2013年09月05日

談春 第14回デリハル

8月は行けなかったので二ヶ月ぶりのデリハル談春独演会。会場となった目黒区柿木坂地区の都立大学跡地にあるめぐろパーシモンホールは、数年前に建てられた新しい施設で、大ホールは1200人収容、座席はゆったりとしたリクライニングシートでとても快適だった。

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トッピングはこはるの「権助魚」。開演後に入ってくる人が異常なほどに多くて、ぞろぞろと歩いてる人を眺めながら噺を聴くのは残念で仕方ない。

談春の演目、ひとつめは「真田小僧」。まくらで「6時半の開演に遅れずにやってくるのがそんなに大変でしょうか」と言っていた。この時点でも前方の席にはまだ空きが目立つ。「売り切れなんですけどねえ。チケットを買って、当日は来ないってのがアンチなのかもなあ」とも。

真田小僧は、六連銭のくだり最後まで。「ああ、いけねえ うちの真田も薩摩へ落ちた」が早口すぎて、ちょっと聞き取りにくかった。初めて聴いた人はちゃんとわかったのかな。

お仲入りの後は、「らくだ」。談春がこれをやると「怖い」といわれるらしいが、それは幼少の頃から「らくだ」みたいな人ばかりに囲まれて育ったせいで、そっち側の人間に慣れているからだそう。サラリーマンなんていなくて、腕の良い職人ばかりだった。しかし、仕事があんまりない職人たちは、朝から酒で顔を真っ赤にしている。そんな人たちに囲まれて幼少期を過ごしたそうだ。

「らくだ」は、たしかに楽しく、見せ場も多く、屑屋が酔っ払って半次に絡むところなどは大声で笑った。オチは焼き場までは行かず、屑屋と半次の立場が逆転するところまで。笑った。爽快だった。

でも、わたしの好きな談春ではないな、というのが正直な感想である。談春は、そんなに人が腹を抱えて笑うような噺を二つも続けるだろうか。笑わせるだけだったろうか。

たとえば、「わからない言葉もあるがそこは聞き流していただき、一瞬でもいいから映像となるものを想像していただけたら幸いです」と前置きをした第8回の「慶安太平記」などを持ってくるのがわたしの好きな談春である。笑いよりも、映像を喚起させる噺だ。あるいは第10回の「九州吹き戻し」のような。

今回は談志にまつわるエピソードが少なかったせいもあるかもしれない。第8回の大田区民プラザは場所も場所だけあって談志が乗り移ったかのごとくであった。あそこまでとはいかないまでも、談春が噺をするときには常に談志がそこここに生きている。今夜は、その談志の出番が少なかったのかもしれない。

by ichiko : カテゴリー:落語の楽しみ

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