2000年10月11日

誰のために走り、なぜ闘うのか

誰のために走り、なぜ闘うのか

こんなにたくさん、真剣に、五輪を見たのは初めてだったかもしれない。バルセロナやアトランタとはちがい、開催地のシドニーは時差が少なかったので見やすかったというのもあるだろう。友だちが住んでいて、三度も訪れたことのあるオーストラリアという国に親近感を持っていたせいもある。

毎日、どきどきしながらテレビの前に座っていた。

全力で走り、ありったけの力で投げ、できるだけ遠くに跳ぶ。記録に向かって力いっぱい闘うスポーツマンを見ているだけで、胸の鼓動が速くなる。息が詰まる。熱いものがこみあげてくる。スポーツってすごいなぁ、いやちがう、人間ってすごいなぁと思う瞬間だ。

世界から選りすぐられた選手たちが、二週間以上にわたって力のかぎりを尽くす。オリンピックという大舞台で、自己最高記録を出す選手がたくさんいる。精鋭たちの「力いっぱい」が集まるオリンピックの開催地ってどんなだろう。そのときだけは、地球のある一点が強力なエネルギースポットみたいになっているんじゃないだろうか。

鍛えられた体と、そこから紡ぎ出される力と美。その裏には、張りつめた肉体と対になった力強い精神がある。極度の緊張にも負けない力。全神経をこの一瞬に集中させる力。自分を信じることのできる力。それが精神だと思う。

そして、精神の力の源は、人それぞれだ。

柔道100キロ級で金メダルを取った井上康生は、霊界から力を借りた。井上は、「去年の世界選手権は母が勝たせてくれた」といった。母が急逝した直後の試合は集中できず、技も冴えていなかったのに優勝できたからだ。

「今度は僕が母を金メダリストにする」とのぞんだオリンピック。表彰台では母親の遺影を高らかに掲げた。

テレビ解説者はその光景に色めきたち、夫が感動でむせび泣くなか、わたしは奇妙な違和感でいっぱいだった。ちょっと気味が悪くなったといってもいい。なぜだろう。

母親を心の糧にして闘ったからだろうか。いや、そういう類のエピソードはスポーツ選手ならよくあることだ。小さな時から女手ひとつで育ててくれた母に誰よりも感謝している、試合のたびに祈ってくれていた母に一番にこの気持ちを伝えたい。

優勝直後のインタビューで、あるいは翌日の新聞コラムで、彼らが母への感謝を語っているのを見て、多くの選手が母親を心の支えにして闘っているのは知っている。

亡くなった人だったから、というのも理由にはならないと思う。やっぱり同じように、亡き父や母、恋人への思いを力に闘った選手はいままでにたくさんいた。

奇妙な違和感がなんだかわからないまま、わたしの心に小さな異物が残った。

そして、女子マラソンの日がやって来た。日本中が女子陸上初の金メダルへの期待にわいた日。歓声が響きわたる大きなスタジアムで、最初にゴールしたのは日本の高橋尚子だった。華奢な体でテープを切ったとき、わたしは感動に涙した。

誰もがそうであったように、42.195キロを走ったとは思えないような体力にも驚いた。そして、あの笑顔。心からうれしそうに顔をくちゃくちゃにして笑う、シアワセいっぱいの笑顔に戻ったとき、高橋は「この時代に生きてて、監督に出会えたことに感謝します」といった。

おやっ、と思った。あんなに長い距離、しかもオリンピック史上もっともハードといわれたコースを走り抜き、一位でゴールしたのである。「金メダル、やったぞー」と叫ぶのを期待していた。優勝のうれしさよりも、監督との出会いを真っ先に口にしたことに、意外な感じを受けた。

歓声にこたえ、スタジアムに手を振る高橋の目は、しだいにうつろになっていく。さきほどまでの自信に満ちた笑顔はどこへやら、不安な表情を隠しきれない高橋はいまにも泣き出しそうになった。

後で聞いたことだが、友だちによれば「ばかねぇ、あれは必死で小出監督を探していたからじゃないのよ」という。「高橋選手と小出監督との師弟関係というのは、週刊誌やマスコミでずいぶん話題になっていたんだよ。そんなことも知らないのぉ?」となかば呆れながら、教えてくれた。

そんなことは全然知らなかった。知らなかったけれど、その後のテレビのインタビューを目にするたびに、「なんだか、この二人、へんだな」というのは、わかってきた。

男と女の関係とか、下世話なレベルの想像ではない。うまくいえないんだけど、もっと別な意味での、歪んだ関係。そんなふうに感じたのだ。

「キューちゃんなら絶対勝てると思ったのよ、絶対この子ならって。この子は練習ばっかしてたんだよねぇ、この子はねぇ・・・」とにこにこしながら、やたら「この子」を連発する妙なオジサンが小出監督という人だった。

その横にぴったり寄り添い、くちゃくちゃの笑顔で、「すべて監督のおかげなんです。もう監督がいたからこそ、監督ったらぁ」と照れているのか、謙遜しているのか、よくわからない高橋。

どう見ても、監督と、その監督から指導してもらっている選手には見えない。手塩にかけて育てた愛娘を徹底的に溺愛し、親バカと知りながらそれを人様の前で堂々と褒めちぎる父親と、そんな父親に育てられた自分を誇りに思うとこれまた堂々と宣言している娘。そんなふうにしか見えないのは、どうしたものか。

なんだか気味が悪かった。そう思ったときに、柔道の井上康生に感じた気味の悪さと、それがぴったりと重なった。心にあった小さな異物がするりと外に出てきたのだ。

井上と高橋に共通しているのは、異性の親に対する執拗なまでの依存ではないかと思う。

表彰台で母の遺影を高々と掲げる井上。その夜のテレビで、母の名を刺繍した帯まで披露して、母への愛を強くアピールした。100キロ級を闘う大きな体の井上が、わたしには幼い子供のように見えた。

そして、監督の姿を見つけられずに、泣きそうな表情を見せた高橋も、小さな子供のようだった。そのときの気持ちを後で高橋はこう語った。

「わたしのレースは監督から始まり、監督で終わるんです。監督に『強くなったね』と褒めてもらいたかった。一番認めてほしい人なんです。そのために走ってきたんです」

高橋にとって小出監督は実の父ではないが、それに近い、あるいはもっと濃密な存在だ。「友だちでも、父でも、恋人でもない。だけど、わたしの一番近くにいて、誰よりもわたしをわかってくれる人」と、インタビューで答えている。

高橋を見ていると、同じ女としてわたしはやりきれない気持ちになる。

日本に女子陸上初の金メダルをもたらした功績は大きい。すごいことだと思う。その陰で、女が偉業を成し遂げるためには、男の後ろ盾がないとだめなんだというのを見せつけられている気がしてならないのだ。

男の後ろ盾というのは、技術を指導してもらうことをいっているのではない。そんなちっぽけなことじゃない。技術を教わるのは誰からだってかまわない。

「監督のために走った」「監督に一番認めてほしかった」といわせたものは何なのか。半べそになりながら彼の姿を探さなくてはならないほど高橋を縛っていたものは何なのか。

監督と選手という関係だけで、高橋はあれほどまで小出監督に依存するだろうか。より強いつながりを欲し、精神の源の多くを監督に求めていた高橋の心は、すでに選手の域を越えている。男に依存する、女の心だ。

無意識のうちに男という存在に依存したくなるのは、女のサガだ。そこには、女であるがゆえの弱さがある。弱さでありながら、それを力の源に一心不乱に女が行動したときに、それは恐ろしいほどの力をみせる。

小出監督は、その女の力を知っていたのだろうか。

金メダルを取り、シアワセいっぱいの笑顔でテレビや新聞を飾る高橋を見て、「この人は、これから大変だろうな」と思う。

監督だけを信じ、監督にいわれたとおりの練習を実践し、その結果、金メダルに到達した。自分よりも監督を信じる全面的な信頼感、そして、異常なまでの依存心。

高橋にとって監督は、絶対的な権威を持つ父であると同時に、自分を高みに導びき、世界一にまでのぼりつめさせてくれた「最上の男」として心に植え付けられているはずだ。

これ以上のものを高橋に与えることのできる男は、いない。これから、いくつの恋をしても、どんな巡り会いをしても、ほかの男に満たされることはないだろう。それに気がついたとき、高橋はどうするのだろう。どうやって小出監督から自立するのだろう。

彼らが、誰に依存しようとかまわない。人それぞれだ。彼らは、その依存を母と子の愛、師弟の強い信頼関係という形にして堂々と世間に認知させている。そして、見ている人の多くはそれを美談として捉え、褒め讃えている。そこに、わたしは気味悪さを感じずにはいられない。

自分以外の人間に強く依存する生き方を美しいといい、何の違和感も抱かずにそれを肯定して生きている人の多さを知るとき、わたしは絶望的な気持ちになる。

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■近 況
いまだ風邪はなおらず。もう2週間以上も鼻をかみつづけている。はやく元気になって遊びたいよぅ。ちょっと前までは、風邪をひくと『ドラクエ』とか『FF』をやることにしていた。健康体でやるには、時間がもったいないような気がするからだ。右大臣に裏切られたのは、毛布にくるまって熱を出していたときだったなぁ、なんていうのがRPGにまつわる思い出である。熱といえば、10年前に入院していたときに、なぜか村上春樹を読破した。いまだに村上春樹を読むと、熱でふわふわしていた体を思い出す。今年の春に粉瘤で病院通いしていたときには、沢木耕太郎の『深夜特急1~6』を読んでいたから、沢木耕太郎を読むたびに、あの激痛を思い出すのだろうか。いやだ。

by ichiko : カテゴリー:エッセイマガジン

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