2008年05月21日
遠くも近くも
いまは大食いの大酒飲みの、
メタボな腹を抱えた図体のデカい女だけれど、
ちょいと前まではひょろひょろと軟弱ななりをしていた。
小さいころから小食の偏食だったわたしは、
おとなになっても年がら年中、風邪をひき、
毎朝のように腹をこわし、
すぐに熱を出した。
栄養を摂っていないぶん、体の機能はじつにお粗末だった。
持久力もなければ、すぐに壊れる、不良品のようなからだのなかにも
いいところがひとつだけあった。
それは視力。
どうやらそれは誇れるものらしい、と気がついたのは、
高校の視力検査のときだ。
まわりの友人たちはほとんどがコンタクトレンズを入れていた。
検査になってコンタクトをはずし、裸眼になると、
彼女たちはいちばん上の大きな文字さえ読むことができなかった。
一歩、また一歩と前に進んでようやく文字を判別している友人を見て、
心底わたしは驚いた。
なにかの冗談かと思ったぐらいだ。
なぜなら、わたしは片眼でいちばん下にある米粒の文字を読むことができたからだ。
コンピュータの仕事を始めてそろそろ20年になろうか、
一日12時間、画面を見つめていても
視力が衰えることはなかった。
ずっと、それが続くものだと思っていた。
しかし、時間には勝てないのである。
時間。というよりは、歳。年齢には勝てないのだ。
車の運転が億劫になった。
HTMLのちまちまとした英数字を書くのが億劫になった。
文庫本を読むのが億劫になった。
暗い店でメニューを読むのが億劫になった。
たぶん老眼だろうな、とあきらめて眼鏡屋さんに行った。
ショックだった。
右眼の視力はそこそこに維持していたが、近くのものがまったく見えない、
つまり老眼になっていた。
それはいい、歳なんだから、許してやりたい。
ショックだったのは、左眼のほうだ。
視力を測る機械をのぞき、そこに文字が映し出されるのだけれど、
すんごくデカい文字らしきものが目の前にあるのに
読めなかった。判別できなかった。
視力は0.1だという。
0.1。
ショックです。
つまりは究極のがちゃ目というものであるらしく、
遠くのものは右眼で、近くのものは左眼で見ていたということになるそうだ。
しぶしぶと遠近両用メガネというものをつくり、
ようやく、きょう仕上がってきました。
慣れないうちは世界が歪みます、
ぐんにゃりぐんにゃり揺れるので、いまにもゲロりそうです。
セルの細めの、かっちょいい、いけてるフレームにしたい、と強く言い張ったのだけれど、
却下されました。
遠近両用は、レンズの縦の長さが37mm以上ないと使いこなせないんだって。
それにしても、よく見えるね。
遠くも近くもくっきり。
世界のものものたちがわれもわれもと主張しながら迫ってくる感じで
ちょっと怖い気もするけれど。
単3電池に書かれている注意書きを読み、
おおおっ、すげー、読める~っ、と感動してみたり。
しかし、げろり。
by ichiko : カテゴリー:日々のあれこれ
