2000年10月18日

地域のディレクトリ構造を再認識する一日

ああ、どうしよう、また忘れていた。今年こそはきちんと用意しておこうと思ってたのに、当日の朝になってあわてている。

サファリパンツで間に合わせるか。いや、だめだ。去年、見知らぬおばさんに「あらまぁ、ステキ。とっても速そうだし、カッコいいですわね、ホホホ」とお世辞のように聞こえるが、実はそれは明かなるイヤミ、を言われたではないか。

社会には、その場にふさわしい装いというものがある。ジーンズやサファリパンツでもいいじゃないか、とも思うが、やはりそれは礼儀に反するのだ。

お集まりになるほかの方々に不快な印象を与えるのはわたしの本意ではないし、その場に敬意を示す気持ちからも、今年はぜひとも正しい本物の装いでのぞみたい。

運動会には、やはり「ジャージ」をはくのが最も正しいことなのである。

今日は年に一度の「地区対抗大運動会」の日だ。ディープな地域密着型生活を実践しているこの界隈において、五つの地区が集う大規模な運動会は、とても大切な行事のひとつなのである。

栄えあるその大イベントに、わたしは「まりつきリレー」の選手として登録されている。5年前に越してきてから、ずっと「まりつきリレー」ひとすじである。このぶんだと、60歳になっても「まりつきリレー」ではないかと思う。

「玉入れ」や「丸太切り競争」というのもあって、ちょっと面白そうだなぁ、と思ったりするけれど、一度登録されたら永遠に同じ競技に参加するのがならわし、というか、なれ合い、というか、どうでもいい、っていうか、深く考えてはいけないみたいである。

「丸太切り競争」においては、日頃から森林作業に従事している「丸太切り」プロが出場するらしく、シロウトが参加できる余地はないそうだ。

ああ、それにしてもジャージだ。毎年のことなんだから、ジャージの一着ぐらい買っておけばいいのだ。だけど、スポーツにほど遠い生活をしているわたしには、ジャージというものをはく機会がない。つい買いそびれてしまう。

なんとしてでも今年こそは「正装」してまりつきリレーに参加したい。それは運動会に対するわたしの心意気であり、「やる気」度の表現であり、地域社会の輪にとけ込もうとする意思表示でもあるのだ。

仕方ないので、夫のジャージを拝借することにした。夫は、ちょっと太目、というより、はっきりいえばデブである。彼の太股と、わたしの腰回りが同じ。体重はちょうど2倍だ。一番細そうなジャージ、色はもちろん黒、をおそるおそる手に取る。

デカい。が、ウエストのひもをぐいぐい締めれば、なんとかなった。だぶだぶだろうが、借り物だろうが、ジャージである。正真正銘、ウソ偽りのない、正統なジャージ、もう誰にも文句は言わせないぞ。

まりつきリレーは、午後の部の4番目の競技だ。お昼過ぎに、時間を見計らって、のんびりと近くの小学校の校庭に向かう。ほとんどの人が、こんなふうに自分の出る競技の時間あたりに出かけて行く。

正直なところ、面倒くさい。なんで、いまさら運動会なんだよ、とも思う。自分の競技のときだけ行けばいいといっても、そのせいでせっかくの日曜日を台無しにされたような気持ちになる。

運動会にかぎらず、参加しなければならない地域行事は、それこそ山のようにある。ずっと昔から隣近所が深く関わり、助け合って生活をしてきた土着の人たちが作りあげた風習は、都会から越してきたわたしにはやっぱりオドロキだった。

大きな行事は、年に4回ある自治会の集会だ。お正月、春、夏、秋と自治会の会員である36世帯(たぶん)からひとりずつ集まり、議題を討議したのち大宴会へと突入する。

そのうちの春と夏は、近くの神社の祭りである。物置小屋のように小さく古びた神社には人もいない。「これが神社?」と疑うような建物だが、こういう田舎にはそれぞれの土地を守る神社があり、住人は自分たちの神社をとても大切にする。

秋には運動会。一年おきに一泊二日の旅行会。年に二回の河川と道路清掃、これは骨が折れる。

とここまで書いてみて、なんだたいしたことはやっていないなぁと思ったが、日々はとても忙しい。それは「お当番」のせいではないかと思う。

それぞれの行事に、お当番あるいは委員が存在する。行事の裏方さんだ。年4回の集会も宴会だけなら気が楽だが、お当番のときには集会所のお掃除、お酒や仕出しの手配、酒の酌、後かたづけの仕事がある。

祭りのときには早朝に神社に出向き「旗立て」をし、終われば「旗返し」をする。催しものも開かれるので、舞台を組み立ててまた片づける、という作業がある。

運動会や旅行会にも、細かいスケジュールを組み立てたり、いろいろな手配をする裏方さんがいる。そのほかに、ゴミ集積所の掃除、集会所の掃除、という定期的なお仕事もある。

そして、このお当番はいつか必ず自分にまわってくるのだ。

平時でさえ、なんとなくあれこれ忙しい気がするのに、誰かが亡くなったりするとそれはそれは大変なことになる。地域の最小単位は、「隣組(となりぐみ)」である。我が家は、近くの9軒からなる「下A組」というのに属している。隣組は、最も助け合い度の高い集団だ。隣組の誰かが亡くなると、葬儀委員長はもとより、葬儀の手配、交通整理、弔辞、料理の作成など、ありとあらゆることを隣組のメンバーで分担する。

隣組の上に位置するのが、「自治会」である。年に4回の集会や旅行会など、地域の主な活動はこの単位で行われる。いろいろな行事に参加しながらも、実は自分の属している自治会の名前や、その構造についてあまり気にとめることはなかった。

わたしの知らない世界は、秋の運動会で一気に明らかになったのである。

運動会は、5つの自治会の対抗だった。地域ごとにハチマキで色分けされ、地域名の書かれたテントを作戦本部にして闘う。初めての運動会のとき、もちろんわたしは迷わず自分のテントに行くことができた。

うちの住所と同じ名前のテントに行けばいいだけだった。だけど、ゼッケンを渡されたとき、わたしはわけがわからなくなった。ゼッケンには、地域名ではなく、「東」と書かれていたのだ。

「ねぇ、なんで『東』なの? わたしたち○○自治会じゃないの?」「なにいってんだよ」と夫。「だからさ、だから『東』ってなんなのよ」

夫は明らかに呆れていた。「いままで知らなかったのかよぅ」というのである。知らなかったよ。誰も教えてくれないじゃん。

年に4回の集会を行っていた自治会は「東組」というのだそうだ。36世帯(たぶん)のかたまりの正式名称は、「東組自治会」だったのだ。

テントに書かれた○○という地域名は、東組のひとつ上の位置ということになる。テントのなかを見渡すと、「西」や「坂下」というゼッケンをつけている人がいた。もちろん、顔は知らない。

なるほど、そうだったのか。なんだか、わたしは妙にすっきりした気分になった。

つまり、DOS風にいうとC:¥△△市¥??地区¥○○自治会¥東組¥下A組¥わたしという階層になる。ずいぶん深いディレクトリ構造である。

今日は、5つの○○自治会が集まった、??地区の運動会なのだ。そういうことだったのか。全体の構造を知って、そのなかに位置する自分の場所がはっきりすると、ずいぶん居心地がよくなるものだ。

グラウンドに立ってまわりを見回すと、なんだかとっても面白い。どこの自治会かは、ハチマキの色でわかる。背中のゼッケンには組の名前。どう読んだらいいのかわからないような漢字のゼッケンもある。

みんな、それぞれどこかしらに属し、ゼッケンのそのまた下には「隣組」がある。あの人も、あの人も、みんな隣組で助け合い、毎日忙しくお当番に精を出しているのだ。

不思議なことに、あれだけ面倒くさいと思っていたのに、リレーが始まると異様に興奮する。よーいどん。第1走者は、近所の仲良しの奥さんだ。がんばれ、がんばれ、ああ、つぎはわたしだ、わたしの番だ。

ボールをつきながら走る走る。ボールなんて放り出して、全力で走ってみたい気持ちに駆られる。

つぎの人にボールを渡して、行く末を見守る。ふだん走ることなんてないから、息ははぁはぁいってるし、すごく苦しい。なのに、グラウンドのまんなかに立って、「いけーっ、がんばれーっ」と「東」のゼッケンに向けて声を張り上げている。

毎年のことながら、ビリから2番目。だけど、走り終えたメンバー6人は顔をほてらせながら、ちょっと高ぶった気持ちでいうのだ。

「じゃ、また来年ね」「うん、また来年がんばろうね」

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■近 況
『アリー・myラブ・3』が始まった。わたしは、『1』の第一話から見ているアリー通である。はちゃめちゃなストーリーに紛れている真実に、毎回胸を熱くする。『2』のストーリーのひとつに、アリーとビリーのすごく切なく、厳しく、そして決定的な場面がある。ビリーはいう。「キミと結婚しなかったのは、キミがぼくでは満足できないのを知っていたからだ。キミは誰といても満足できない人間なんだ。いつもいつも上ばかり望むから。だからキミはいつだって不幸なんだよ」。アリーは、ひとすじ、長い涙を流す。それこそ真実なのだ。アリーが幸せになれず、『3』まで行くわけはそこにある。そして、わたしは胸が痛くなる。どうしようもなく痛くなる。今に満足できずにもっともっとをのぞむ人間は、シアワセにはなれないのだ。

by ichiko : カテゴリー:エッセイマガジン

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