2006年08月22日

神さまからの返事

小説を書いていただけませんか、
とその人はいう。

山の手線のホームに出る階段の下で、それじゃあこれにて、といままさに別れのあいさつをしようとした瞬間に、その人はきょう初めて「小説」ということばを口にする。さんざん飲んで話をする時間はあったのに、どうしてこんな間際にいうのだろう。

「さきほども言ったように、ノンフィクションの原稿を書くつもりでいます」
「いえ、小説です」
「ムリです、たとえばエッセイなら千個でも書ける自信はあります、ですが」
「エッセイを膨らませると小説になります」
「わかっています、ですが、小説の才能はないように思います、それに」

体格のいい男は有利である。いったいこの人の身長はいくつあるのだろう。胸板の厚さを強調するようにぴんと胸をはり、はるか上からわたしの目を見据えて「小説です」と繰り返すこの男に、わたしははっきり断ることができずにあたふたと言い訳を連ねている。酒の席ではなく、ホームにあがる直前にこうして立っているときに話を切り出す理由がわかった。

とりあえず検討します、
と答えて、逃げるように階段をかけあがる。

とりあえず検討する?小説?いやそれはムリだろう、そっちの才能はまるでないってわかってるじゃん、ダメじゃん、でもまああの話なら小説になるかもしれないなぁ、短編集ならいけるような気もするなぁ、いや、ちがっ、わたしが書きたいのはノンフィクションじゃん。帰りの電車では、アルコールに侵された脳みそはフル回転である。

いま抱えている300ページ(500から減少した)のサイトを終えたら、資料集めや取材をぼちぼちと始め、ノンフィクションを一本書いてみようと思っていた。どうやったら書けるのか、あるいはわたしにそれを書くことができるのか、質問をしたためたメモを机の引き出しに入れた。神さまのご意見を伺うお手紙なのである。質問があるところには答えがある。神さまはなにかの形できっとお返事をくださるにちがいない。

大男はノンフィクションにはまったく興味を示さなかった。小説を書け、という。それが答えなのだとしたら、かなりつらい。

by ichiko : カテゴリー:日々のあれこれ

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