2005年08月15日

プライベートビーチ

河原のほうからおいしい匂いが漂ってくる。栗林を抜けた向こう、川沿いに建つバーベキューハウスは連日、大にぎわいである。

10年前に越してきたとき、バーベキューハウスなどというものはなかった。正確にいうならば、いまにも崩れ落ちそうなオンボロ屋根のそれらしきものはあるにはあったけれど、そこに訪ねてくる物好きな客は一年のうちでも数えるぐらいしかいなかったのだ。

何年か前に、県が補助金を出してバーべーキューハウスを建て直した。護岸工事を施し、アスファルトを敷き、焼き場をこさえ、こじゃれた木造りの屋根をのせる。こんな辺鄙な場所に立派な器だけ用意したって宝の持ち腐れさ、税金の無駄使いというものさ、と鼻で笑っていたのだけれども、生まれ変わったバーベキューハウスには続々と客が来た。とくに広告を出しているわけでもなく、宣伝もしていないのに、毎年確実に客は増えている。

毎日毎日、何台もの車がやってくる。河原への一本道は、細い砂利道だ。砂利を蹴散らし、ほこりをまきあげて、大きなアウトドアの車が駆け抜けていく。民家の脇の細い道なのだから、もう少しゆっくり走る気遣いがないものかと思う。おいしい匂いがたちこめ、河原からは子どもたちの歓声が聞こえてくる。一気飲みをあおる酔っぱらいの大合唱もある。

バーベキューハウスができるまで、この河原は「Private Beach」だった。地元の子どもたちがときおり泳いでいるような、静かな河原だったのだ。夏になると夫とふたり、ビーチチェアをかついで川に入り、足を水につけながらビールを飲んだ。そのままぐーぐー寝てしまうのもよし、気が向けば釣り糸を垂らしてウグイを狙った。夕方になると、ふっと目の前をかすめていくカワセミに驚いた。いまはもう、わたしたちの夏を癒してくれるPrivate Beachはどこにもない。

さびしくはあるけれど、一方的に憎む気持ちにもなれずにいる。バーベキューハウスは栗園の経営下にあり、「マロンリジチョウ」というあだ名を持つ、同じ自治会のおぢさんが経営者だったりするのだ。マロンリジはゴルフ同好会においてはわたしの師でもある。また、栗園は第二の人生の受け入れ先にもなっているようで、せっせと肉を運び、鉄板を洗い、草を刈っているおぢさんたちは、やはり同じ自治会の人で、ついこないだ郵便局の窓口に座っていたおぢちゃんやら、会社を退職した近所のおぢちゃんなのである。

そんなおぢちゃんたちが生き生きと接客に走り回っている様子は、見ていても楽しいものだ。暑い盛りの日に朝から草刈りに励み、ようよう終わった夕方には車座になってつまみを片手にビールなどを飲んでいる。そばを通り過ぎようものなら、いちこちゃんも飲んでいけ、酌をすればなんぼでもタダで飲ましてやっからよ、などと声をかけられる。Private Beachは消えてしまったが、別なところで人は輝いてる。それはそれですばらしいことなのではないか、という気がするのだった。

by ichiko : カテゴリー:山の暮らしぶり

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