2006年12月12日
彼らの用事
いのししと話が出来るのであれば一席もうけてみてもいいと思っている。
こっちとしても慣れないことなのであんまり大勢では面食らってしまうが、
長老なりリーダーなり腕自慢なりの代表一頭となら
渡り合えるような気がする。
彼らが求めているものを聞いてやり、
もしもわたしが手伝えそうなことであればそう願い出ようと思うし、
彼らもそれを望むのであれば喜んで手を貸してやろうとさえ思っている。
だが、残念なことにわたしはいのししのことばがわからない。
いのししのほうもたぶんわたしのことばがわからない。
今夜もいのししたちは夜の闇にまぎれてやってくるだろう。
わたしの家の塀の下を掘りに。
午前二時を過ぎたあたりに。
広い広い栗の林がある。
裏手には、同じように広い広い畑がある。
そんななかにぽつんとウチは建っている。
まるで大海原に捨てられた木の板みたいに。
そのウチの塀の下を、
塀の下だけを掘る理由はなんなのだ。
食べるものが目当てではないのは、もうわかっている。
餌を探すのであれば、もちろん、迷わず、畑を掘るだろうから。
わたしがコワイのはそこである。
食べるものを探す以外に、いのししが土を掘るために
いったいほかのどんな理由が必要なのだろう。
いのししは明確な意志を持って、
毎晩毎晩同じ場所を執念深く掘りつづける。
あたりがしんと静まりかえった真夜中に
どこかの藪の中から姿をあらわし、
わたしの家を目指して歩いてくる。
伝説の王が眠る棺を見つけたみたいに。
ぶひぶひと興奮で鼻をならしながら、やって来る。
わたしの家の塀の下を掘りに。
午前二時を過ぎたあたりに。
いのししはわたしに用事があるのではない。
わたしに用事があるのなら、
土を掘るなどという面倒なことは省いて
堂々と真っ昼間に道をわたって会いに来るだろう。
いのししはわたしの家に用事があるのではない。
わたしの家や家のなかにいる猫たちや台所の古びたやかんに
用事があるのなら、
堂々と玄関からやって来るだろう。
すくなくとも、庭や戸口を蹴るだろう。
いのししはこの土地に用事があるのだ。
たぶん、わたしの家が建っている下あたり、
そこに用事があるのではないかという気がしてならない。
だからわたしはとてもとてもコワイのである。
by ichiko : カテゴリー:山の暮らしぶり
