2006年08月11日
【帰省:1】写生大会めぐり
帰省しても、札幌の街に出かけることはめったにない。たまには観光客になりすまして、ひとりでぶらりと街を歩いてみたくなった。
小学生のころ、写生大会で何度かここに連れてこられた。大きな画板に、斜めがけにした水筒とリュックサック。いつも噴水で失敗した。ダイナミックさを表現したいのに、わたしが描くものはみみっちくてやせ細った噴水でしかなかった。
時計台ってビルの谷間に埋もれている小屋じゃん、ほんとつまんなかった、といったのは東京生まれの友だち。
時計台は、一度しか描いたことがない。横板の雰囲気を出そうと一本一本の詳細を描きこんだら、妙な建物になった。そうね、わたしには絵心がなかったのね。
ここもよく描かされた。中学のときには自分でも納得のいく絵が描けて満足したのだけれど、美術の先生にこてんぱんにけなされてひどく傷ついたのを覚えている。
街の中心部にある名所をぶらりと歩いてみれば、子どものころの写生大会の思い出につながった。一日中歩いてみるつもりだったけれど、1時間とすこしで飽きてしまった。
札幌の街はきれいすぎる。ゴミひとつ落ちていない広い道路、歩く人もまばらな通りではだれかと肩をぶつけることもない。裏通りには人っ子ひとり歩いていない。碁盤の目に整備された街はわかりやすくて便利だけれど、四角に区切られた街はなんだか面白みに欠けている。ひとは、ときには迷ってみたいものなのだ。行き止まりにぶちあたってしばし休んでみたり、狭い小路の向こうに開ける未知の世界に期待したいときもある。
台北の街をなつかしんでいる自分がいた。いたるところに出されている露店の食べ物屋、物売りの声、それを買う人の声、道ばたでそれを食べる人、迷路のような小路をめぐった先にみつけた市場。ぶらりと歩いてみるのなら、混沌に満ちた、迷路のある街がいい。
by ichiko : カテゴリー:旅に出た
