2000年12月07日

おいしい掘り出しもの

おととい、仕事部屋の模様替えをした。といっても、本棚の位置を変え、あいた場所に新しく買った本棚を置いただけなので、たいして代わり映えがしない。レイアウト的にはとりたてて大きな変化はないが、雑誌や書籍が片づいたので部屋のなかはずいぶんすっきりした。

雑誌はお気に入りのひとつかふたつをのぞいては、読み終わったらすぐに捨ててしまう。書籍も、本棚に入りきらなくなると適当な時期に整理をして、よほど気に入ったもの以外は、本屋さんに売りに行く。

それでも、本というものはどんどん増えていくものだ。ぎゅうぎゅうに本棚に押し込んで、文庫や単行本は奥と手前に2列に並べたりしてみるが、あふれた雑誌や書籍がどんどん床を占領していった。

ひとつの本棚では対処しきれなくなったので、日曜日に家具屋に新しい本棚を物色しに出かけた。「ホームセンターには安っぽいのしか売っていないからイヤ」とわざわざ遠くの家具屋まで足を運んだのに、わたしが選んだのは近くのホームセンターで売っているような安い本棚だった。

本棚なんてそうしょっちゅう買うもんじゃないから、値段なんてよく知らなかったのだ。「これ、いいな」と思ったやつは、4万4千円もした。4万4千円である。4万4千円といえば、デジカメが買える値段である。USB対応の新しいスキャナだって、MOドライブだって買える。

たぶん一生モノだから、こういうときこそお金を出すべきなのだ。しかし、デジカメにカネは出せても本棚にはしぶってしまうというのが、わたしである。

模様替えは、まる一日かかった。朝から晩までひたすら本の山と闘った。まずは、床の上の本をいるもの・いらないものに分け、いらないものはヒモでくくって廊下に出す。いまある本棚のなかの本たちもこのさいだから整理する。

棚から本を降ろし、取っておくものは、あっちの床のすみに積む。いらないものは、ヒモでくくり廊下へ。棚から取り出し、あっちの床。ヒモ。廊下。棚、床、ヒモ、廊下・・・。

本棚がからになるころには、床の上はどこも本で埋まり、わたしの両腕は慣れない力仕事でぷるぷると震えていた。からになった棚を震える腕で持ち上げて、別の壁ぎわに移動する。ちょっとでも力を抜くと、わたしの背丈より高い棚は頭の上でぐらぐらと揺れ、のしかかってくる。

まだまだ疲れているヒマはない。つぎは、新しい本棚の組み立てだ。玄関に置いてある段ボールの包みを居間に運ぶ。これがまた異様に長くて、重い。段ボールを開き、組立図を見ながら板をネジで止めていく。板そのAと板そのB、今度は板そのCで、じゃあコレはなんなんだろう・・・。じゃまするネコ2匹を追い払いながら、なんとか本棚は完成した。

できあがった棚を仕事部屋によろよろと運ぶ。値段のわりには、それほど悪くはない。あとは、それぞれの棚に本を入れれば、終わりである。なんだ、簡単じゃないか。

簡単ではあったが、予想以上に時間がかかることになった。それは、整理整頓の掟を破ってしまったからである。その掟とは。「整理している姿を、けっして人に見られてはいけない。もし誰かに見られたときには、わたしはその瞬間に鶴になって空に舞い戻らなくてはいけないのだ」。しかし、義母はわたしを見てしまったのである。というのは、もちろんウソで、「整理している途中で、けっして寄り道をしてはいけない」というのが本当の掟だ。

これは本にかぎらず、写真や机のなか、洋服ダンスの整理にも共通する決まりごとだ。「取っておくのか、捨てるのか」だけに焦点を絞り、瞬時に判断をくだしてサクサク、パッパッとより分けていくのが正しい整理整頓の道だ。

そうはいっても、「あら、こんな写真が出てきたわ。ああ、なつかしいわ」とついアルバムごと見入ったり、「こんな洋服もあったのね」と鏡の前であれこれ服をとっかえひっかえ着てみたり、余計なことをやってみたくなるものだ。

本を整理しているときにこの寄り道にハマると、大変なことになる。ついつい中身を読みはじめたりなんかすると、本当に止まらなくなり、片づけをしていたことさえ忘れてしまう。寄り道の誘惑に負けないためには、とにかくひたすら手を動かし、体を動かし続けるのが一番良いようである。動いているうちに、体は機械のように決まったパターンを持ってくるので、よそ見をする隙がなくなるのだ。

しかし、わたしは止まってしまったのだ。さて、ここいらで一服とタバコに火をつけたときに、ある雑誌のかたまりに目が行った。料理を中心とした主婦向け雑誌だ。

この雑誌には、ずいぶんお世話になっている。料理の基本的なことと、それを応用したレシピがのっているので、とても重宝なのだ。やさしく、誰にでもわかるように説明してくれているのも、ありがたい。

それぞれに特集が組まれているから、表紙を見ただけで内容がわかる。「ごちそう混ぜ寿司!」とか、「新じゃがのおかず」、「ひき肉のふだんおかず」、「ささっと元気どんぶり」なんて感じである。「グラタン」の号には、ホワイトソースの作り方があり、シーフードグラタンや白菜、ミートソース、ポテトグラタンの応用ものっている。便利だ。

数えると、23冊あった。なんたって古い雑誌である。どれくらい古いかというと、1991年版というからもう9年である。自分でも、あらためて年数を確かめて、ちょっと驚いた。ただの主婦雑誌をこんなに大事に保存している人なんているんだろうか。

9年前といえば、ちょうど夫と暮らし始めたころである。わたしはOLで会社勤めをしていたときだ。あわただしい毎日だったのに、料理の本を買ってきて、それを見ながらあれこれ夕食のことを考えていたのだ。けなげである。

あれから何度か引っ越しをした。あっちのマンションからこっちのマンションへ、引っ越しするたびに、23冊の古ぼけた雑誌とともに移動した。自慢できることじゃないが、料理教室に通ったこともなければ、誰かから教わったこともない。この雑誌は、いわば、わたしの料理のお師匠さまなのだ。

わたしはいまでも、さばのみそ煮をつくるときには「失敗しない魚の煮付け」号をひっぱりだすし、白あえが食べたくなったら「豆腐と厚揚げ」号を開く。使い込んでいるので、どのあたりのページにわたしが頼りにしているレシピがあるのかも、もうだいたい覚えている。

このさいだから、必要なページだけを切り抜いてスクラップすることに決めた。欲しいレシピのページはわかっているのだから、それを集めて一冊にまとめたほうが見やすい。雑誌まるごと保存しておく必要もなかろう。

すっかり寄り道にハマったわたしは、床にスペースを作って切り抜き作業をはじめた。いわしの甘露煮か、最近作ってないなぁとか、ごぼう入りハンバーグもおいしそうだなぁ、という具合である。「ひとさら10分のおかず」とか「レンジにおまかせ」という特集号をみると、ちょっと笑える。そして泣ける。忙しい時間のなかで、なんとか手軽においしいものを作ろうと苦戦していたのだろう。

切り抜きたいレシピはだいたい見当がついているのだが、ときおりページの上を折りこんで印をつけているのを見つける。すっかり忘れ去られているページで、なんだろうと開いてみると、意外にもバナナケーキやかぼちゃスフレというデザート類のレシピだったりする。

自分でも不思議で仕方なかったのは、「夏の手作り・おしゃれワンピース」というページに印がつけられていたことだ。なんで、こんなページを折り込んでいるのだろう。このわたしがワンピースを着る、しかも自分の手作りのワンピース! そんなこと一度でも考えたことがあったとは。気の迷いとしか思えない。

この年になって、「料理をするのが好き」とは軽々しく口にできない。そんなことをいおうものなら、素材にこだわり、工夫を凝らしたメニュー、だし汁やソースもお手製というような本格的な腕前を想像されてしまうからだ。

わたしの作る料理はごく普通で、それほど凝ったものではないけれど、料理を作るという行為は好きなほうである。台所に立つと、心が無になっていくのがわかるのだ。

いくつかのメニューを思い浮かべ、材料を揃える。あれを下ゆでしている間にこれを刻み、こっちのソースを鍋にかけ、つぎはそれを炒める。それからそれから・・・。

忙しいと、時間が惜しくて料理なんかしたくないときだってある。疲れていたり、気持ちがのらないときには、作るのが億劫でしかたない。面倒だなぁと思う。面倒なんだけれど、ひとたび作りはじめると加速がつく作業でもある。

料理は待ってくれない。洗って、刻んで、茹でて、炒めて、揚げて、味付けして。手際よく、スピーディーにすすめないとおいしいものは作れない。ひたすら刻み、フライパンをふる。

ふしぎな時間だ。料理を作っていると、ただひとつ「料理を作る」というだけのために生きているような瞬間がある。あわただしく手順を追っているうちに、日常のいろんなことが心から消えていくのだ。じゅうじゅうと焼ける音を聞きながら、わたしの心はどこか静かな場所にいる。

ひと仕事を終えると、心がリセットされて元気になる。作った料理を食べるとからだからも力がわいてくる。台所は、心とからだのエネルギーの源だ。

寄り道に時間がかかったせいで、全部の本が棚におさまったのは深夜をすぎていた。くたくたになった。でも、わたしにはあのレシピがある。いわしの梅煮や揚げ肉だんご、鶏肉のわかめ巻き煮、フルーツスコーンがあるのだ。


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■近 況
◎またしても風邪
今朝からノドが痛くて、午後からはぽっぽっと熱が出てきた。こんな忙しい時期に風邪なんてひいているヒマはないのだ。まったく、しっかりしてくれよ、わたしのからだ。

◎ネコにやられた炊飯器
炊飯ジャーが壊れた。正しくは「壊された」だ。外出からもどると、台所の床にごろんとジャーがころがっていた。棚から落ちた衝撃で蓋がはずれ、ウチ釜が飛び出している。ネコのしわざである。あばれているうちに、ついひっくり返してしまったのだろうけれど、ネコもびっくりしたにちがいない。蓋の留め金が割れてしまったので、もう使えない。仕方ないから、鍋でご飯を炊いている。けっこうイケる。ジャーよりおいしいような気がする。

◎絶品のストロベリー・チョコレート
今月発売されたばかりの、六花亭『ストロベリー・チョコレート』は、激ウマだ。フリーズドライのいちご(いちこじゃないよ(笑))をホワイトチョコでコーティングしてあるのだ。最初は、「なんだ、このいびつな粘土細工のようなものは」と口にするのをためらったが、かじるとサクッと歯触りがよい。いちごの香りが口に広がり、酸っぱさとチョコの甘さが絶妙である。マルセイバターサンドに飽きたかたには、おすすめ。

by ichiko : カテゴリー:エッセイマガジン

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