2006年03月16日

文章の意図

おおざっぱに段落に番号をつけると、書き上げた原稿は12345となる。言いたいことは、もちろん、最後の5になる。

「ちょっと表現がキツいので、段落の順番をかえてもいいでしょうか」と担当者から電話がくる。

いいでしょうか、とたずねているようでありながら、この場合、「いやです」と拒否する余地はない。あちらが「かえる」と決めた瞬間、それは絶対なのだということは、この何年間の経験でわかっている。もし、どうしてもいやであるならば、指摘の箇所を削除し、全文を書きなおすしかない。

それでも、この担当者はとても気遣いのある方で、書き換える前には必ず電話をくれて、その理由なり、書き換え案なりをていねいに説明してくださる。新聞社の支局というのは転勤が多いようで、これまでにも担当者が何度か変わったけれど、たいていは何の説明もなく、勝手に書き換えた著者校だけをFAXしてくる場合が多かったのだ。

段落をいれかえた著者校を読み、なるほどな、と思った。

できるだけ内容には手を入れませんでした、というだけあって、「ただ」という接続詞が挿入された以外、文字はなにひとつ変更されていない。5が最後ではキツい印象になるということで、12345を、12543という順番に並び替えた。くるくるっと入れ替えても、すんなりと読めてしまう。書き手の意図は、5から3に変更されてしまったわけだけれど、それで印象がやわらかくなり、だれかを傷つけずにすむのなら、まあいいかな、と思える。

文章はパズル、組み合わせかたしだいで、印象もずいぶんかわってしまうものなのだね。

by ichiko : カテゴリー:仕事あれやこれや

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