2007年05月29日
春が足りない
お散歩いきましょうよ。
夕方ちかくになると
となりに住んでいる義母がよく声をかけてくれた。
ぽくぽくと栗園を抜け、河原に出て、
カワセミを待ち、錦鯉を探した。
春の土手には甘草が生えていた。
雑草と見分けがつかないわたしには、
甘草をみつけだすのがむずかしかった。
晩ご飯の時間になると義母はぬたにした甘草を持ってきてくれた。
甘くて酸っぱくて春の匂いがいっぱいのぬただ。
あ、つくし。
散歩の途中でつくしを取ろうとしたわたしに
めずらしく義母は顔をしかめたことがある。
つくしはよしましょう。
つくしはね、と義母が言う。
義母は若いころ、わたしよりもうんと若いころに三鷹からここに越してきた。
山の春がうれしくて、子どもたちといっしょに
つくしを取った。
つくしのつくだ煮をつくろうと思った。
数日後、近所のこころないひとたちの間で
あそこの家はひもじくて食べるのもままならない、
子どもにつくしなんかを取らせて食べている、
と噂されたそうだ。
ひもじいって、食べるものもないって、
そう言われたのよ、と憎々しげに言った。
よっぽど悔しかったのだろう。
だから義母はつくしは絶対に取らなかった。
義母が病気になってから何年が過ぎただろう。
甘草のぬたやらうどの酢みそあえやらたらの芽の天ぷらやらとはもうずいぶんお目にかかっていない。
なんだか、春が足りない、春が終わらない、というまま、
いつも
雨の季節を迎えることになる。
by ichiko : カテゴリー:山の暮らしぶり
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