2006年11月08日

言葉が重なる

朝のテレビで「道徳教育」についての特集が組まれていた。わたしが学校で習った道徳は、「これが正しい行いです」という押しつけであったけれど、いまはそうではないらしい。モラルジレンマ(価値葛藤)という授業では、先生は「結果」を出さない。とても面白い話だったので、ちょっと長くなるけれども、書いてみようと思う。

●門番のマルコ
主人公のマルコは王様のお城を守る門番として仕えることになりました。
マルコの父は言います。
「この国は王様がいるから平和に暮らして行けるのだ。王様の言うことをよく聞いてお仕えするように」

また、この門は戦いに行くときにしか開けてはならない、とも教えられます。むかし、この門を開けて敵に攻め込まれたことから、王様がそう決めたのです。

ある日、外に出かけた王様がひどい熱をだして戻ってきます。急いで城に入らなければならないので、近道であるマルコの門へ向かいました。

門番として、マルコは門を開けるべきでしょうか。


神戸の小学校が映し出される。三年生のとあるクラスが、この問題について話し合う。

門を開ける派、門を開けない派、に分かれると、数はちょうど半々。

戦いのときしか開けちゃいけないって決めたのは王様です!
じゃあ、死んじゃったらどーすんだよっ。
だって、そいつが本物の王様かどうかもわからないぞ。
王様がいるから良い国です、いなくなると困ると思いまーす。

開けるんだよ、いや開けちゃだめなんだよ。
それぞれに子どもたちは自信たっぷりに主張する。
どちらも正しい。

授業は盛り上がる。子どもたちは興奮する。
そして、先生はいう。
「じゃあ、つづきはまた明日」
えー、まじー、先生おしえてよー。
「勝敗」をすぐに教えてもらえないことに、子どもたちはちょっと不満そう。


●言葉が重なっとるんや
翌日。ふたたび、授業。
子どもたちの様子が、きのうとはちがう。
規則と人命尊重の狭間で、ゆらゆらと揺れているのがよくわかる。
自分のいってることは間違いないとは思うけれど、なんだかあっち側の言い分もわかるような気がするぞ。迷う子どもたち。

そこで、先生は、もう一度「門番のマルコ」を読む。ゆっくりと。
「この国は王様がいるから平和に暮らして行けるのだ。王様の言うことをよく聞いてお仕えするように」
のところで、ある子が叫ぶ。

「言葉が重なっとるんや」

ごくふつうの、小学三年生の男の子。こぼんず。
「重なっとるんや」ともう一度いってから、早口でまくしたてる。頭のなかの言いたいことに言葉が追いつかない。
「だってさ、王様も守らなくちゃならんし、門も守らなくちゃならんし、ほら、重なっとるやろ」

とてもいい顔をしていた。いま、たったいま、頭のなかで何かがはじけて、つながったぞ、わかったぞ、とこの子は全世界に向けて叫びたいような気持ちだろうな。

小学三年生は、「矛盾」という言葉を知らなかった。
矛盾してんだよ、といってしまえば、それですんでしまう話。
この子は、とっさに「言葉が重なっている」と叫んだ。すごいぞ、小学三年生。


●おとなの対応
学校から、画面はスタジオに戻る。
司会の小倉智昭は、「マルコは死んじゃうよ」とコメントする。「結果はどっちなんだよ、はっきりしろよ、じゃないと門の前でマルコは死んじゃうよな(笑)」。ばか。

ついでに、「このまま政府に入っちゃうと、特措法で逃げるんだよね、どっちつかずの逃げ道のさ」というようなこともいった。ほかのパネラーも、結果が出ないことにしらけた雰囲気で、コメントをする気もないといった様子。唯一、まっとうに立ち向かおうとしていたのは高木美保だけか。

せっかくの授業が、台無し。

by ichiko : カテゴリー:日々のあれこれ

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