2006年08月24日
命危うし逃げろよイイチコ
銀行の帰りに本屋に立ち寄ると、平積みのなかに好きな作家の本を見つけた。待望の文庫化!という帯がまかれた一冊を手にとり、最初のページを開く。バッグのなかの携帯がぶるるんと震え、エージェントから最初の指令が届いた。外に出たときには、本を買って帰るのを忘れていた。
家に戻って、「はじめの一歩・下調べ」というタイトルのメールを開く。小説を書くにあたっての、手始めの調書というところか。ずらりと並んだ質問にてきぱきと答えていく。最後の質問で、ちらりと手が止まった。
「オレが新作を書くとしたら、どんな小説が読みたいか、客観的にあらすじを書け」
新作ねぇ。客観的にねぇ。ふふふ。
あらすじを考えるには、5分とかからなかった。さきほどの書店でさらりと読んだ、帯のあらすじをパクったからである。働き盛りのサラリーマンを遅咲きの作家に変え、美女を19歳のギャルに変え、無償の愛を若妻の不倫に変え、感動でつなぐ愛の巨編を抱腹絶倒のてんやわんやのコメディーに変え、あとはゴルフだのエッチだのとエージェントが好きそうなものを加える。ちゃっちゃっちゃっと仕上げる。あら、なんだか、面白そう。自分のためのアイデアは浮かばないのに、よそさまに書いてもらうとなると、いとも簡単に話はでっちあげられるものなのである。
鼻歌まじりにメールの返信ボタンを押す。ちらちらっとイヤな予感が頭のうしろを横切っていったような気もした。あれっ?あれあれっ? けれど、300ページの提出期限に追われているうちに、そんなことはどこかに消えていってしまった。
まずい。これはまずいことになった。
夜になり、「エージェント通信・正式版第一号」が届く。
「いいぞ、なかなかおもしろい。では、その話をオマエが書け」
やっぱり。
「オレが書いたら、おもしろいに決まっている。人が書いたものを読んでみたい。だから、それはオマエが書くんだ」
やっぱりやっぱり。
「さあ、はやく読ませろ、いますぐ一行目を書け。さあ、さあ、さあ、さあ」
もしかして、という気はした。自分のためのあらすじを考えろといっても詰まるにちがいないと予想したエージェントは、オレの小説のあらすじ、と言い換えたのだ。こりゃ一本とられた。だが、どうする。あれは有名作家の帯からパクったものでございます、パロディにしちゃったのでございます、といまさらどうして言えようか。まずい、これはまずいことになった。
舐めたマネをしてくれるじゃねぇか、オレ様にパクリのあらすじを見せて切り抜けようとするなんざぁオマエはどういう生き様さらしとんのじゃ、とかなんとかいいながら、刃物を突きつけてくるにちがいない。指の一本や二本ならまだしも、呼ばれたときにしか姿を見せないという秘密エージェントの素性を知ってしまったいま、わたしは抹殺されてしまうのだろう。
命危うし逃げろよイイチコ。
とはいえ、きょうは8日ぶりに夫が台湾から帰ってくる日。ああ、立派な横綱になった夫のハレ姿をこの目で見ずに、どうして逃げられるものか。
by ichiko : カテゴリー:日々のあれこれ
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