2000年11月12日

ふたたび粉瘤

秋になり、家の前は黄金色に染まった。一面に広がる栗林の木々が、いっせいに黄葉し始めたのである。

ひらりひらりと黄金の空から葉っぱが降ってくる。落ち葉が風に吹かれて舞い上がり、つんと冷たい空気の隙間は葉で埋め尽くされる。ただひたすら黄金の世界。圧倒的な美しさに、わたしは心底うっとりして、こんな日には恋の話を書いてみたくなった。

ひんやりする秋の一日に、切なく哀しい恋を物語る。ああ、恋。想像しただけで、胸がきゅうんとしめつけられるように痛くなる。

しかし、痛くなったのは胸ではなく、耳の裏であった。右耳の裏がじくじくと痛む。手を触れると、ぐりぐりのしこりが今にも破裂しそうである。そう、わたしの体はふたたび粉瘤に蝕まれていたのだ。じくじく。じくじく。恋の話などしているバアイではない。

今年の春、わたしはこの粉瘤に大いに悩まされた。一ヶ月以上、来る日も来る日も病院に通い、診察室じゅうに響きわたる叫び声をあげ、ほとんど麻酔がきいていない生き地獄のような手術まで受けたのである。

粉瘤(ふんりゅう)というのは、大きなニキビのようなものだ。脂肪がかたまり、皮膚の下にぐりぐりしたしこりができる。たいていは、放っておけばそのうち腫れがひいて、何ごともなかったようにすうっとへこんでしまう。

ぐりぐりが炎症を起こすと、事態はかなりやっかいなことになる。炎症をおこしたぐりぐりは化膿し、パンパンに腫れ、表面の皮膚が薄くなる。こうなると、ぐりぐりが自爆するのを待つか、勇気を奮いたたせて病院で切開してもらって楽になるか、道はふたつにひとつである。

出もの腫れもの所かまわず、というが、粉瘤も「なんでこんなところに? よりによって」という場所にぼこっとあらわれる。春にできたのは、なんと、頭のてっぺんだった。

頭のてっぺんに親指の先っぽぐらいのしこりができ、痛いなぁ痛いなぁと思っているうちに、みるみる膨れ上がり、毛が抜け落ち、1円玉のハゲができた。正直にいうと、腫れものよりもハゲのほうが恐怖だった。

最悪の結末をたどることになったぐりぐりは、寝ているときに枕にこすれて自爆した。一度の噴火だけではきれいにならず、毎日病院に通っては痛いところを切開され、悪いものを絞り出された。

それが二週間ほど続き、炎症もおさまったところで本格的な手術をした。脂肪のかたまりは、皮膚の下にこさえた袋のなかで身を肥やす。いま化膿がおさまっても、この袋を取らないかぎり、何度でも脂肪はそこに住みつこうとするのである。

もう二度とこんな苦しみとハゲはご免だったので、いさぎよく頭をかっさばいてもらって、袋ごと摘出する手術を受けた。頭皮は肉が少なく、麻酔もあまりきかない。ざくざくと頭のうえでなにか切られているのがわかるというのも悲惨な体験だった。脂汗のにじみでる手術にも耐えられたのは、「これでもうきれいサッパリ粉瘤とはおさらばできるんだ」というただその一点につきる。

手術のためにぐるりと剃られた5センチハゲも、日がたつにつれ目立たなくなった。ふさふさと生えた髪は、傷跡もきれいに隠してくれた。ハッピーである。もう終わったのだ。取ってしまえば、ほらもうこんなにスッキリだ。

しかし、しぶとい粉瘤は場所を変えて、ふたたび姿をあらわしたのである。今度は、右耳の裏だ。耳というよりは、耳と頭蓋骨のちょうど境目、骨と皮しかないところに、ぷくぷくと居座っている。本当に「なんでこんなところに出てくるのだ!?」と首を傾げたくなるような妙な場所だ。

実は、こいつは二度目の出現である。去年の夏の終わりに、あろうことかいっぺんに両耳の裏にでかでかとできてしまったのだ。時期も悪く、友だちとバリ旅行に行く直前だった。いまにも破裂しそうな粉瘤をふたつも抱え、南国リゾートの夜はスリリングさを増した。

神々の国バリ。あまたの神がわたしを救ってくれたのか、旅行が終わるころには粉瘤はしゅるしゅると小さくなっていた。1年が過ぎ、神々の力が消えたころ、同じ場所の同じ袋のなかで粉瘤は再び息を吹き返した。粉瘤リターンズ。あきらめの悪いやつである。

半年前の診察室での苦しみを思い出すと身の毛もよだつ思いだったが、いつまでも化膿した粉瘤を抱えていても仕方ないので、しぶしぶ病院に行った。

手順はもうわかっている。手でちょっと触ってもとびあがるほど痛いのに、麻酔もせずにぎりぎりとメスで切開し、ぎゅうぎゅうと絞って膿をだす。医者はメスを握り、わたしは机の端をつかむ。一日目はまだよい。二日目からは、傷の上からまたメスを入れるので、日毎に痛みは掛け算になる。

「またできました」と懺悔するようにうなだれるわたしに、お医者さんは「気の毒に」という表情である。それに対し、顔馴染みになってしまった看護婦は「あらまぁ、またっ? 今度は、耳のうらぁ?」と、ちょっと楽しそうである。とほほな気持ちになりながら、「そう、またできたんです」とわたしも笑ってみる。

なんだか、ものすごく悪いことをしているような気分になる。看護婦にかぎらず、また粉瘤ができたと知ると、親も夫も友だちも仕事関係者も、みな同じようなことをいう。

「またなの? なにがいけないのかしら」「栄養とか関係あるんじゃない?」「どうして、そんなにしょっちゅうできるのかなぁ」「生活が不規則なんじゃない?」

運動不足じゃないのか、シャンプーが良くないんじゃないか、体を不潔にしているからじゃないのか、まだまだたくさんある。もちろん、みんな悪気があっていってるのではなく、わたしのことを心配してくれているのはよくわかっている。

それでも、わたしは罪悪感でいっぱいになってしまうのだ。同じ病気を繰り返すわたしは、ものすごくダメな女のような気がしてくるのである。栄養も偏っていて、生活が不規則で、不潔で、もしそうでないとしても、なんらかのいけない原因がこのわたしにあるのだ。だから、「また」なってしまったのだ。わたしがいけないのだ。ほんと、ばかでスミマセン。

半年前に粉瘤で苦労してから、ずいぶんいろんなことに気をつけるようになった。もともとアルコールは飲まないから、深夜まで遊びまわることもない。甘いものもあまり食べない。なにかの本で「血中の糖度や脂肪の量が多くなると、ニキビや吹き出物になりやすい」と知ってからは、野菜と魚をメインにして、お肉はほとんど食べなくなった。

お風呂だって毎日入っている。シャンプーは、添加物の極力少ないものを選んで使っている。徹夜仕事が入らないかぎり、できるだけ夜は仕事をしないようにした。

「どうしてまた?」と聞きたいのはわたしのほうだ。どうしてまたできたんだろう、何がいけなかったんだろう、なぜこうなってしまうんだろう。粉瘤にかぎらず、わたしはいつも「なぜ? どうして?」と原因を突き止めないと気がすまないほうだ。風邪をひいたときも、下痢をしたときも、仕事でミスをしたときも、男と別れたときも。

原因が見つからないままでは、また同じことを繰り返してしまう。そんなのまっぴらごめんである。

なのに、病気に関しては、いつも明解な答えを得られない。どれだけ考えても、原因をみつけたつもりになっても、病気はあっさりとそれを裏切り、わたしはイラだつ。

そんなとき誰かがいう。「どうして、あなたはそんなに病気になるの」。

考え、悩み、イラだっていたわたしは、知り合いのお医者さんにメールを送った。わたしが尊敬してやまない名医である。原因を突き止められずにいる悔しさ、同じことを繰り返している情けない気持ち。長々と綴ったにもかかわらず、とてもシンプルな答えが返ってきた。

「粉瘤に予防策はない。出たらつぶし、出たら切る。あなたにできるのはそれだけだ」

以前にも、ぐちゃぐちゃと悩んで愚痴をいうのをやめなかったわたしに、「あきらめましょう。人間である以上、だれでも病気になる」とキッパリいいきった人である。

原因や予防策がはっきりしなかったことに、わたしはガッカリした。でも、それと同じくらい、どこかでホッとした。この先生だけは、「どうしてこうしょっちゅうなんだろうね」とか「栄養は偏ってない?」といったりしないとわかったから。

わたしは根本的なところで、まちがっていたのかもしれない。病気に、明確に説明できるたしかな原因なんて、あるんだろうか。生活習慣病や肺ガンなどのように、環境や食べ物、タバコなどと因果関係があるとされる病気もなかにはある。でも、たとえば、ほかのガンや心臓病の人に「どうして何度も転移するんだ?」とか、「なぜ心臓病になったんだ?」とはいえないと思う。

すべての病気に、わたしたちが理解できる原因があるのなら、だれも病気になんかなったりしない。栄養や生活態度や運動や体を清潔にすることで予防できるのなら、だれも病気で苦しまないだろう。

たぶん、わたしはあきらめるしかないのだ。自分のものなのに、カラダに対してわたしはこんなにも無力なのだ。だったら、もう思い悩むことはやめて、デンと大きく構えているしかないんじゃないかと思う。出たらつぶせばいい、切ればいい。それだけのことだ。


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■近 況
そんなわけで、「運命の人と出会う期間」だった17~20日は、粉瘤とリンパ線が腫れて、家におこもり。金・土の予定も全部キャンセル。健康体じゃないと人生の楽しみの半分が消えてゆくような気がする。そして、誰にも巡り会えず。ふん。この国は、ホントに民主主義国家なのだろうか。7割の国民が支持していない首相がつづくのはナゼ? そいつを続投させるために、不眠不休で走りまわり「調整」をしている議員ってナニ? しっかり数を把握してから始める採決ってアリ? でも今回のことで「多くの国民が政治に関心を持った」と喜ぶのもヘンである。ふだんから、ちゃんと関心を持つべきなんじゃないの。自分の国なのにね。

by ichiko : カテゴリー:エッセイマガジン

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