2007年08月14日
秋田の夏とビーチボール
子どものころは、夏になると家族で秋田に行った。
父は秋田の生まれである。
イタリアの大家族のように、ばあちゃんや伯父さん、伯母さん、いとこたちが親しく暮らしているなかで、年に一度しか顔を見せないわたしはあきらかによそ者で、子どもながらに肩身が狭かった。
父の兄、つまりわたしにとっての伯父さんは、
遊びに行くと決まって、
「好きなものを買ってやる、いくらでもいいからよ、欲しいものを言え」
と言った。
伯父はずいぶん昔に結婚したことがあるそうだけれど、
妻を亡くしてからはずっと独り身をとおし、
子どももいない。
大企業の勤め人であったから、お金はあり余っていたのだ。
最初に買ってもらったのはリカちゃんハウスだった。
好きなものを、と言われてわたしはずいぶん戸惑った。
父や母は厳しい人だったのでめったに物を買ってくれることはなかったし、
ましてや「いくらでもいい」という買い物などはしたこともない。
買うことに慣れていないと、欲しい物も生まれて来ないのである。
ほら、リカちゃんハウスがいいんじゃないの、と母に言われ、
びくりとした。
あんなにすごいものを買ってもらっていいの、いいの、いいの、
と子どもながらにびびっていたんである。
秋田で一番有名なデパートに行き、リカちゃんハウスを買ってもらった。
包装紙にくるまれたそれをめざとくみつけたいとこたちは
これリカちゃんハウスだよね?だよね?といかにも羨ましそうに
眺めていた。
帰りの連絡船のなかでも、ちらちらちらちらとその包みに目をやったのを覚えている。
きっとすぐにいとこたちも同じものを買ってもらったはずだ。
秋田にいるいとこたちは年がら年中、それこそあらゆるものを
伯父に買ってもらっているらしかった。
つぎの夏にも伯父は
「何が欲しい? 好きなものを買ってやる」
と言った。
小さいころのわたしは、ずいぶんとおつむが弱かった。
けれどわたしもそれほどバカじゃない。
その年は父や母にも相談して、ちゃんと答えを用意していたのだ。
ビーチボール、
わたしは即答した。
伯父が一瞬、え? という顔をした。
それから納戸か物置かどこだかに消え、
いとこたちのビーチボールをひとつ抱えて戻ってきて、
これか? と聞く。
そう、それ。
これか? と伯父はもう一度聞く。
うん。できれば模様はいちごのがいいの。
こったらモンか、こったらボールでいいんか、
こったらボールだったら、そこの商店で売ってるべ、
と伯父は信じられないといった顔で繰り返すのだった。
それから何度か同じように確認され、
しばらくしてからいちご模様のビーチボールを手に入れた。
そのつぎの年からは、何を買ってもらったのか、
まったく覚えていない。
おつむが弱い子だったのでしかたがない。
もしかしたら、もう買ってもらわなかったのかもしれない。
父と母が、教育に悪いですから、とかなんとか言って、
おねだりをやめさせたのかもしれない。
伯父はいまも秋田にいる。
八十を過ぎ、体もずいぶんとしぼみ、お金もなくなった。
夏に蝉の声を聞くと、ふと思ってみる。
いま伯父に「好きなものを買ってやる」と言われたら
なにをねだるだろうか。
金に糸目はつけないのである。
あれもいいな、これもいいな、と空想するわたしは、
すっかり物欲にまみれている。
ビーチボールがいいの、模様はいちごのがいいの、
と言ったわたしは
もうどこにもいないのだ。
by ichiko : カテゴリー:日々のあれこれ
