2006年07月05日

市民健診(下)

 昨年まで無料で実施されていた市民健康診断が、ことしから有料になった。七十歳以上の人、非課税世帯の家族などへの費用免除はあるが、四十歳から六十五歳までの多くは、ひとり千三百円の負担を強いられる。行政サービスとしてはあきらかに後退した。

医療費削減のために「予防」を呼びかける市が、そのおおもととなる健診の敷居を高くするのはなぜか。

平成十六年度の受診者数は、七千四百人余り。この数を参考にして計算してみると、三割が費用免除されると仮定した場合、およそ六百七十三万円の収益になる。さて、そのお金はどう使われるのだろう。

一般会計予算案では、本年度から新たに「健康づくり推進事業」として七百七十万円近くを計上している。健診の収益見込みの数字にどこか似ている。この事業は日常でできる手軽な運動の推進、疾病予防のための健康指導、栄養・食生活の正しい知識の普及などを目標としているが、その前提には健康診断がある。各地区を訪問する健康指導では、市民の疾病状況・健診の受診状況について説明し、健康相談を行うという。健診の事後指導ということばも出てくる。

栄養や食生活の懇談会に参加するのなら、中性脂肪率や血糖値、コレステロール値を把握しておく必要があるだろう。自分の健康状態を知ったからこそ、相談や指導を受けてみようという気持ちになるはずだが、推進事業の前提でもあり、健康づくりの入り口になる健診が有料なのでは、本末転倒のように思えてならない。

同じように本年度の予算に加えられた新規事業として、市の本庁舎別館の建設事業がある。防災拠点として計画されている別館は、わずか地上二階建てという規模で五億九千万円の建設費だ。その百分の一を健診に回してもらえたなら、これまでどおりに無料サービスが行えそうである。まさか、健診の収益が別館建設の費用になるわけではないだろうが、かたや五億九千万円の建設費が予算として計上され、市民の健康診断は有料化されていくことに、どうしても私は納得できずにいる。


(東京新聞埼玉版・2006年7月5日掲載)

by ichiko : カテゴリー:新聞掲載コラム

2006年06月28日

市民健診(上)

~市の取り組みに矛盾する有料化

酒好きの友人が「しばらくは酒を控える」と宣言する。会社の健康診断で、肝機能の数値に異常を見つけたからだ。中性脂肪率がハネ上がった友人は、休日にウォーキングを始めたりする。健診の結果を受け、ささやかながらも、自分でできるところから食生活や生活習慣を改善しようと試みる。健康はなによりの財産だからだ。

自営業である夫と私は、市民健診を受けている。職場や学校で定期的な健診を受ける機会のない人のために、市はそれぞれの地区の公民館を回り、無料で健康診断を行っている。身体測定、血圧測定、血液検査、尿検査、心電図、胸部レントゲン撮影、問診など検査の内容も充実しており、年に一度の健診日には公民館は人であふれる。昨年からは事前に電話で時間を予約する方法がとられ、待ち時間も少なくなって快適になった。

しかし、この春に配布された市の広報誌を見て、驚いた。ことしから健診は有料とする、とある。七十歳以上の人、非課税世帯の家族など、費用を免除される人たちもいるが、四十歳から六十五歳までの多くは、ひとり千三百円を支払わなくてはならない。無料から、千三百円への移行はあまりにも突然で、負担も大きいのではないだろうか。

資料によれば、対象者から割り出した健診の受診率は平成十年度で30%、以後の六年間で着々と増え続け、十六年度は44%をこえた。ひとりひとりの健康づくりへの意欲が高まり、健診を受けることが健康への第一歩としていかに重要であるかという認識が浸透しつつある。

医療・介護関係の費用が急増している今、財政の危機的な状況を迎える前に、市は「予防」に真剣に取り組みたいという。自分の健康状態を把握し、生活習慣病の予防や病気の早期発見を心がけましょうと呼びかけながら、予防のおおもととなる健診を有料化し、敷居を高くするのは矛盾している。目先の小さなお金を惜しめば、いずれ高額な医療費として出費を迫られる結果になるのではないか。

そんな中、本年度の予算には五億九千万円の市庁舎別館の建設費が計上されている。
(下につづく)。

(東京新聞埼玉版・2006年6月28日掲載)

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2006年05月10日

春祭りの神社

~老いも若きもみんなが笑顔

空高く、そびえる旗のてっぺんに祀られたサカキが天を目指して春風に揺れている。朝六時半、氏子になっている家の男衆の手によって、参道の入り口に二本の大きな旗が立てられる。春祭りは、早朝の旗立てとともに始まった。

昼すぎに、夫や友人たちと連れだって神社に向かう。風になびく旗に迎えられ、小さな鳥居をくぐって石段をのぼると、古びた物置小屋を思わせるような社がひっそりと佇んでいる。手を合わせると、太鼓の音が流れてきた。下の広場では、当番の人たちが前日にとんてんかんてんとこしらえた手作りの舞台の上で和太鼓が鳴り響き、カラオケののど自慢があり、愛好会による踊りなどが披露される。

夫はずいぶん前から近所の友人と一緒にカラオケ大会に参加し、アイドル歌手のまねをするときもあれば、マツケンサンバを踊って見物客を笑わせたりしている。

私はといえば、お祭りに行くようになったのはここ数年のことだ。ひなびた神社、出店はたったの一軒、まばらな見物客のほとんどが年配の人とあっては、足が遠のいてしまう。ある時、お世話になっている自治会のおじさまに、「祭りの時ぐらいは神社に出向いてお参りし、きちんとお神酒を飲め。この土地を守ってくれている神さまだぞ」と教えられてから、顔を出すようになった。

紅白の垂れ幕を張った手作りの舞台の上には、「奉納」と書かれた額が飾られている。神仏を楽しませ鎮めるために、供物を供えたり、その前で芸能・競技などを演じることだそうだ。空の高みに吸い込まれていく力強い太鼓の音に、神さまが耳を澄ませているような気がする。お世辞にもうまいとはいえない夫の歌はさてどうだろうと苦笑いがこぼれた。見知ったおじさまが、湯飲みをぐいと押しつけてきては「ほら、もっと飲め、飲め」と愉快そうに酒をつぐ。

あちらのおじさまも私を見つけて手をふってくる。老いも若きもみんなが笑顔で元気な姿を見せに来る、それが神さまをよろこばせることにちがいないなと思えて、私も笑顔になる。そして、今年もこうして元気で健やかに祭りを迎えられたことに感謝をする。


(東京新聞埼玉版・2006年5月10日掲載)

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2006年03月22日

捨て猫の「飼い主」

~迎えに来た事実にこころは救われる

 以前も書いたのだけれど、年が明けて間もないころ、散歩の途中で子猫を拾った。

 墓地につながる坂道からころげ落ちるように追いすがって来た子猫の顔は、目ヤニと鼻水でぐしょぐしょだった。必死に身をすり寄せて甘えるしぐさから、捨て猫だというのはすぐにわかった。病院からもらった薬を根気よく飲ませても白濁の消えない小さな瞳をみつめて、「呪っておやり」と私はささやいた。病気のお前を放り出した飼い主を、呪っておやりなさいね、と。

 子猫を拾って十日ほどたったころ、妙な噂を耳にした。墓園の管理事務所に「飼い主」だと名乗る人があらわれたのだという。一度は捨てたものの、なんとか見つけ出して引き取りたい、と連絡先を置いていったそうだ。

 やはり、この子は捨てられたのだった。こっそりと猫を置き去りにした場所に舞い戻るのは、どんな気持ちがするのだろう。恥をしのんで、罵声を浴びるのも承知のうえで探しに来たのではないか。

 捨てたんだぞ、と夫は語気を強める。凍えるような冬の日に、子猫を捨てたんだぞ。病気の子猫だぞ。今さらなにを、と言いたいのだろう。その怒りは私にもわかる。病気の子猫を真冬の寒空に放り出すのは、その首をひねって殺すのとなんら変わりがない。自分で手をかける度胸はないから、見えないところに捨てて葬り去る。

 「夜ごと、うなされたのかもしれないよ」と夫が言う。「うなされる?」「そうさ、呪っておやりっていったから、この子は本当に呪ったんだよ。夜な夜な、目ヤニ鼻タレの子猫が夢にでてきて、目覚めが悪くてしかたがないからしぶしぶと探しに来たんだよ、きっと」

 けれど、こころのどこかで救われる。迎えに来た、という事実に、私は救われるのだ。たとえ一瞬でも捨てたことを後悔し、生きるものの命の尊さに思いをはせてくれたのだとしたら、人として救われたような思いがある。

 ただ、どういういきさつがあって捨てたのか、なぜ探しに来たのか、聞いてあげるつもりはない。捨てた瞬間に、「あなた」の子猫は死んだのだから。


(東京新聞埼玉版・2006年3月22日掲載)

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2006年02月01日

動物を飼う

~どんな理由でも最後まで責任を

 散歩の途中で子猫に出合った。墓地につながる坂道の真ん中で、みーみーと鳴いている。妙なこともあるものだ。野良猫の「総元締め」と思われていたメス猫は、近所の女性たちがお金を出しあって避妊手術を受けさせた。子猫たちも里親に引き取られていった。野良猫は一掃されたはずなのだ。

 か細い声で鳴きながら、子猫は小さな体をすり寄せては甘えてくる。あきらかに、飼い主に捨てられた猫だった。両目から目ヤニがあふれ、左の目はつぶれている。ごぼごぼっと音を立てては鼻水を噴き出す。鼻がきかなくなり、餌を見分ける能力を失った猫は死ぬしかない。長くはないだろうなと思いながら、子猫を置き去りにして家に帰った。この寒空で死ぬのは運命だ。

 うちには野良出身の猫がいる。寒い冬を前に鼻水をたらし、餌をとる術(すべ)を持たないその猫は死ぬはずだった。野良として生まれた以上、それが自然の摂理だ。強い者だけが生き残る、そうして野生は生き抜ける血だけをつないでいく。死ぬべき命をひろいあげてしまった安易さに、神の掟に背いたような、何かを乱してしまったような罪悪感が残った。

 けれど、目ヤニ猫を見かけた夜遅く、懐中電灯を片手に探しに出た。飼い主が腹立たしくてならなかった。動物を飼ったら、命をまっとうさせてやる責任がある。そして、最期まで見届ける覚悟もいる。どんな理由かは知らないが、真冬の寒空に病気の子猫を放り出すのは、その首をひねって殺すのと同じくらい、残酷なことだ。人間の傲慢で捨てられ、いま死に行くかもしれない命は、やはり人間の手で救ってやらなくてはならないような気がした。

 病院からもらった薬を飲ませてやると、つぶれていた目は開くようになった。白濁は完治しないかもしれないと医者は言う。鼻タレ目ヤニの子猫は、みーみーと鳴き、無邪気にまとわりついてくる。その白濁した小さな瞳を見つめ、「呪っておやり」と私は囁く。真冬の寒空に、病気のお前を捨てた飼い主を、呪っておやりなさいね、とささやいてみるのだ。


(東京新聞埼玉版・2006年2月1日掲載)

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