2005年10月25日

埋蔵金、手にできず

夫の定期預金を解約するために、都内の信用金庫に向かう。10年以上、一度も出し入れせずに寝かせておいたので、「長い間お取引がないようですがお忘れではございませんか」という手紙が届いた。忘れるわけはないが、夫の名義でありながら、彼はそのお金の存在を知らされていなかった。「いざというときに使うのよ」と義母が渡してくれた秘密の蓄え。いまがいざ、なのかもしれないという気がしたので、長きにわたって守り続けてきた埋蔵金のありかを夫に打ち明け、いよいよ掘り出すことに決めたのである。

窓口で通帳を渡す。しばらく待たされて、奥から出てきた年輩のおじさんに呼ばれ、椅子のある席に案内された。
「新しいお通帳をおつくりいたしました。ですが」
ですが?
「定期預金のご解約はご本人様でないとできないことになっております」
つまり?
「つまり、きょうはお金をお渡しすることはできないということでございます」
「妻でもだめなんでしょうか」
「ご本人様にかぎります」
「夫に頼まれてやってまいりましたのに、それでもダメなんでしょうか」
「規則でございますから」
「わたくし、電車を3回乗り継いで、2時間かけてまいりましたの。きょう一日、無駄足にするわけにはまいりません」
「ご足労をかけて申しわけございませんが、そういうことですから」

ここでひと息。おっさんは「ほらわかったろう、さっさと帰れ」とわたしが席を立つのを待っている。わたしは帰る気がない。さあ、どうしたものか、どうすれば埋蔵金を手にすることができるのか。

「そうだ!こういう手紙が来たんですよ」
長い間お取引の...の手紙を出す。
「ほら、これを持っているということは、わたしはこの住所にちゃんと住んでいるという証でしょう? 『夫』がコレを持っていけばだいじょうぶだよ、って言ったんです。代理で来たんです。わたしの身分証明ならこの住所の免許証だってお見せしますわ」
「まあ、たしかに。そうはいっても、解約できるのはご本人様のみです」

泣いてみるのはどうか、と考える。あしたまでにどうしてもお金が必要なんです、でないと、怖いおにいさんたちがやって来て、わたしはどこぞの国に売られるんです、とかなんとか。
「どうしよう、困ったわ(うるっ)、きょう、お金を持って帰らないと(うるうるっ)、」
「...」
しーん。冷たい視線。このおっさんには泣きは通用しないと瞬時に悟る。というより、わたしと涙という組み合わせがいかにもウソっぽいのだろう。

「ったく、融通がきかないよね~」
ならば、脅しか。
「10年もだまって預けてあったんだから、ちょっとは融通をきかせてくれたってバチはあたらんでしょうよー」
「年月は関係ございませんから」
「きょうココに来たのは夫、それでいいじゃん、誰も見てないし、誰も気にしないよ、まったくさー、四角四面なことばかりいっちゃって」
「ご本人様でないと困ります」
「ねぇ、だれが困るわけ?」
「は?」
「本人様ではないワタクシに解約させたところで、だれが困るの?えーと、あなた、若松さんっていうのね、若松さんが困るからダメなわけ?べつに困らないでしょ、ア・ナ・タ・はっ」
「こほん。金融機関として、それはできない、と申し上げておるのです」

鉄壁の守備。さすが金融機関のおやじ、びくともせん。
「ぼく、イノウエアキラです...」
と、ためしに言ってみた。
おやじはにこりともせずに、呆れたようにソッポを向く。
ちょっとでも笑ってくれたなら、「女に見えるけれど、じつはボク、男!ほんとうはイノウエアキラ本人なんだぴょーん」と性転換説に切り替えてみようかとも思ったけれど、当然のことながら相手にしてくれそうもない。

地元の銀行から取り立てる方法を教えられる。「手数料はかかりますが、委任状をお持ちになってふたたびここにおいでになるよりは安いかと存じます」とおやじは言ったが、二度とココには来てくれるなよ、という意味なのだろうと思う。

けっきょく、埋蔵金は一円たりとも手にできず。大金を受け取る気でいたので、帰りの電車賃も持っておらず、スイカを使ってかろうじて池袋までたどり着き、マイ預金からお金をおろしてぽつぽつと家路に着いたのであったとさ。

by ichiko : カテゴリー:日々のあれこれ

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