2005年09月17日
コメンテーター
無神経な、心ないたったひとことが、ものごとの重さをあっさりと軽くしてしまうものだな、というのを知った。
さきほどの報道ステーションで、グループホームでの夜勤の現実という特集が放送された。グループホームとは、認知症高齢者が介護スタッフといっしょに少人数で共同生活をする施設だ。介護をする家族の負担を軽減するとともに、家庭的な雰囲気のなかで暮らし、食事の支度や掃除、家事などをすることにより認知症の進行を緩和させるという目的もある。
紹介されたグループホームでは、夜8時から翌朝8時まで、介護をするスタッフが1人になる。たった1人で、12人のお世話をしなければならない。あきらかにムリがある。お風呂の介助をし、歯磨きを見届けている間に、ほかの誰かが自室で失禁する。火を使えないようにガスレンジごとはずして移動する。寝静まっている間にすべき仕事は山ほどあり、ひと息ついたかと思ったころに、真っ暗な廊下を徘徊する人がいる。毎朝4時から家事を始めるおばあさんを見守り、手伝いをする。介護保険から夜間加算は出るのだが、経費を考ると人員を増やすことができない。この施設だけが特別というわけではなく、夜間勤務はグループホーム全体が抱えている問題なのだそうだ。
「昼間のうちに運動をさせ、じゅうぶんに体を使わせればいいんですよ。そうすれば夜は寝るものなんです」。コメンテーターの男性はそう言った。このたったひとことで、すべてが無になった。グループホームの夜勤など、もう重大な問題ではなくなってしまった。つらい夜勤をこなす介護スタッフも、この特集を企画した人も、撮影に出向いた人も、そして自宅でお年寄りを介護しながら見ている人たちも、この世から消えた。
健康な肉体を持った子どもなら、そのコメントは意味があるだろう。しかし、認知症のお年寄りにそれは通じない。腰の曲がった80歳をこえたおばあさんの、夜になればぐったりするほどの運動とはいったいどういうものがあるのか。熟睡したくても、歳をとれば夜でも頻繁に尿意を感じて目が覚めてしまうものなのだ。よれよれになった脳ミソは、昼夜問わずに勝手な場所にアクセスし、突然起き出してしまうものなのだ。季節や時間の感覚をも奪う病気では、夜という認識もできなくなるのだ。だから、家族も、介護スタッフも困っているのだ。悩んでいるのだ。
アサハカである。浅すぎる。あのコメントで、たぶん多くの人が傷ついたのではないかと思う。
by ichiko : カテゴリー:日々のあれこれ
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