2000年10月26日

初めての反乱

小学校低学年のころ、毎朝「今日の持ち物検査」というのがあった。日直の子が前に出て、「算数の本を出してください」とか「メロディオンを出してください」とその日の時間割で使うものをひとつずつあげていく。

そのたびにみんなランドセルや手さげ袋のなかから、言われたものを出して、それとなく周りと確認しあう。ぐずぐずしていると、ちゃんと誰かが「○○くん、絵の具の筆を洗うカンを、忘れましたーっ」と大きな声でちくる。

周りの子はじろりと○○くんをにらみ、日直はお当番帳に「○○、絵の具の筆を洗うカン」とうやうやしく書き入れる。

カンぐらい忘れたって、隣の子のをちょっと貸してもらえばすむことだ。「ちょっと使わせてね」「うん」で終わる。教科書だって、メロディオンだって、別にたいしたことじゃない。

でも、それは今だからいえるのだ。今だったら、「どうってことないよ、あたしの貸したげるよ」と忘れた子の肩をぽんとたたくだろう。自分が何か忘れたときも、「ま、たいしたもんじゃないし」とあんまり気にしないと思う。

小学生のわたしたちには、そんな簡単なことができなかった。小学校の時分は、妙に杓子定規に規則を尊ぶところがあった。なにかにつけ規則と照らし合わせ、きっちりと善悪の判定をくだすのが正しいことだと信じていた。「○○くん、??を忘れました」と報告した子は、悪を見逃さなかった正義感の強い良い子とみなされ、本人もどこか勝ち誇ったような表情になる。

しっかりとそれを書き留める日直は、「よくぞ、やった」という表情でうなずき、正義の片棒をかつぐ。教室にはいつも「規則」があり、「正しいことをしているんだ」と実感しているときはみんな満足気だった。

そんな雰囲気のなかで、「忘れ物」は重大な罪のひとつだった。忘れ物をした子はこの世の終わりのようにがっくりと肩を落とし、半ベソをかく男の子までいた。

わたしはとても神経質な子供だったので、忘れ物はしなかった。前の晩と当日の朝と、二度も持ち物を点検してから学校に行く、几帳面な小学生だったのだ。

そんなわたしが、あろうことか忘れ物をした。いまでも覚えている。小学3年生だった。音楽の時間に使う「たて笛」を忘れたのだ。ランドセルの右側にさしていた笛は、母が作ってくれた緑色の袋と一緒に、先っぽがいつも飛び出ていた。

日直が「オオシマさん(わたしの旧姓)、たて笛」と声にだし、お当番帳に書き込むときのショックといったらなかった。わたしが忘れ物をするなんて。大好きな音楽の時間のたて笛を忘れるなんて。どうして忘れたんだろう、なんでちゃんと入れなかったんだろう。

今にも泣き出しそうになっているわたしを見て、担任の先生は追い打ちをかけるように冷ややかにいった。

「取りに行きなさい」

「家までたて笛を取りに行きなさい。あなたは大切なものを忘れたんです。2時間目が終わったら休み時間に、家まで取りに行きなさい」

教室がしーんと静かになった。忘れ物に対する最も厳しい罰がくだされたことに、ひとごととは思えない恐ろしさを感じて、誰もが息を飲んだ。

わなわなと体が震えた。わたしは忘れ物をしたショックどころではなくなった。それまで何度か絵の具入れや書道に使う墨汁を取りに、家まで走った子はたくさんいた。でもそれはみんな男子だったのだ。忘れ物の常習犯になっている子や、あまり勉強のできない子たちばかりだった。わたしは屈辱のあまり、体が震えたのだ。

いま思えば、あの先生の嫌がらせだったのかもしれない。「取りに行きなさい」という厳しい口調と裏腹に、あのとき先生はうっすらと笑っていた。

同じ物を忘れても、家に取りに行かされる人とそうでない人。今日は怒られても、明日は許されること。家の遠い子が体育帽を忘れたときには、「3時間目の算数の時間は出なくていいから、取りに行きなさい」なんていう。

まちがいだらけの言いつけ。なんの基準もなかった。ただ、先生の気まぐれや好みによってころころと事態が変わる。それは忘れ物にかぎらなかった。

小学校低学年では、その理不尽さに反抗するとか文句をいう知恵などない。規則を守る以上に、先生に黙って従うのが絶対とされていたからだ。どこかでおかしいとわかっていながらも、びくびくしながら言いつけを守るしかなかった。

2時間目が終わり、教室を飛び出した。恐ろしさの消え去った男子たちが、「やーい、忘れもの~、取りに行っ、か、され、るー」と変な節までつけて、歌うように冷やかす。そんなもの、構ってるヒマなどあるものか。

家まで歩いて15分。休み時間も15分。往復を考えると、急がないと3時間目が始まるまでに帰ってこられない。泣きたい気持ちを抑えて、ただひたすら家に向かって走る。

いつもは学校にいる時間。平日の午前中に外を走るのは不思議な気持ちだった。なんだかすごく悪いことをしているような気持ち。脱走兵になったみたいだ。通り過ぎるおばさんと目が合うと今にもとがめられる気がして、「忘れ物を取りに帰るところなの」と言い訳したくなる。

息を切らしながら、走る。とにかく全速力だ。

家が見えてきた。お母さんの顔を見たら本当に泣いちゃいそうだ。たて笛を握りしめ、家を飛び出す。

ほかのことは鮮明に覚えているのに、このときの母の様子がまったく思い出せない。突然半べそで帰ってきたわたしに、母はなんていったのだろう。あんまり気になるので、北海道の母に電話をして聞いてみた。

「忘れ物? あんたは几帳面な子だったから、小学校のときに忘れ物なんて一度もしなかったよ」

いや、一度だけしているんだ。たった一度だから、こんなによく覚えているのだ。

「あんたのことはわからないけれど、お兄ちゃんの忘れ物なら一度だけあったわね」

このさいお兄ちゃんの話でいいよ。兄妹なんだから、母としても同じ様に対処したはずだから参考にする。

「2年生のとき。絵の具のカンを忘れたって、走って家に飛び込んできたの。そりゃもう凄い勢いでね。あわててカンを渡して顔をのぞきこんだら、今にも泣きそうに半ベソかいているのよ。

だからいったの。『ゆっくりでいいんだよ。ほら、もうカンはあんたの手の中にあるよ。だから、ゆっくり歩いて学校まで戻りなさい』って。そしたら、お兄ちゃん、心から安心したみたいに笑ったわ。ホッとしたんだろうね」

そうだ、あのとき母はわたしにも「ゆっくりでいいのよ」といってくれたのだ。でもわたしは走った。 学校までの道を、最後の力をふり絞るようにして走った。

いま考えると、なにもかもがバカげている。忘れ物なんて、重大な罪でもなんでもない。どうってことない。15分で走って取りに帰らせるなんて、本当にくだらない罰ゲームだ。もし家に行かされても、ひと息ついて羊羹でもかじってからゆっくり学校に戻ればいいのだ。つぎの時間に遅れることに、どうしてあんなに恐怖したのだろう。

あのころ、大人のいうことは何でも正しくて、逆らうことなんて思いつきもしなかった。自分のやらされていることが、どれだけくだらないかなんて、考えもしなかった。大人が怖かった。

数日後、国語の時間に作文を書くことになった。忘れ物事件が印象深かったので、わたしは迷わずその出来事を書いた。班のなかからひとりだけ代表で読み上げることになり、わたしの作文が選ばれた。

立ち上がって原稿用紙を読んでいるうちに、不思議な気持ちになった。まるで今走っているかのように、息苦しさや焦りがよみがえってきて、自分の作文にのめりこんだ。正確には覚えていないけれど、終わりの部分はだいたいこんなふうだったと思う。

『笛の入った緑色の袋を握りしめて、わたしは走った。来たとき以上に、力いっぱい走った。へとへとになって足がもつれたけれど、それでも走らなくちゃならなかった。

腕時計を持っていないから、時間がわからない。休み時間はあとどれくらいあるんだろう。ああもう間に合わない、どうしよう、いま何時なんだろう。

途中の菓子屋をのぞきこむと大きな時計が見えた。まだ間に合う、まだ大丈夫だ。だけど、もっと急いだほうがいいかもしれない。

走れ、走れ。でも息が切れる。もう疲れた。もう歩いていこうか。涙だって出てきちゃった。

だめだ、泣いてなんかいられない。なにがなんでも3時間目に間に合うんだ。きっと間に合ってやるんだ。

郵便局だ。ここまで来たら、学校まであともうすこし。走れ、走れ。

ああ、見えた。学校の大きな赤い屋根。大きなまあるい時計。3時間目までまだ5分もある。もう大丈夫、ここまで来れば歩いても、ゆっくり間に合うよ。

ゆっくりでいいんだよ。

もういいんだよといってるのに、足が止まらなかった。だからわたしはずっと走った。

走れ、走れ。教室はすぐそこだ』

教室は静まり返っていた。みんなに気持ちが伝わったような気がして、心がほくっと温かくなった。

気持ちのいい静けさを破ったのは、先生だった。

「はい、いい作文でしたね。みんなも忘れ物をしてはいけませんよ、という作文です。はい、じゃ、次のひと」

ちがう、と叫びそうになった。わたしがいいたかったのは、そんなことじゃない、ちがう。教室のなかで、わたしたちを切り刻む絶対的な力に向かって、大声で叫んでみたくなった。

つぎの人が読み始めても、わたしは立ったままでいた。叫ぶ勇気がないかわりに、立ち続けることで、初めて先生に反乱をおこした。

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■近 況
だんだんダメな主婦になってゆく。不眠→仕方ないので夜遅くまで仕事する→朝遅くまで寝ている。主婦の仕事は午前中に集中している。ゴミは出せない、宅配は受け取れない、集金の人にも会えない。非難ごーごーだ。出勤前の夫にゴミを出させるような妻にだけはならないと決めていたが(これから働きに行く人に汚くて臭い物を持たせるなんて失礼である)、見かねた夫がちゃんと家中のゴミを集めて出してくれるようになった。これではイカん。

by ichiko : カテゴリー:エッセイマガジン

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