2000年10月02日

祈りの眠り

わたしはとにかくよく眠る。

といっても、昼近くまで寝ているというのではなく、朝は7時とか8時というようなまっとうな時間にきちんと目を覚ます。わたしのは、昼寝とか夕寝のような普通の人がちゃんと起きているときに眠りこける、いわゆる惰眠というやつだ。

家で仕事をするようになって何がうれしいかって、いつでも好きなときにゴロリと横になって眠れることである。なんだかちょっとカラダがだるい。ゴロリ。あぁ、おなかがいっぱい。グウグウ。天気が良くて、ポカポカして気持ちいいなぁ。スヤスヤ。仕事のアイデアがわいてこない。ムニャムニャ。もう何もかもイヤっ、生きているのがつらいっ。グー。

仕事が山積みになっていても、大好きなドラマの時間であっても、今まさに恋人が去っていくという場面でも、眠たいときには寝る。睡眠はわたしにとって最優先なのだ。

10年前、一人暮らしのアパートの部屋で空き巣狙いと遭遇した。ちょうど昼寝をしていたときである。ベランダの窓からオトコが入ってきた。部屋の隅でころがっていたわたしには気がつかなかったらしく、がちゃがちゃと大きな音を立ててブラインドカーテンを押しのけて入ってきた。その音のおかげで、わたしは目が覚めた。

そいつとわたしの目があった。驚いたのは、向こうのほうだった。誰もいないと思って入ったのに、人がいたのである。高校生くらいの気の弱そうな男の子だ。ものすごい形相をして、すっとんで逃げて行った。

それからベランダの鍵を閉め、ふたたび眠りにもどった。たっぷり寝てから友だちに電話をすると、すぐに警察に行けと怒鳴られた。

近くの交番のおまわりさんは、わたしの話を信じてくれなかった。本当に空き巣に入られたの? 作り話に付き合っているヒマはないんだよ、という。それは、見知らぬオトコが侵入してきたにもかかわらず、その後わたしがのんきに寝ていたことに原因があるようだった。

「普通、寝ないでしょう。そんな怖い思いをしたんだよ。それに、そいつは顔を見られているから、舞い戻ってあんたを殺す可能性だってあるんだよ。そんなときにゆっくり寝ていられるかねぇ」「はぁ、でも眠かったので・・・」「とにかくねぇ、今度そういうことがあったらすぐに警察に連絡するように。すぐに言ってくれれば、こっちだって手配してその少年を捕まえられたんだよね。あんたが寝ていたせいで、空き巣ひとりを取り逃がしちゃったわけよ。わかる?」「はぁ、すみません・・・」でも眠かったので、というのは飲み込んだ。

寝てばかりいると、まわりの人は怒りっぽくなる。あからさまに不機嫌になる。両親と住んでいるころは、「この子は、また寝てる。どうしたらそんなに眠れるんだろうね。ごろごろ怠けてばかりいて、恥ずかしくないのっ、もうだらしないったら・・・」と、お説教にうんざりしてわたしが起きあがるまで、そのガミガミは続いた。

結婚すると、やっぱり夫も不快をあらわにした。「そんなに寝てばかりいて、もったいないと思わないの? 僕だったら時間がもったいなくて、そんなふうに寝ていられないよ。もっと時間を有意義に使うべきなんじゃないの」。

ひとりで部屋でうとうとしていると電話が鳴る。受話器を取ると、電話の向こうで「やだー、もしかしてまた寝てたの?」と友だちの声。「いいご身分よねぇ、昼間っからのんきに寝てるなんてさぁ。こっちは夜も寝ないで仕事しているってのにさ」。ひとりでこっそり寝ていてもやっぱり誰かを不愉快にさせる。

惰眠は、悪臭に似ているな、と思う。人々を不快な気持ちにさせる、あの嫌な臭い。誰もが鼻をつまみ、顔をゆがめる。臭いがひんぱんにやってくると、やがて不快感は苛立ちや怒りに変わる。

臭いの張本人は、自分が悪臭をばらまいているなんて思っていない。当人にとっては悪臭ではなく、とてもいい香りだったりするからだ。

岩波国語辞典を引くと『惰眠』は、「怠けて眠っている状態」とある。ついでに『怠ける』を調べると、「課せられた仕事や勉強などをまじめに行わない。おこたる」とある。

とすれば、わたしの眠りは惰眠にあてはまらない。断じてちがう。仕事が詰まっていてもゴロンと寝てしまうが、締め切りに遅れたことは一度もない。洗濯や掃除もきちんとするし、燃えるゴミと燃えないゴミだってちゃんと分別して出す。

やるべきことはやっているんだ、と頑張って主張しても、寝てばかりいる女に周囲の目は冷たい。他人にとっては、全く理解しがたく、無意味で、非生産的な、許しがたき行為なのだ。

そんなに急がなくてもいいじゃない。ときどきわたしはそうつぶやく。空き巣の件は、別である。すぐに110番をしていれば、空き巣狙いの犯人は捕まったのかもしれない。でも、ほとんどの場合は、「なにもそんなに急がなくても。ちょっと昼寝でもしてひと息つきましょう」と思うのだ。

ちょっと体がだるいな、と感じたら寝る。 無理して頑張って目を開けていたって、体調は悪くなるばかりだ。悪くなるのを待つよりは、ここで少し休んで力を取り戻してからまた現実と向き合えばいい。

仕事で行き詰まったときも同じだ。何度やっても思うようなデザインを仕上げることができない、いいアイデアが浮かばない。表現したい思いにピタリとはまる言葉をみつけられない。もどかしい、イライラしてくる。おまけに締め切りは明日の朝だ。 いったいどうすればいいんだろう、何もわいてこない、いったいどうすれば、そうだ、とりあえず寝よう。

そんな差し迫った状況でも寝てしまうなんて、まったくのんきなヤツである。呆れてものがいえない。でも、モニタにかじりついていても、画集を開いても、だめなときは何をやってもだめなのだ。起きていたって、ロクなものしか生み出せないのは目に見えている。

パチンと一度スイッチをオフにする。現実とつながっている心と体の活動を止め、無意識になりたいと強く思う。

わたしにとって眠りは、心と体のリセットだ。

眠っているうちに魔法のようにすばらしいアイデアを授かるわけではない。コビトさんがかわりに仕事を片づけてくれていた、などということもない。

そのかわり、区切りがつく。調子の悪かった体と、これから快復に向かうかもしれない体。アイデアが枯渇していたときと、これからアイデアがわいてくるかもしれないわたし。自分自身でリセットしたことで、はっきりと一本の線が引かれている。寝る前とはあきらかに異なる、新しい心と体がそこにあるような気がするのだ。

そして、眠りは悲しみや苦しみもリセットしてくれる。

わたしがよく眠るようになったのは、中学のころからだ。中学3年のとき、わたしはひどいいじめを受けた。クラス全員から無視され、ときには罵られ、陰湿な意地悪をされた。

友だちに助けを求めたくても、一番仲の良かった子がいじめのリーダーになっていた。「いつでも力になろう」といった担任教師は、形だけ相談に乗っているフリをして、面倒くさがっているのが手に取るようにわかった。

登校拒否なんていう言葉は、まだなかったころの話だ。 突然早退して家に帰ってきたり、学校も休みがちになっていったわたしを、両親は責めることも慰めることもしなかった。どうしていいのか、わからなかったのだと思う。

誰も助けてくれなかったので、わたしは神様にお願いすることにした。誰もいないときに我が家の神棚の前に座り、畳に額をこすりつけて、一生懸命に祈った。

どうか、どうか、いじめがなくなりますように。どうか、この地獄からわたしを救ってください。お願いします、お願いします。いるのかいないのかわからない神様に向かって、何度となく祈った。

神様はいなかった。

そのころから、わたしはよく眠るようになった。学校から逃げるように戻り、部屋に駆け上がりベッドにもぐりこんだ。今日起こったつらいことを反芻しないように、きつく目を閉じた。

悲しい気持ちをいっぱいに抱えたまま現実とつながっていることができなかったのだと思う。そのときの苦しみから逃れるためには、わたしには眠るしかなかった。やがて、わたしの眠りは祈りになった。明日また学校に行くために、明日を生き抜く力を授かるために、明日を信じるために、祈るように眠り続けた。

いまでも、つらいときほど、「とりあえず寝よう」とゴロリと横になる。追いつめられて、悲しくて、苦しくて、どうしようもなくつらいとき。涙をこらえながらソファに横になり、海老のように体を丸めて、目を閉じる。

眠りから覚めたとき、祈りが届くと信じながら。

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■近 況
実は9月の初めからひどい不眠症に悩まされていた。眠れない、というのは本当につらいものだ。ドロドロに疲労しているのに、目を閉じても思考回路だけは妙にはっきりしていて、動きが止まらない。まるでイカれたハードディスクが暴走しているみたいで、がりがりアクセスのしっぱなしである。ずっと現実とつながっていなくちゃならないなんて、苦しすぎる。あまりに長く続くので、いよいよ病院でハルシオンを処方してもらおうかと思った矢先、先週の頭から風邪を引いた。ひさびさに重症の風邪である。熱っぽいのと、薬をがぶがぶ飲んだおかげで、不眠から解放された。災い転じて福となす、といいたいところだが、今度は眠りっぱなし。風邪がひどくて、起きられない。どっちもどっち。

by ichiko : カテゴリー:エッセイマガジン

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