2007年01月21日
四人で夜景を見ながら
中学のクラスメートで蝦夷を脱出しているのは、わたしを含めてわずか三人しかいない。
学級代表をつとめていた生真面目なヨシオは日本が誇る名のある大企業のお偉いさんになっており、甘ったるい顔で女の子たちを惑わせていたオカノはまっとうにも二児の父親として奮闘している。
蝦夷地を遠く離れて暮らす三人はときおり集まっては肩を寄せ合い、江戸では手袋をはくって言うとこっぱずかしい思いをするからな、肉じゃがに入れるのは豚肉じゃないってよ、生寿司なんて口が裂けても言うなよ寿司は生に決まっているじゃねえかバカかよって笑われるぞ、え、そうなの、まじかよー、じゃなんて言うんだよー、などとひそひそと情報交換をするんである。
さて、ことし初めのプチ同窓会には、蝦夷地からわざわざサカシタがかけつけてくれたのでずいぶんとにぎやかになった。
(カタカタの名前はすべて仮名なんであーる。俺たちのことをネタにするなよ、などとやつらは言うが)。
せっかくだからちょいと東京見物でもしようということになり、つい先ごろまでツアーガイドをしていたオカノは二泊三日のプチ修学旅行の日程表まで作ってくれた。観光する場所はもちろん、移動手段やら電車の時間までじつに細かく予定が組まれている。メール添付で送られてきた日程表をながめ、わたしは二日目の浅草「牛鍋・米久」の昼食から合流した。
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浅草・米久の牛鍋。
肉はいまひとつ、というわたしに、どーしても食わせたいのだとオカノが粘っていた意味がわかった。
こんなにうまい肉は食ったことがない(貧乏人)。
みたらし団子が~、人形焼きが~と叫ぶわたしをひきずるように男子三人は急ぐ。なんでそんなに急ぐのかといえば、水上バスの乗船時間が迫っているのである。
浅草から、松本零士がデザインした「ヒミコ」という水上バスに乗り、お台場をやり過ごし、豊洲まで。
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山に囲まれて暮らしているわたしには、水がとてもめずらしい。ビルの林もめずらしい。
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ヨシオのマンションはららぽーとから歩いて5分のところにある。予約してくれたゲストルームは、玄関で宴会ができそうなぐらいに広かった。なぜだか部屋の真ん中にガラス張りの浴室があり、その向こうにソファとテーブルの応接スペース、そして窓際にベッド。
蝦夷からやってきたサカシタを囲み、酒を飲みながらあれやこれやと盛り上がる。
夜になると窓の向こうにはきらびやかな夜景がひろがった。
すごいねぇ、
都会だねぇ、
息をのむねぇ。
酔っぱらいどもは急にしずまりかえって、窓をみやる。
ひとり、ふたりと立ち上がり、四人が窓辺に並んだ。
ねえ、あのころ、想像できた?
とわたしが言う。
何十年か後に東京で、高層マンションの窓からこんなふうに、四人でこんなふうに東京湾の夜景を見下ろすだなんて、あのころ想像できた?
できねえな、
考えもつかねえな、
ないよな、
わたしも同じ。考えもしなかった。
蝦夷地を出ることさえ、考えもしていなかった。
でもさ、いまわたしたちいるのよ、四人でここでこうして夜景を見ているんだよね。
by ichiko : カテゴリー:日々のあれこれ
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