2007年04月24日

どくだみの巨大地下組織

まだまだ、まだまだ、
連休まではまだまだ、と引き延ばしているうちに、
家のまわりがジャングルと化した。
春はやっぱり前倒しでやって来ている。

例年ならばゴールデンウィークの初日あたりに栗の木が芽吹き、
栗林は薄い黄緑色のつぶつぶに包まれる。
ビデオの早回しを見るようにぐんぐんと成長し、
連休が終わるころには立派な葉っぱになる。
それがことしはもう中学生ぐらいの葉っぱなのだから
ほったらかしの庭が雑草であふれているのもあたり前なんだろう。

しかたないので、草むしり作業の一日となる。

なんだかなあ、面倒くさいなあ、時間がないのになあ、
とふて腐れつつ、抜く。
草むしりの始まりはいつだって不機嫌だ。

ところがだいたい50センチ四方ぐらいを終えたあたりから
草を抜くのが心地よくなってくる。
先祖代々わが家の仕事は草をむしることでありました、
とでもいいたくなるような、
なつかしいような、あたり前のような、
神から与えられた天職をまっとうしているかのような。

ジャングルだからといって欲張ってはいけない。
いっぺんに抜こうとしてたくさんの草をつかむと
ぶちぶちと茎から折れてしまうだけだ。
一本、あるいはひとつの苗と思われるものの根元をつかみ、
まずはそっと1センチほどひきあげる。
いけるぞと手ごたえがあっても焦るなかれ。
ここで急いではせっかくの根がぶちりと切れてしまう。

均等な力で、時間をかけて引き抜く。
地中深くからひきずりだされる根には
ぐぐぐぐという重い手ごたえがある。
ぐぐぐぐ。
これこそが草むしりの快感。

引き抜く快感にもっとも適しているのは、
わが家の庭ではどくだみ草にまさるものはない。
くさいのが難点ではあるが、
それを耐えてもなお抜くだけの価値はある。

どくだみ草は地下でひっそりと巨大な組織を築いている。
ほんの数センチの小さな葉をのぞかせていると思いきや、
ぐぐぐっと引き抜いていくと
となりのタンポポをなぎたおし
たいせつな球根を蹴散らし
可憐なスミレさえも吹っ飛ばし
あれよあれよと1m先の別の小さな葉まで
延々と根がつながっている。
慎重に、気長に根を追いかけていくと
どこもかしこもどくだみ根の秘密ルートが張り巡らされており
わが家の庭はすっかりどくだみの占領下になってしまっているのだった。


地べたにしゃがんで土に近くなるだけで
こんなに気持ちがいい。
土を見つめて、土の匂いを嗅いでいるうちに
こころは浮き立ってくる。

by ichiko : カテゴリー:山の暮らしぶり

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