これだったのかもしれない。

夜の道を、前の車にぴったりくっついて走っていた。一定のスピードを保ちながら、つぎつぎにカーブをすり抜けた。あんなにきれいな走りは、もう二度とできないような気がする。

街に入り、交差点でわたしが左ウインカーを出したときに、直進していく前の車は信号が青にもかかわらずブレーキを踏んだ。タ、タ、タンと三度、赤いブレーキランプを点滅させて、走り去った。「よくできました」のごほうびの合図だったのかもしれない。

まるでドラッグだった。中毒のようにこの車に溺れ、わたしは自分をコントロールできなくなった。ただ単なる車。物を運ぶ道具にすぎないのに、その道具に翻弄され、我を忘れ、自分の能力が限りなく拡大していくように錯覚した。そして、確実にわたしは死をひき寄せていた。

このままいけば、わたしはいつか簡単に死んでしまうだろうと思った。乗るたびに死にひたひたと近づいていくのが、自分でもわかるのだ。だから、わたしはロードスターを降りることにした。あれほどわたしを惹きつける、不思議な力を持つ車には二度と巡り会えない気がする。

──────────────
■近 況
◎我が道をいくマスタング
マスタングとは、いまだにうまくコミュニケーションできない。「いまだっ」とアクセルを踏んでも、ひと呼吸おいてから、のっそりと動き出す。「そんな下品な動きはいたしませんことよ」とお叱りを受けているかのようでもある。ロードスターのつもりでカーブに入ると、ぜんぜん曲がりきれずに対向車線にはみだしてしまう。うんと減速しないと曲がってくれない。いやがおうでも、ゆっくりお上品な運転になる車である。

◎20世紀最後の風邪
前回のエッセイマガジンの近況で、風邪をひいたらしいと書いたら、そのあとすぐに高熱が出た。ふだんの体温が35.2度と異常に低いので、39度の熱はかなりツラく、世界がぐるぐる回っていた。あれから2週間、いまだに風邪は治らない。12月の宴会、デート、山賊のうたげは全部キャンセルだ。わたしが寝ているあいだに、あちこちで楽しいことが繰り広げられていると思うと悔しい。からだが弱いって本当に損だ。ものすごく損をしていると思う。でも、そんなからだでも、投げ出すわけにも、取り替えるわけにもいかない。

by ichiko : カテゴリー:エッセイマガジン

made by XHTML, CSS, Movable Type.
© Go Go ichiko. All Rights Reserved.